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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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閑話・魔王のお遊び

小さい頃から、頭の中に響く声があった。

知らない声のはずなのに、なんだかとても懐かしくて、胸が締め付けられて、切なくなる。


君は誰?

どうして私を呼んでいるの?


その問いに、答えが返ってくることはない。

けれどどうしても気になって、手を伸ばす。

遠ざかって行く声を、追いかけようとして……



『いい加減起きんかい、馬鹿者!!!』


「わあっ!?」


耳元で発生した怒鳴り声に、空澄ヨーコはベッドの上で跳ね上がった。

体を起こした彼女の顔の前に、デフォルメされた小さな鷹のぬいぐるみが浮かんでいる。

眠気に目元を擦りながら、ヨーコはあくび混じりに口を開いた。


「も~。びっくりさせないでよ、バアちゃん」


バアちゃん、というのは愛称ではない。目の前で物理現象をまるきり無視して浮遊し、なおかつ喋っているぬいぐるみは、間違いなくヨーコの祖母なのだ。

より正確に言えば、物質世界から離れ上位次元にいる祖母が操っている……らしい。その辺りのシステムを、ヨーコはあまりよく理解はしていない。


『オヌシが何時までも寝こけとるからじゃろがい。学校に遅れて泣くハメになっても知らんぞ』


「ちぇー」


『ホレ、起きたんならさっさと支度せい!!』


頭の周りをバサバサと飛び回る祖母に急かされて、ヨーコはベッドから降りた。

桃色のパジャマを脱いで、シャワーを浴びる。使うのは、最近お気に入りのシャンプー。

風呂場出て来てほかほかになった体にタオルを巻き、ドライヤーで頭を乾かす。

空気を含んでふかふかになってゆく黒髪。洗面台に鏡に映る自分と、鳶色の瞳で向き合う。

髪も瞳も、生まれつきこの色だ。別に気に入らないということもない。


なのに時々、言い様のない違和感を感じるのは、何故なんだろう。


「ヨーコー! 朝ごはん出来てるわよー!」


「はーい、今行くー!!」


母に急かされ、ヨーコは思考を打ち切った。まごまごしていると、学校に遅刻してしまう。

自室に駆け込んで身支度。髪は白いリボンを巻いてポニーテールにし、学校指定のブレザーと縞模様のスカートを纏う。

スクールバッグを肩にかければ、どこに出しても恥ずかしくない、華の女子高生の出来上がり。


窓の外を見れば、青い空に輝く太陽。

今日も、一日が始まる。


「おはよー」


リビングに入ると、食卓で父と母がテレビのニュースを観ていた。


『先日―――市に現れた謎の巨大生物と、それを退治した―――と名乗る謎の人物について、情報を募集しています』


テレビの画面の向こうには、池の水面を突き破って伸びる触手と、それをかわして飛ぶ小さな人型のシルエット。

それを横目に、ヨーコは自分の席についた。

今朝のメニューはハムエッグにバタートースト。大好物である (その枠に入らない物の方が少ないのだが)。


「まったく、日本も物騒になったなあ」


と、新聞を広げながら父が言う。


「ヨーコも気を付けるのよ。危ないことに近づいたらダメ」


「むぐむぐ……ふあ~い。わかってまーす」


トーストを齧りながら、ヨーコは母へ生返事をする。

残念ながら、その約束が守られることはない。むしろ、危険に自ら飛び込んでゆくのだ。


(あのモンスター強かったなー。触手斬ってもすぐ治っちゃうし、すっごい疲れた)


