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幼い頃から恋焦がれているなんて聞いてない!  作者: 巻鏡ほほろ


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13/68

13 姿勢を正して

 そろそろ宴会場に戻ろうと四人で屋内テラスを出ると、人々は酔いがまわってさらに声を大きく楽しんでいる様子だった。

 ロマリアの親戚たちが顔を真っ赤に大笑いしている。

「治安が悪いわねぇ」

 歯に衣着せぬ言い方でぼやくロマリアに、思わずリネッタ・アメリア・マリーの三人も苦笑してしまう。

 アメリアとマリーはそれぞれ自分の家族の元に戻ると言って別れを告げ、ロマリアもこの後の進行を尋ねてきたレストランの支配人と話があるためリネッタと離れた。

 一人残ったリネッタは建物の壁に取り付けられた時計を見る。この後も夜まで宴会は続くだろうが、ロマリアとバロンの親類による交流会となるだろうと考えたらそろそろお暇する時間なのではとリネッタは思った。

 聖職者の方々もレストランに挨拶をして立ち去っていくようである。

 あの中にベアトリスの存在がないと気づくと、再びリネッタは辺りを見回した。

(シルビオに声をかけて帰らないと……)

 また、二人でいるんじゃないかと胸がざわつく。


 すると中心の方でおお、と歓声が上がった。何があったのかと後ろに下がって見てみると、人々の中心にベアトリスがいる。

 ベアトリスの顔はお酒をあおいだのか、おでこまで紅潮していてあまり良い状態でないように見える。

 リネッタは思わず人の輪の中に加わった。ベアトリスが大人たちに唆されて酔い潰れてしまうのではないかと心配になった。

 しかし壮年の男性がふらりと体を傾けた際に、リネッタにドンとぶつかる。慣れないヒールでバランスが崩れて後ろに倒れそうになると、誰かがリネッタの体を抱き止めた。

「ご、ごめんなさい! ありがとうございます…!」

「リネッタ、よかった。足を挫いていないか?」

「…シルビオ!」

 思わずリネッタの表情は明るくなった。

 すぐさま振り返ってトントンと爪先を地面に弾かせると「この通り!」と堂々とした。

「さっきちょうどシルビオを探していたの。そろそろ帰る時間かなと思って」

「そうだね。…でも、なんでこんなところに?」

「あ、えっとベアトリス様が酔っ払っているようだから、心配になって」

 再び人の輪の方へ視線を向けると、再度おお〜っと先ほどと似た歓声が上がった。シャンパンをぐいっと飲み干すベアトリスの姿に、リネッタとシルビオは目を点にする。

「あれ、絶対良くないわよね!? 聖堂の方々も先に帰ってしまったようだし、ベアトリス様を介抱できる人って私たちしかいないのでは…? 私やっぱり助けに行きます」

「いや、リネッタだとまた跳ね返されてしまうよ。ちょっと連れ出してくるからここで待っていてくれないか?」

「……ありがとう、お願いしますわ」

 すっかりへべれけなベアトリスは、少し視線を移すだけでもふらりと体を大きく揺らいでしまっている。成人年齢とはいえ、ベアトリスはめっぽうお酒に弱い体質なのだろうというのは見てわかることなのに、周りの大人たちはそんなのお構いなしに盛り上げている。みんな酔っている、もしくは半分故意に楽しんでいる。治安が悪いとロマリアが切り捨てていたが、この状況を目にしては肯定せざるを得ない。

 シルビオが酔っ払いをかきわけてベアトリスの元に辿り着いた。さらにお酒を飲ませようと勧める初老の紳士をかわし、ベアトリスを連れ出そうと腕を取る。

「シルビオ! 今まれどこに行ってたの?」

 酔って少し呂律が甘いベアトリスが、声を張る。とても嬉しそうな声色である。

「早く水をいただこう。とにかくこの場から離れて…」

「心配してくれているの? ふふふっあいかわらず優しい」

 コロコロと笑うベアトリスは可愛らしく、小さなお花が飛んでいるような錯覚を覚える。リネッタは半分呆れながらも、このまま放っておくわけにもいかなかったので助けられてよかった…と安堵する。

 シルビオを手伝おうと、隙間の空いたところからリネッタも人をわって二人の元に向かう。

 その時、ベアトリスが大胆にシルビオに抱きついた。誰が見ても熱い抱擁のそれで、思わずどよめく。リネッタは硬直した。


「シルビオ、大好きよ! きっと素敵な式を挙げましょうね!」


 なんて言うものだから、さすがに二人の関係性をこの場にいる人間は理解してしまった。

 シルビオもまさかそう声をかけられるとは思わず、動揺している。ひとまずベアトリスの両肩を掴んで引き剥がすが、向き合ったときにベアトリスが愛おしそうに微笑むものだからドキリと心臓が高鳴ってしまう。

