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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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夢見る雛 15

 太悟たちが闘技場の中に戻った時、アルマガージョはまだそこにいた。尖った嘴を体ごと右に左に向けながら、哨戒のようなことをしている。

 鉄兜の頭部に目など無いくせに、先程取り逃がした獲物を見つけるやいなや、刃の翼を大きく広げ、錆びた鉄を擦り合わせたような鳴き声で威嚇してきた。

 もっとも、そんなものに怖じ気づく者は、この場に一人もいない。


「行くよ、二人とも」


「は、はいっ」


「うん!」


 隊列は太悟を先頭に、ターシェ、ファルケの順番。

 作戦は、一発勝負。怪我人もいるため、長引かせるつもりはない。

 三人で息を合わせ、下生えを蹴って走り出す。


 ―――ケェェェェッ!!


 先に仕掛けてきたのはアルマガージョだった。

 首を大きく縦に振り、戦斧のごとき鶏冠を放ってくる。


「シーカーショット!」


 それに対応するのはファルケの役目だった。

 海弓フォルフェクスから発射された緑の矢が、前を行く二人の頭上を飛び越えて、鶏冠を弾く。

 軌道を逸らされた鶏冠は、放たれた勢いのまま、広場を囲む壁の一部に突き刺さった。


「さすがっ!」


 太悟は、兜の下でにやりと笑って、アルマガージョに向かって突っ込んだ。仲間が仕事をしたなら、次は自分の番だ。

 鋼の魔鳥が、その身を大きく横回転させる。

 まるで地獄のミキサーだ。オレンジでも放り込めば、一瞬でジュースの出来上がりだろう。

 だがそんな物は、太悟が今まで処理してきた技の一つでしかない。


「ガラクタチキンめ。僕の腕をちょんぎって鼻高々か?」


 何度経験しても、痛いものは痛い。百倍にして返してやりたいが、ぐっと我慢する。

 回転によって勢いをつけたアルマガージョが最初に繰り出してきたのは、長剣の尾羽。カトリーナを使って防ぐのはわけないが、後に取っておく。

 代わりに、太悟は左肩を突き出した。肩の装甲は即座に肥大化し、三本の太い爪を生やす。


「鼻っ柱ってのは、折るためにあんだよ」


 迫り来るアルマガージョの刃。太悟は、竜の爪を下から当てた。

 ぎゃり、と一瞬に音を残して、太悟を跨ぐように斜めに走った尾羽が虚空を斬りつける。

 一撃目はファルケが撃ち落とし、二撃目はいなした。そして、三撃目が来る。

 裏拳の如く振り出された、鋼の翼。横薙ぎに迫る巨大なる半月刀に、太悟は今度こそ、カトリーナを構えた。


 真正面から衝突し、火花散らす、刃と刃。

 アルマガージョは大きく、重いが、竜骨の鎧を纏う太悟が押し負けることはない。

 そして、拮抗などしない。高速回転するカトリーナの旋刃が、甲高い音とともに翼を食い破ってゆく。

≪魔海将軍≫カピターンにも通じたのだ。そこらの魔物ではひとたまりもない。


 ―――ケェッ!?


 アルマガージョが困惑の声を上げる頃には、切断された翼が、地面に突き刺さっていた。

 回転が一周し、正面に戻って来た魔物の胸を後目に、太悟は前転。攻撃範囲から離れる。

 そして振り返り、最後の仕事を仲間に託す。


「行けっ、ターシェ!!」


 ♯♯♯


 何百年も昔に、戦争があった。

 人と人が争う戦いだ。


 その中で、最初のデュモンの剣士、つまりターシェの先祖が活躍した記録が残っている。

 砦に籠った敵の将軍を討ち取るため、精霊剣舞の奥義をもって、堅牢なる門を粉砕したという。

 今では使える者が絶えて久しく、兄や姉たちすら習得出来なかったというその技に憧れて、ターシェは修練に打ち込んだ。


 きっと、家族から褒めてもらえると。雨の日も雪の日も、木剣に痣を刻まれ、手の皮が破れても剣を振った。

 不完全ながら再現に成功した時の、皆の唖然とした表情を覚えている。それから、さらに冷遇されるようになったのだけれど。


(……あの試験に失格してから、一度も成功しなかった)