ヨーコはちらりと、椅子の傍に置いたスクールバッグに目をやった。

そこには、キーホルダーに擬態して無言を貫く祖母の姿。手のひらサイズの鷹のぬいぐるみが喋って動くことは、両親には秘密なのである。

もちろん、人には言えない秘密は他にもっとあるのだが。

朝食をしっかり堪能し、砂糖をたくさん入れたコーヒーで一服してから、ヨーコは学校に行った。今日は一時間目から数学の小テストがあるので、少し歩みは遅かった。



###


「……って感じでさー。夢なのに忘れられないから、すっごくもやもやするんだよね」


放課後。西日を横顔に受けながら、ヨーコは友達の常陸リオとともに下校していた。

赤みがかったツインテールと、切れ長の目がチャームポイントの同級生は、呆れたように笑う。


「それが午後の科学の授業で爆睡してた言い訳かしら?」


「いやそっちは夢見なくても寝てたと思う」


「ちょっとは悪びれなさいよ!!」


だって、元素周期法を見てるだけでクラっと来るのだ。

教科書などもっての他である。祖母にテレパシーでめちゃくちゃ怒られたが。


「しょせん夢は夢でしょ? 気にしたってしょうがないわ」


「え~。リオったら他人事だと思って~」


身も蓋もないことを言う親友に、ヨーコは唇を尖らせる。

とはいえ、他にどうしようも無いのもたしかである。物知りな祖母に相談しても、首を捻るばかりだった。


「よーし、こうなったら万年屋のジャンボ鯛焼きでもやもやを吹っ飛ばしてやるぞー!」


「アンタそれただ食べたいだけでしょうが……」


というわけで、近くの商店街までやってきた二人である。

食べ歩きに最適とテレビで紹介されたことがあり、近くに大型スーパーがあるにも関わらず活気と笑顔に溢れた場所だ。


「うぎゃあ~~~!!」


「助けてくれーーー!!」


「この世の終わりじゃ~~~!!」


ただし今は何故か、逃げ惑う人々の悲鳴が渦巻く地と化していた。

数秒前までは予想だにしていなかった光景に、ヨーコとリオはぽかんと口を開ける。


「えっと……今日ってお祭りとかあったっけ?」


「助けてくれなんて叫ぶお祭り地獄にしかないわよ!?」


困惑する二人の前に、原因があっさりと姿を表す。

商店街の住人たちを追いかけるように、ずしん、ずしん、と歩いてくる、巨人。

金属で出来ているらしく、鈍く光るその体は、四メートルはあった。右手には長剣を持ち、左手には杖。

そして、頭部は……燃えていた。すごくやる気があるとか、闘志に溢れているとかでなく、文字通りの意味で燃えていた。

と言うよりも、首の上に炎の塊が乗っていると言った方が正しいか。


「わはははは、滅べ商店街! 跡地にイ◯ン建ててやる!!」


そう叫んだのは、ヨーコでもリオでも、また巨人でもない。巨人の右肩に乗っている人物だった。

枯れ木を思わせる細身である。黒いビジネススーツを着ているが、厚みがほとんど無い。

子供の落書きのごとく黒に塗り潰された顔には、ほとんど何もない。髪も、目も、耳も、鼻もない。

ただ、口に当たる部分に、青白く光る三日月だけがあった。


そのあからさまな怪人に、ヨーコはびしりと指を突き付けた。


「ちょっと、そこの人! なんでこんなことするの! これじゃ鯛焼き食べられないじゃん!!」


「鯛焼きよりこんがり焼かれそうな時によくそんなこと言えるわね」


ヨーコの声に反応し、怪人が首を振り向けてくる。


「なんでだと? それは―――俺はショッピングモール派だからだ! 楽しいだろ、別に買い物とか無くてもモールぶらつくの!!」


「だからって物理的に潰そうとしなくても……」


リオは律儀にツッコんだ。


「だから小さい頃から行ってたモールが土日でも人少なくなってフードコートとかシャッター下りてるの見るとすごい胸が苦しくなるのだ」


「わかる」


「わかる」


全員が沈痛な面持ちで頷く。


「そんな俺の名は……あー何にしよ……そう、ラフィン・ムーン!! こんなチンケな商店街などバーベキューにしてくれるわ! やれ、トライタイタン!」


「ゴーッ!!」


主人の言葉に応答し、巨人が燃える頭から火の玉をまき散らし始める。


「わー!!」


ヨーコとリオ、どちらが叫んだか。もしくは二人同時にか。

熱で背中を炙られながら、慌てて建物の陰に逃げ込む。


「もー、なんなのよ。最近は変なのが湧いてきて……ヨーコ、大丈夫?」


そう言ってから、リオは気付いた。一緒に逃げてきたはずの親友の姿が、どこにもないことに。

途中ではぐれていたのだ。より正解に言えば、ヨーコ自身の意思により、リオが離れたのを確認してから、電柱の後ろに身を隠していたのだ。

