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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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95/119

星に願いを 1

 サモネリア王国に属する、山中の小さな村。その外れに、綺麗な円形をした池があった。

『星ヶ淵』と呼ばれるその池の、風に揺らぐ水面は、直上から振る陽光を受けてきらきらと輝いている。

 その瞬間だけを切り取れば、平和と自然の美しさを表現する名画に成り得るだろう。

 だが、悲しいことに時間は進むもので、平和とは崩れ去るものである。


 ざん、と水飛沫を上げて爆ぜる水面。

 そこから飛び出してきたのは、魚などではない。

 平べったい頭。短い四肢を生やし、暗灰色のぬらりとした皮膚を纏った胴体。

 そして、半ばから先端までがヒレ状になった尾。

 サンショウウオの特徴を持つ、全長六メートルの体躯。その魔物の名は、スライマンダーといった。


「うべっ」


 スライマンダーが下生えを踏み潰して着地すると同時に、その頭から転げ落ちる人影。

 金属製の蔦を幾重にも巻いて形成した擬似筋肉の上に、竜の骨を装甲として纏うコロナスパルトイ。その使い手である狩谷太悟は、巨大な丸鋸に長い柄を生やした旋斧カトリーナを杖代わりに立ち上がった。

 魔物に振り払われた時に多少ダメージを受けたが、腰に差した狂刀リップマンによる回復を行うほどではない。


「太悟くん、大丈夫……すごいねっとりしてる!?」


「うえー、気持ち悪」


 池の淵で待機していた少女が、太悟に駆け寄る。

 焦げ茶の短髪、金色の瞳。暗緑色のマントに身を包んだ、《精霊射手》ファルケ・オクルス。

 彼女の言う通り、太悟の体にはねとねとした粘膜がこびり付いている。


 村の大事な池に住み着いた魔物を退治して欲しい。

 そんな依頼を受け、ファルケと共にやってきた太悟は、なかなか出てこないスライマンダーに業を煮やしたのであった。


「やっぱり、池の中に飛び込むことなかったんじゃ」


「まあ……外に出てきてくれたから、結果オーライってことで」


 そう言って、太悟は装甲に引っ付いているぬるぬるを振り払った。

 普通なら池を見張って出て来たところを攻撃するが、今回は出来れば夕方までに倒してほしいと頼まれている。

 現在、太陽は直上にあった。今から片づけを始めれば、どうにか間に合うだろう。

 スライマンダーが、短い足でのそのそと近づいてくる。つぶらな目は、見る者によってはかわいいと感じるかもしれない。

 もちろん、魔物愛好家 (けっこういるらしい)ではない大悟は、殺意をもってカトリーナを構えた。

 ファルケも蟹の鋏の形をした海弓フォルフェクスを、マントの下から取り出す。


「殺戮暴風圏!!」


「シーカーショット!!」


 魔法によって多重に複製された、旋斧カトリーナの刃が。風の精霊の力を持つ、緑に輝く矢が。

 一斉にスライマンダーに向かって殺到する。雑魚ならば、それだけで駆逐できる攻撃だった。

 一方、黒いつぶらな目を持つ、どこか間の抜けた顔をしたその魔物は、取り立てて回避も防御もしない。

 ただ、そのぬらぬらした皮膚だけで十分だったのだ。

 魔法の旋刃も、精霊の矢も、接触した瞬間に「つるっ」という擬音が聞こえそうなくらい見事に滑り、何処かへ飛んでいってしまった。


「げっ」


「わー、また効かない~!」


 太悟は顔をしかめ、アルマガージョに矢を逸らされた記憶も新しいファルケが嘆きの声を上げる。

 スライマンダーが、平たい頭を持ち上げる。半開きの口から、ごぽごぽと音が漏れる。

 友好的な挨拶が飛んでくるとは思えない。太悟とファルケは息を合わせ、右に跳んだ。

 魔物の口が、大きく開かれる。そこから発射される、半透明をした粘液の塊。


 それは緩く弧を描いて、太悟たちが立っていた場所に着弾した。

 衝撃が地面に大きく穴を開け、粘液がもったりと広がってゆく。

 そして立ち昇る、白煙と刺激臭。草や石ころが、粘液に混ざるように溶け崩れてゆく。

 人体も、さぞかしよく溶けることだろう。

「うえー」とファルケが顔を青くする。


 太悟は鎧の肩から生えた棘を引き抜き、短剣としてスライマンダーに投擲した。木の板を貫通し、岩に食い込む威力が、もごもごと口を動かすスライマンダーの鼻と鼻の間に、さくりと突き刺さった。

