夢見る雛 17
「……っ! ありがとうございます!!」
再び、深々と頭を下げたターシェを、仲間たちが囲む。
「良かったなあ、ターシェちゃん」
「ターちゃん、がんばったわねぇ……」
「あくまで保留だ、保留!!」
わいわいがやがやと、ひとまず丸く収まっての団欒。
心温まる風景を邪魔するつもりはなかったが、太悟はそこに声を割り入れた。
「じゃあ、これは僕からの餞別ってことで」
見えないよう背中に隠していたそれを、太悟はターシェに差し出した。
サーベルだ。柄には銀色の鶏が飾られ、細い刀身は紫色に輝いている。
その名は、暁鶏剣アスルブルム―――アルマガージョからドロップした武器だった。
「これって、魔物の……そ、そんな! これだけお世話になっておいて、頂けませんっ!?」
首をぶんぶんと横に振りまくるターシェに、太悟は笑いかける。
「あいつを倒したのは、間違いなく君だよ。胸を張って受け取る権利がある」
過去を乗り越えた新しい門出には、新しい武器が相応しいだろう。
それでもターシェはあわあわと躊躇っていたが、やがてきりりと口元を引き締め、剣を受け取った。
「太悟殿。自分は、この剣に―――そして、貴方に誓います」
少女の手が、しっかりと柄を握る。鋭い切っ先が、茜色の空を突いた。
「自分は、絶対に……偉大なる勇士になりますっ!!」
そうして、別れの時が訪れた。
号泣しながら手を振るターシェの姿が、転送に伴う光の中に消えてゆく。
今回の任務は、太悟にとって満足のゆく結果に終わった。
危険な新種の魔物は倒され、死人も出なかった。文句無しのハッピーエンド。
「……なのに、何だって君はそんな膨れてるの」
「むすー」
「口で言っちゃう」
幼い子供のように頬を膨らませる相棒に、太悟は苦笑した。
どうも先程から、ファルケがご機嫌斜めである。まあ、今日の彼女は大分感情に波があるようだが。
「だって、新種討伐の報酬はあっちの神殿に行っちゃうし、武器もあげちゃうし」
「相談しなかったのは……ごめん」
勇者として、それらを決める権限があると言えばそれまでだ。
しかし現状、二人で神殿を支える相棒同士である。ファルケの意見は尊重すべきであり、得難い装備を他所の勇士に勝手に譲ってしまったのはまずかったなと、太悟も思っている。
かつて海弓フォルフェクスを手に入れた時のように、まず話し合いが行われるのが普通なのだ。
「ターシェに昔何かあって、自信無くしてたのはわかるよ? それで困ってたのも」
足元の小石を蹴りながら、ファルケが呟くように言う。
「……だからって、太悟くんがここまでしなきゃいけなかったの? 装備も報酬も、あたしはどうでもいいよ。でも、太悟くんが怪我したのは……嫌だった」
今日会ったばかりの相手を、一から十まで面倒を見る至れり尽くせり。
太悟がターシェの境遇に共感できる人間だとしても、やり過ぎだとファルケの目には映ったか。
「僕がやらなきゃいけないことじゃないってのは、たしかにそうだね」
もしかしたら、別の誰かがやったかもしれない。
だが、逆のことも言える。もしかしたら、誰もやらなかったかもしれない、と。
「みんなが、きっと誰かがやるだろって思ったら……誰が彼女を助けるんだ?」
心の傷は見過ごされやすいものだ。
幼い頃ならまだしも、成長するにつれて、人の目には矮小化してゆく。
あからさまに血を流し、今にも死にそうでも無ければ、放っておかれ、後回しにされる。
見えない傷に苦しむ人を救わないからといって、今日明日世界が滅ぶわけではない。もっと別の、解決すべき問題があるのだから。
故に、他人はもちろん、親しい人間でさえ時にこう言うのだ。
「彼らの問題だ」と。
「それは、それだけは……他の誰がどうでも、僕は言っちゃいけないって思ったんだ」
胸に手を当てながら、太悟は言った
悪意によって、あるいは悪意すらなく刻まれた傷の痛みを知っている。
何に助けを求めていいのかもわからないまま、傷を抱えて生きる苦しみを、知っている。
同じ思いをしている他の誰かを、太悟は無視できなかった。
だって、他ならぬ太悟自身が―――救われたかったから。
「太悟くん。ちょっと、腕広げて」
頬は萎んだが、妙に真剣な面持ちになったファルケに言われ、太悟はその通りにした。
「こ、こう?」
「そうそう。……えいっ」
ぽふん、と。ファルケが、太悟の胸に飛び込んできた。
「わっ!? ど、どうしたのファル……」
「太悟くんはっ!!」
戸惑う太悟の言葉を遮るように、ファルケのしなやかな腕が、背中に回される。
まだ鎧は纏っていたが、密着している装甲越しに、柔らかさが伝わってくる。
「太悟くんは、あたしにとって、特別で、大切、だから」
胸に顔を埋めたファルケの表情は見えない。
太悟は恐る恐る、彼女を抱き返した。
「………うん」
赤と青に別れた始めた空の下。二つの影が重なっていた。