その手の上には、鷹のマスコット。ぬいぐるみのふりをやめた祖母が、ヨーコに語りかけてくる。


『ヨーコ、気を付けろ。あの黒衣の男、ふざけてはいるが底知れぬ力を感じるぞ!』


「うん。でも、戦わなくちゃ!」


普通の警察が対応できる相手ではない。故に、ヨーコは覚悟を決めて唱えるのだ。


「スカイフォース・マギカミクス!」


その言葉とともに、祖母が発光する。

デフォルメされていたマスコットから、光輝く大きな鷹となり、その翼でヨーコを包み込んだ。

魔法によって生じる輝きの中で、少女が変わってゆく。

ポニーテールがほどけ、黒髪がターコイズブルーに染まる。瞳は、鮮やかな青へ。

着ていた制服が変質する。純白のレオタード、肘の上まで覆うグローブ、ロングブーツへ。

目元を覆う、金色のバイザー。両端から飛び出る羽根飾り。

背中には、翼を模したマント。風に煽られはためく。



―――空澄の血筋には、ある秘密があった。



古来より、異界から迷い込み、あるいは悪意を持って忍び込む妖しき者ども。

それを魔法の力によって討ち滅ぼす使命。

先代は、ヨーコの祖母が。母が魔法の素質を持たなかったがために、今は孫であるヨーコが受け継いでいた。

まだ未熟であるために、祖母は師匠であると同時に、魔法の制御をサポートするアイテムを務めている。


電柱の後ろから青い光が飛び出し、流星が如くトライタイタンの胸にぶつかった。

巨体が揺らぎ、肩の上に乗っていたラフィン・ムーンが上空へと逃れる。


「うぬ、何奴!!」


空中に浮かんだまま怒りに腕を振り回す怪人に、すたりと軽やかに着地した少女は、凛とした声で名乗る。


「天空の守護者……ミスティエール!!」


その名は、単に正体を隠すための偽名ではない。

ただの女子高生から、世界を守る戦士として生まれ変わった、その決意が込められている。


「ほほう、先程の小むす……じゃない。ミスティエールね、うん。えーと……ふはは、この俺に挑むとはいい度胸だ! トライタイタン、遊んでやれ!」


「ゴー!!」


トライタイタンが、顔面から炎の塊を飛ばしてくる。

直撃すれば、人間などひとたまりもない。


「たあっ!」


ミスティエールは、その場で横回転。

ひらめくマントが炎を無害になるまで散らす。

ただの布ではない。魔力によって織られた、魔法繊維なのだ。

消えてゆく火の粉を纏いながら、ミスティエールが飛ぶ。トライタイタンの頭上を越え、胸の前で手と手を合わせる。

そして、離した瞬間に生じる、青い光。


「エアレイド!」


放たれたのは、V字の光弾。狙いは、巨人を操っているらしいラフィン・ムーン。

空中で足を組み、悠然と浮いたまま、避けようともしない。

だが、何の力が働いているのか。見えない壁にぶつかったかのように、エアレイドは空中で四散した。


「いきなりボスを倒そうなんてずるっこはいかんなあ。真面目にやりなさい、真面目に」


『ヨーコ、後ろだ!!』


一体化している祖母の声に振り向けば、迫る刃。「うわっ」とミスティエールは慌ててかわす。

もはや鉄塊と呼んでもいい巨大な剣は、振り下ろされた勢いのままアスファルトに深々と刺さる。

変身して強化され、魔法で守られている今の体でも、当たれば相当痛いだろう。


「ストライクヘイロー!」


ミスティエールの両手に、光と共に現れる武器。

白い金属製の戦輪だ。縁は金色に塗られ、輪の中に持ち手がある。


『それ好きじゃなあ……もっと使いやすい形もあるだろうに』


「へへー、これが良いの!」


トライタイタンが剣を打ち振るう。それに合わせて、ミスティエールは戦輪を繰り出した。

ぶつかり合う刃と刃。迸る金属音、舞う火花。

巨人と少女が互角に斬り合う様は、見ようによっては滑稽ですらあるだろう。冗談のような光景と。

魔法とは、あり得ないことを現実にするのだ。


だが、当事者にとっては焦れったい状況である。

戦いを終わらせられないことに腹を立てたトライタイタンが、必殺の一撃を食らわさんと剣を大上段に振りかざす。

そこに生じる隙を、ミスティエールは待っていた。


「そこだっ!」


ストライクヘイローを投擲。

高速回転する戦輪が、掲げられたトライタイタンの右腕を、見事切断する。重い腕と剣が、アスファルトの上でがらぁんと音を立てた。

断面から出血する様子は無いが、戦力の半減は間違いない。

しかし。


「ほーぉ、なかなかやるじゃあないか」


ラフィン・ムーンから、余裕が消えない。

怪訝に思っていたミスティエールだったが、その理由はすぐにわかった。切り落としたトライタイタンの右腕が、ふわりと浮き上がったのだ。

まるで、録画の逆再生。断面同士が音もなくくっついて、僅かな傷さえ残らない。