 奥義を含め、他の多くの技も、使おうとすればあの日の悪夢が甦る。我が身ながらどうしようもないこの苦しみから、逃れることができるのか。

 震える右手に力を込めて、サーベルの柄を握る。腰を深く沈め、右腕を引く。


「行けっ、ターシェ!!」


 そして、その時が来た。

 アルマガージョの翼を断ち切った太悟の声に、ターシェは弾かれるように大地を蹴った。

 大きな隙を見せた魔物は、大技を食らわせるには良い的だろう。

 発動し、威力を発揮するまでにやや時間のかかるこの奥義のために、太悟が作ってくれた隙。

 無駄にはできない。精霊を集め、術を構築しようとしたターシェは。


 ―――無駄だ。


 何時ものように、そう囁く影を前にして、体を竦ませた。

 耳を塞ぎ、目を瞑ってしまいたくなる。


 ―――やめてしまえ。


 ―――お前に価値なんかない。


 ―――諦めろ。


 それは、父の声だった。

 それは、姉や兄の声だった。

 それは、学院の生徒たちの声だった。

 それは……ターシェの声だった。


 誰の声であっても、それらは結局のところ、彼女の内側から生じていた。

 折れた心が、体をも道連れにしようとしている。起きているのは、ただそれだけのことだった。


 とんだお笑い種だ。

 こんな弱くて醜い自分が、他の何かになれるだなんて。

 でも。


「君が戦うなら、僕は―――君が信じた、君を信じる」


 狩谷太悟。

 彼の、自分と同じ傷を持つ少年の言葉が、ターシェの胸の中にあった。

 偉大な勇士になりたい。それは虚勢で、けれど心の底ではそうなりたい、あまりに儚い夢。

 言えば、誰もが笑ったそれを、彼は信じてくれるという。


(あなたは。あなたも、そうなのですか?)


 嘲笑われる夢を、それでも手放せず、戦ってきたのか。

 平和な世に生まれ、戦いを知らないという勇者が、竜を殺す程に強くなるまで。

 傷ついた過去を、抱えながら。


 ……でも。きっと、誰もがそうなのだ。


 偶然、地に落ちた果実を見て、世界の法則を悟るように。ターシェは、気付きを得た。

 太悟のみならず、ファルケやバルガンドにも、誰にだって人に明かさぬ何かがあるはずだ。今まで、そんなことにも気付かない程に、自分は、自分の傷しか見えていなかったのか。


(バルガンド殿、レヴァン殿、ラフルー殿。ごめんなさい)


 今まで随分と迷惑をかけてしまった。


(太悟殿、ファルケ殿。ありがとうございました)


 自分を、ここまで導いてくれた。


(フレア先輩、見ててください)


 学園で守ってもらった恩を、何時の日か返したい。


「難攻不落を穿ち抜く、天下無敵の大神槍!」


 ターシェは叫んだ。構えたサーベルの刀身が、岩を鉄を纏い、長大な突撃槍を形成する。

 円錐形に螺旋状の溝が走り、まるで、固形化した竜巻だった。

 ターシェは、背筋を伸ばし、目を見開いた。

 正面に立つ、小さな影と向き合う。それは、自分と同じ姿をしていた。


(自分は……貴方を、乗り越えてゆく)


 誰もがそうしているように。自分もきっと、強く変わってみせる。

 唸りを上げて回転する突撃槍。ターシェは、自分の影―――そして、その向こうにいるアルマガージョに向けて、腕を突き出した。


「ウルティモ・アースオーガー!!」


 アルマガージョは、残った翼を盾に、体を守ろうとした。

 不完全な防御ではあるが、生半な攻撃なら、それで充分であっただろう。

 だが、デュモン家に伝わる最大奥義、その先端が触れた瞬間、刃の翼は薄紙のように穴を開けられた。


 ―――ゲェェェッ!!!?


 突撃槍は欠片の慈悲も容赦も無くアルマガージョの体を貫き、その回転の威力をもって、鋼の体をばらばらの破片に変えた。

 術の余波は凄まじく、地面を抉り土埃を巻き上げ、反対側の闘技場の壁にまで、大きな穴を開けた。


 ウルティモ・アースオーガー。

 デュモン家の誇りであり、失われつつあった伝説。

 それが、落ちこぼれと蔑まれた少女によって、今、蘇った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、つまり自分達が再現できなかった奥義をターシェがやって見せたから嫉妬して潰しにかかっのか。 一回目も不完全だったからソコにケチを着けてられて、次から次へと文句を言われて精神的に追い詰め…
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