「聖女様ったら情熱的なお方なのですね」

 とリネッタの隣に立つ淑女が言うと、周りの人たちも色めきだって噂し始める。

「やはりあの報道は真実だったのか」

「殿下もまんざらではないのでは? こうしてみればお似合いじゃないか」

「先ほど聖女様が殿下とは幼馴染であるとおっしゃっていましたわ。運命的ではありませんか」

 恋愛話は最大の娯楽。

 有名な演劇も、大ヒットしている小説も、町の人が噂する話も、全部誰かの恋愛に関するものだ。

 レイズリー社の報道は、現在王国民にとっての一大エンターテイメントとして人々を賑わせているのだということを、大人たちの会話からリネッタも強く感じる。

 けれど、当事者であるはずのリネッタを噂する人は誰一人としていない。

 自分が透明になったかのような感覚に、指先が冷えてしまうような心地がした。


 ———この言葉たちに、気圧されてはいけないわ


 リネッタは再び前に足を踏み出した。そしてシルビオに抱きついて半分うとうととしているベアトリスの背中をポンポンと叩き、首に絡ませている腕を解いた。

「お手伝いいたしますわ」

「ありがとう、リネッタ…」

 照れているからなのか、シルビオの頬が少し赤いことを確認しつつ、気にしないようにと目を細めて笑顔を向けるリネッタ。

 ベアトリスの片腕を手に取り、彼女の腰に腕を回す。その反対をシルビオが支えるようにして、ベアトリスと並び立つ。人々の視線は三人に向けられて、まだ色恋沙汰を楽しむ緩やかな雰囲気が続いている。

 リネッタは、周りの人たちに聞こえるようにはっきりと返事をした。

「かまいませんわ。私はシルビオの婚約者なのですから」

 場の空気が、わずかに固まる。

 改まって口にしたリネッタ自身も、わざとらしかっただろうかと不安を覚えて嫌な心臓音を感じる。

(世間的には、私はまだ正式にシルビオの婚約者。ベアトリス様との噂が貴族の方々に広まる前に、立場を改めて知らしめなくてはもっと不利になってしまう)

 しかし、リネッタはその考えが自分本位すぎやしないかと思い、ハッとしてシルビオを見上げた。今の不自然な発言が、彼を不快にさせなかっただろうか。

 けれどもシルビオは優しく微笑んでリネッタを見ている。

「心強いよ」

 そう言って共にベアトリスを運んでくれて、ようやく大人たちの輪から抜けた。


 シルビオが庭の端で待機していたリネッタの護衛騎士であるネルソンを呼びつけて、ベアトリスの面倒を見るようにと命じる。

 すっかり眠り込んだベアトリスは、ベンチの上で横になっている。彼女の寝顔は頬が紅潮しているのもあいまって愛らしさを放っている。このまま一人にしてしまっては、誰かが手を出さないとも限らない。ネルソンがそばにいるのなら安心だろうとリネッタは思い、改めてネルソンに「お手間をかけさせます」と瞳を伏せた。

「……」

「ネルソン?」

 リネッタをじっと見つめるネルソンは、無表情のまま、口を開いた。

「姫様は、なぜあそこで聖女様を助けようとなさったのですか?」

「え?」

「……いえ、姫様は聖女様の存在で苦い思いをされているので、放っておいてもよかったのに、と考えてしまって」

 いつも寡黙で律儀なネルソンが、すっかりリネッタに肩入れをする発言をするものだから、リネッタは驚いて目を瞬かせる。

「…ネルソンって、ちょっと意地悪な人?」

「な」

「困っている人は誰であっても放置してはダメよ。特にまだこの国に戻って間もない彼女を放っておけばなんて、その危険性をわからないわけではないでしょう?」

「それは、もちろんです、しかし…」

「それともネルソンには私がそんな狭量な人だと見えているのかしら」

「いえ! 滅相もありません。つい、姫様のお心を勝手に推測してしまい……失言をいたしました。どうぞ処罰ください」

 珍しいことを口走ったわりに、続く言葉はいつも通りのネルソンの朴直さがあってリネッタもそんな深刻に頭を下げないでほしいと慌てた。

「もしかして、私に同情してくれているの?」

「………」

「……怒っているわけではないの。もし、そうなのだとしたら、なんだかネルソンに心を開いてもらったみたいで嬉しい、なんて、私もこんなことを考えちゃダメね…」

「いえ、いえ………恐縮です」

 ネルソンの表情は変わらず無表情、のようで、耳が少し赤い。

 リネッタも照れ臭くなって思わず笑い声が漏れてしまう。

「リネッタ、馬車の手配ができたから戻ろう。ネルソン、ベアトの運搬を頼む」

「かしこまりました」

 シルビオに声をかけられれば、先ほどのネルソンは息を潜め、いつもの質実剛健な態度に戻った。

「しっかりベアトリス様をお守りしてくださいね」

 リネッタが改めてネルソンに喝を入れる。ベアトリスを横抱きにしたネルソンは、ゆっくりと頷いた。


 次の日、酔っ払った自分の行動を全く覚えていないベアトリスは、リネッタの元へ平身低頭しに部屋に訪れた。恥ずかしさと情けなさでどうしようもなくなって謝るベアトリスに、リネッタもどう対応して良いか分からず二人してあたふたした。


 そんなロマリアの結婚式のひと騒動は、その日、レイズリー社の報道によって再び国民の関心を得ることとなる。

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