「げげっ!? そんなのズルい!!」


喚くミスティエールを、ラフィン・ムーンが笑う。


「ぅわはははは悪者だからな! ズルっこ最高!」


そして始まるのは、先ほどの繰り返しだ。

だが、ミスティエールの体力と魔力には限界があった。疲労感が少しずつ手足に纏わりつき、息が上がってくる。

対するトライタイタンは、腕を斬ろうが足を斬ろうが胴を斬ろうが、すぐに再生してしまう。しかも息切れとは縁が無いようで、振るう剣の威力が弱まることはない。


「ゴォー!!」


吹きかけてくる炎を、ミスティエールはマントを盾にして防ぐ。

感じる熱は、だんだんと強くなってきている。


「ぐっ……こ、このままじゃ……」


その時、祖母の声が頭に響いた。


『ヨーコ、わかったぞ。奴の回復力は、左手の杖が源じゃ!』


「バーちゃん……全然喋んないから寝てるのかと思ってた! 歳だし」


『いちいち一言多いんじゃオヌシは』


そう言えば、左手に持っている物は何に使うのかと気にはなっていたのだ。

祖母が調べた結果が本当なら、杖をどうにかすればトライタイタンの再生を止められるはず。

ミスティエールは後ろに大きく跳び、両手のストライクヘイローを投げ放った。

さほど勢いの乗っていない、雑な攻撃は、トライタイタンに容易く弾かれた。


「どうした、もう観念したのか? ならば今日が最終回だ!」


ラフィン・ムーンの笑声と、トライタイタンが迫ってくる。

だが、笑うのはこちらの番だ。ミスティエールは口元を緩めた。


「ううん、私が勝つんだよ」


少女がそう言うと同時に、飛来した戦輪が、トライタイタンの右足と左腕の杖を切り裂いた。


「おおっ!?」


ラフィン・ムーンが、初めて驚きの声を上げる。

先程トライタイタンの腕を切断した時も見せたが、ストライクヘイローは投げた後も操作が可能なのだ。


「ゴ……!」


巨人が片膝をつく。断たれた右足は、再生しない。


『今だヨーコ、畳みかけろ!』


「うんっ!」


ミスティエールは戻って来た二枚のストライクヘイローを両手で掴むと、それを重ね合わせた。

輪の左右にリムが形成され、一つの大きな弓と化す。

右手に出現した青い光の矢をつがえ、構える。

大量の魔力を消費するが、それゆえに強力な奥の手―――必殺技だ。


「天魔誅滅! レディアントパニッシャー!!」


解き放たれた青い閃光が、トライタイタンの胸を射抜く。その威力は、通常の矢のそれとは比較にならない。

まるで大砲で撃たれたかのように、胸に大きな風穴を開けた巨人の体が、前に倒れて行く。


「……ゴオッ……!」


ずしん。それが、トライタイタンが最期に鳴らした音だった。

その巨体は倒れ付したまま、黒い煙のようになって消えてゆく。


「や、やった……」


ずん、と襲いかかってくる虚脱感に、今度はミスティエールが片膝をついた。

ぎりぎりの戦いだった。勝てたのは、祖母のサポートあってこそだ。

荒く息を吐くミスティエールの頭上から、ぱちぱちと音が降ってくる。顔を上げると、ラフィン・ムーンか手を叩いていた。

まだ、敵は残っているのだ。震える体に鞭を打ち、立ち上がろうとする少女に、怪人が笑声を浴びせてくる。


「いやー、なかなか楽しめたぞ! 変身ヒロインって良いよなあ、うん!」


そう、ひとしきり笑うと。ラフィン・ムーンの口が、大きく広がった。縦に、横に、顔どころか体からはみ出すほどに。

そうして生まれた、人間と同じ大きさをした青白い三日月は、


「じゃ、またな」


それだけ言い残して、ふっと消えてしまった。

戦う意思はあったものの、ミスティエールに余力はほとんど残っていなかった。ラフィン・ムーンの方にその気があれば、それはたしかに最終回になっていただろう。


『見逃された、か。不気味な奴め』


「うん……悔しい」


ミスティエールは拳を握り締めた。己の未熟さを重い知らされるのは、とても悔しかった。

この世界を守るためには、もっと強くならなければならない。

もう二度と、剣にも炎にも負けないように。ミスティエールは、強く決意を固めるのであった。


ちなみに、変身を解いてから合流したリオには、泣きながら怒られた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 良い
[一言]  ううむ、本編に関わる可能性が有るのか無いのかw  まあ魔王氏が完全に上位次元の存在というのは判る。  女神サイドが力をつけるまでの暇つぶしかな?
[一言] 魔王さま逆進行できるんだ(笑) 完全にお遊びですが(笑)
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