夢見る雛 16
「うわ、すっご……」
アルマガージョを瞬く間に粉々にした圧倒的暴力に、ファルケが目を丸くする。
間近で目撃した太悟も、その迫力に舌を巻いた。
「これは、たしかに奥義だなあ……」
あちこちに飛び散ったアルマガージョの破片はもはや原形も無く、既に瘴気に戻りつつある。
瞬間的に、ここまでの破壊をもたらすのは、太悟でも難しい。今にターシェはそれまでの悪評を追い払い、屈指の剣士としてその名を轟かせることだろう。
この火力の持ち主が仲間入りしてくれたら、どれほど心強いだろうか……そのような下心を、太悟は頭を振って追い出した。
今はただ、一人の心折られていた少女が、かつての自分を乗り越えられたことを純粋に祝福したい。
さて、そのターシェは敵が消え、術が終わった後も、サーベルを突き出した姿勢のまま硬直していた。
「ターシェ?」
太悟は声をかけた。すると、途端に少女の膝が折れ、その場に蹲った。
もしや、術の負担が大きかったか。あるいは、何か攻撃を受けていたか。
慌てて太悟が助け起こすと、
「……だ、だいご、どのぉ……っ」
溢れ出る涙でぐしゃぐしゃになったターシェの顔が、そこにあった。
先程も泣いていたが、今度はさらにすごい。まさしく大洪水だ。
「でぎだ……自分は……でぎまひた……っ!!」
だが、それは止めなくてもいい涙だと、太悟にはわかっていた。
「うん、見てた。すごかった」
「……だ、だいごどのぉ~っ」
感極まってか飛びかかってきたターシェを抱きとめ、なおもえぐえぐと泣く彼女の背中を、太悟は撫でた。
泣いてばかりの勇士なんて、情けなくて、頼りないことこの上無い。
けれど、今ぐらいは良いだろう。いずれ泣き止んだ時、彼女は今度こそ、本物の勇士になっているはずだ。
「君はがんばった。本当に、がんばったよ」
ターシェの涙が出尽くされるのと、彼女の仲間の勇士たちが動けるまでに回復するのは、ほぼ同時だった。
傷は大きく出血量も多かったものの、切り口が綺麗だったため、痕は残らないだろう。
「―――この度は本当に、ご迷惑をおかけしました。まこと、お詫びのしようもございませぬ」
そう言って、《鉄血》バルガンドが深々と頭を下げて来た。ターシェら三人もそれに続く。
あの神殿にいると忘れがちだが、勇者の立場は、所属が違えど勇士よりも上である。
礼節に厳しい将校は、こちらが恐れ入るほどの平伏ぶりを見せることがあった。
本質的に庶民である太悟としては勘弁してほしいところだ。
「いや、まあ。成り行きでそうなっただけですし、困った時はお互い様だから」
言いながら、太悟はちらりとターシェの方を見た。
スカートの端を持って、もじもじとしている。
そういえば、彼女は追放を言い渡されていたのだ。このまま、流れでうやむやになるのも良いが。
「ターシェ」
太悟は声をかけた。
「は、はい!!」
「何か言いたいこと、あるんじゃない?」
聞かれて、ターシェはあわあわと混乱していた。
だが、すぐに瞳に決意を宿し、バルガンドの前に立つ。
「バ、バルガンド殿!」
「……何だ?」
一瞬前とはうって変わって、バルガンドの声は驚くほど低かった。
だが、それでもターシェは背筋を伸ばし、しっかりと彼の目を見て、口を開く。
「じ、自分が……今まで、皆さんの足を引っ張ってしまっていて……本当に、申し訳ありませんでしたっ!!」
平身低頭する少女を、バルガンドは黙って見下ろしていた。
レヴァンとラフルーは口を挟むつもりは無いようだが、はらはらとした面持ちで見守っている。
「追放されるのも、当たり前であります。でも、も、もし……許されるならば……もう一度だけ、チャンスをいただけないでしょうか!?」
頭を下げたまま、ターシェが言う。
それから、重い沈黙があった。誰かが固唾を飲む音が、やたら大きく聞こえる。
太悟も手汗が滲んでくるのを感じているし、耐えかねたファルケがひしと背中に貼り付いてきている。
「……貴様が勇士団に入ってから、随分と手を焼かされたものだ」
やがて、バルガンドが口を開く。
「それは、人々を魔物から守る勇士として相応しい姿ではないと。儂をどれほど失望させて来たか、理解しての言葉か」
言葉は刃となって、真っすぐ、容赦なくターシェに突き刺さってゆく。
それを、太悟が前に立って遮るのは簡単だ。追放とやらを撤回させるのも、まあできるかも知れない。
だが、その必要はないらしい。ターシェは、目を瞑っても、蹲ってもいなかった。
「わかっています」
「その上でもう一度信じろと、貴様は言うわけだ」
「……はい」
バルガンドが溜め息をつく。
そして、アルマガージョの攻撃によって裂けた軍服を見てから、言った。
「まあ、あの魔物を倒したのは……助力があったとはいえ、よくやったと言っておこう。その力を手放すのは、惜しいとも思う」
ターシェが、跳ねるように顔を上げた。
「勘違いするな、失った信頼を取り戻したわけではないぞ」
バルガンドは渋面ではあったが、声音は少し、柔らかくなっていた。
「甘えも妥協も許さん。言葉だけではなく実力で、再び儂に、貴様を信じさせてみろ」




