夢見る雛 18
「あーもう、埃っぽいわねっ! 最っ悪!!」
本棚からばさばさと書物が落下しては、煙幕のごとく舞い上がる埃。それは清掃が行き届いていないことを示しているのだが、部屋の主である《紅炎の魔法使い》フレアは、自身の管理責任を棚に上げ、相手もいないのに文句を吐いていた。
神殿の主な設備の掃除や片付けは、(結果的に)太悟に一任されていたが、自室に入ることを許す勇士はいなかった。嫌っている相手に、プライベートな空間に足を踏み込んでほしい者などいないからだ。
故に、怠惰に過ごしながらも埃を払うことくらいは各自しているのだが、病に倒れた光一を目覚めさせることに力を尽くしているフレアなどは、その辺りを疎かにしがちだった。
さらに残念なことに、使った時間に見合うような結果も得られてはいない。
深い霧の中をさ迷っているかのような状況が続いているというその事実が、フレアを苛立たせていた。
平民の生まれながら、魔法学園の歴史上有数の天才である彼女が、今まで努力して成し得なかったことなど無かったのだから。
壁を乗り越えたことは幾度と無くあれど、天辺の見えない壁との向き合い方を、フレアは知らなかった。
「ったく、それもこれもあの代理が役に立たないからよ。ちっとはマシな薬持ってきなさいよね。光一の足元にも及ばない愚図なんだから……」
結局は、ぶつくさとここにはいない少年への愚痴を垂れるのである。
と同時に、フレアは本棚の中をさらにひっくり返していた。目的はいつもと同じ、光一を目覚めさせる方法を探すためだ。
外に求めて見つからないことに疲れたフレアは初心に立ち返り、身近な資料を洗い直すことにしたのだ。自分が何か、重要な情報を見落としていたことを期待して。
「初等ポーション調合書……一応チェックしとこ。攻性精霊魔法入門書は、さすがに関係ないわよね。恋のチャームの作り方……んー」
自慢のツインテールに引っ付いた埃を払いながら、フレアは書物を選別してゆく。
必要な物を傍に積み、不必要なら後ろに投げ捨てる。投げられた書物はページが折れ曲がり、 装丁には傷がついた。
その昔。
平民の、さほど裕福ではない家に生まれたフレアにとって、本はそれなりの貴重品だった。
優れた才能を持つとして、両親から魔法に関わる専門書―――当然、高額だ―――をプレゼントされた時は、一生の宝物にすると誓ったほどだ。
その価値観は、魔法学院で溢れるほどの書物に囲まれていた頃にも持続していて、誰かが粗末に扱おうものなら烈火のごとく怒りまくっていた。
そう、今は昔の話。
フレアにとって大切なものは、たった一つだけになってしまった。
そのためならば、自分の姿も誰かの献身も目にも入らないくらいに。
「……ん? 何これ」
何時からそこにあったのか。書物に混じっていた細長い木箱を拾い上げ、フレアは目を細めた。
表面は藍色に塗られており、蓋の部分には、マギアベル国立魔法学院の紋章が刻まれている。
その中に入っているのは、卒業式で学園長から送られた金色の短杖。かつてのフレアの誇りだ。
大勢の人々に、目に見える形で認められる。その誇らしき経験は、彼女を確実に成長させた。
「って、邪魔邪魔。ちょっといろいろ処分した方がいいわねこれ」
そしてそれも、今は昔の話。
後ろに放り投げた小箱が大事な物であった記憶など、フレアの中ではとうに色褪せてしまっていた。
数時間後、彼女は過去の栄華の象徴を、他のゴミとまとめて自らの手で焼却することになる。
まったく何一つ、感情を動かしもせず。
「このあたしがこーんなに苦労してるんだから、光一が起きたらいっぱい褒めてもらわなきゃいけないわね! ふふふ……」