 普通に痛かったのだろう、ぎいぎいと巨体を揺する魔物。

 なるほど、と太悟は呟く。


「無敵ってわけじゃなくて、魔法が効かないタイプかな」


「あたし、手も足も出ないじゃん……んー、囮やるね」


「任せた」


 地面を蹴り、太悟は左に駆けた。首を振り、その動きを追うスライマンダー。

 その顔面にばさりと振りかかる、土や雑草。

 ファルケが矢を放ち、わざと地面を吹き飛ばしているのだ。こうした挑発は、知能の低い魔物にはなかなか効果がある。

 目論み通り、スライマンダーが標的を変える。溶解液の砲弾が、ファルケに向かって発射された。


「プリズムシャッター!」


 少女を覆うように、瞬時に展開する巨大な泡。

 薄く虹色を纏うその表面を、溶解液が滑ってゆく。

 海弓フォルフェクスに宿る魔法の力だった。


「ふっふーん! 滑らすのは、そっちだけの技じゃないもんね!」


 そう言って胸を張るファルケに苛ついたかは定かではないが、スライマンダーは次の攻撃に移ろうとする。

 だが、


「残念、僕のターンだ」


 横合いから突っ込んできた太悟が突き出す、旋斧カトリーナが、魔物の長い横っ腹を食い破った。

 高速回転する刃が、ぬめった皮膚とぶよぶよした肉を容易く引き裂いてゆく。

 スライマンダーの大きな口から、それよりさらに大きな悲鳴が上がる。


「サンショウウオは真っ二つにされても死なないんだって? 試してやるよ!!」


 その時。苦痛に耐えかねた魔物の巨体が大きくうねり、滅茶苦茶に暴れ出した。

 力比べで負けるつもりはないが、体格差、体重差は否めない。下敷きにされる前に、ちょっとした細工をして、太悟は跳び離れた。


「もうちょっとで倒せるかな?」


 油断なく構えるファルケに、太悟は首を横に振った。


「いや、もう終わりだよ」


 えっ、とファルケが呟いた、その直後。

 おそらく再び溶解液を吐こうとしていた、スライマンダーが爆発した。内側から生じた爆炎と衝撃が、その原型がわからなくなるほどまでに、魔物を粉砕したのである。

 ぼたぼたと破片が降り注ぐ中、ファルケが「おおー……」と戦慄する。


「離れる時、傷口から中にイクスプロド・ポーション捩じ込んでたんだ」


 たとえ半分に裂かれても平気だったとして、ここまでされては生きられまい。狙い通りの結果になったことに、太悟は兜の下で笑った。

 飛び散った肉片は、再生のために動き出す様子もなく、ただ静かに黒い煙のような瘴気に還ってゆく。

 戦いは終わりだ。太悟はコロナスパルトイの顎を開き、新鮮な空気を吸った。


「あとは、一応周囲の安全を確認して……村に戻って報告かな」


 ♯♯♯


「やあ、本当にありがとう! 噂通りの腕前だ!」


 二人を待っていたのは、今回の件の依頼人である青年だった。

 眼鏡をかけた穏やかな人物で、腰には長剣を吊るしている。心得があり、単なる威嚇のために装備しているわけではないのが、しっかりした体つきからも見てとれる。

 名前は、ナスルと言った。村の青年団のリーダーを務めているらしい。


「池の周り、ちょっと荒らしてしまったんですけど……」


 太悟は頭を掻きながら言った。魔物と戦う以上、周辺環境への気配りはなかなか難しい。

 以前、納屋などを壊してしまって大変怒られたことがある。

 しかし今回その心配は無いようで、ナスルは笑みを絶やさない。


「それくらいどうとでもなるさ。池さえ無事なら、星送りは無事に開催できる」


「星送り?」


 ファルケが首を傾げて聞き返す。すると、青年は待っていましたとばかりに目を輝かせた。


「うちの村の伝統でね、まあちょっとしたお祭りをやるんだよ。池……『星ヶ淵』は、そのための大事な場所なんだ!」


 へえ、と太悟は辺りを見渡した。

 たしかにあちらこちらに資材が積まれ、村人たちが忙しそうに走り回っている。何事かと思っていたが、祭りの準備をしていたらしい。

 幼い頃、兄とともに両親に連れられてやってきた縁日を思い出す。その時ばかりは、周囲の熱気に煽られてか、太悟にもおこぼれがあったのだ。


「良かったら、君たちにも参加してほしい。男女二人だから、ちょうどいいしね」


「お祭り楽しそう! ね、太悟くん?」


 ちょうどいい、の意味はわからなかったが、別段予定もない。

 ファルケも乗り気である。太悟に断る理由はなかった。


「……そうだね。せっかくだし、ちょっと寄っていこうか」


 本格的に始まるのは夕方からというので、それまでは村の食堂で休憩させてもらえることになった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い作品。紆余曲折あって仲間と思しきメンバーも出来たのだが、タイトルを考えると行く末が心配にはなる。また、仲間が出来ることは主人公にとって歓迎すべきことではあるが、作品のストロングポイン…
[一言] とても面白い主人公の自分の不幸を他人に押し付けてはいけないのはという言葉が素敵です。 ファルケも健気かわいくて好きです。 また無様晒す勇士たちが本当に健気で可愛くて、是非とも昔の仲間に見て…
[一言] 久しぶりに面白い作品に出会いました❕ 更新に期待してます❕
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