夢見る雛 12
「うわ~、高いとこまで登ったね~!」
未だ整備された面影を残す、片側が崖となった山道。
崖淵から下界を見渡して、ファルケが快哉を叫ぶ。
青々とした林、その間を貫く街道、遠くの街並み。どれも、ジオラマのように見えた。
「ここまで来ると、すごい眺めだね」
太悟は頷きながら言った。
昔は学校の行事の遠足、つまりは登山という名の苦行が嫌で仕方がなかったが、今では戦闘を挟みつつ軽々とこなせている。
これを成長したと言って良いのかは分からないが、なかなか悪くない気分だ。
「ひょええ……大地があんなに遠いであります……」
一方。ターシェは四つん這いになりながら、おっかなびっくり崖の下を覗き込んでいた。
「あれ、ターシェは高いの苦手?」
「じ、自分で跳べるくらいならともかく、ここまでのは苦手であります!」
太悟が声をかけると、眼鏡の少女はチワワのように震えつつ、崖淵から離れた。
彼女の言う通り、クラウドマウンテンの中腹を越えて、かなりの高さまで登ってきている。
しかし、目標である新種の魔物は見つからないし、ターシェの仲間とも合流できていない。
(新種はまあ、見つけられたらラッキーで良いとして、ターシェの方は最後まで面倒見ないと)
太悟はむうと唸った。
あちこちに残る戦闘痕を追うように進んできたが、人影は見えない。三人でこの進行速度なら、ターシェの仲間たちはなかなかの実力者のようだ。
(それでも、そろそろ追い付くかもしれないけど……)
もしこの先で合流したらどうするか、正直なところ、太悟は何も考えてなかった。
引き合わせて、じゃあさよならというわけにはいくまい。何せ、一度追放しているのだから。
普通に考えて、握手して仲直りで済むとは思えない。追放に正当な根拠がある以上、なおさらだ。
(拗れたら……あー、マジで引き取れないかなあ)
こちらはこちらでまったく健全な状態では無く、彼女の憧れの先輩と衝撃の再会をしてしまうのが難点だが。
そうやって、少しずつ夜に向かってゆく空に、太悟が頭の中であれやこれやと案を並べていると。
ずん、と足元が揺れた。
驚いたターシェが「ぴゃあ」と鳴き、太悟とファルケは武器を構えた。
地震ではない。何か、大きな物が倒れたのだ。
遠雷の如き戦闘音。その中に混じる、人の声。
近くで、戦いが行われている。もしかしたら、ターシェの仲間かも知れない。
「ファルケ、ターシェ、行こう」
「うん!」
「は、はいっ」
二人が頷くのを見ながら、太悟はカトリーナを背負った。
竜骨の鎧が、ぎしりと鳴く。
クラウドマウンテンには、『闘技場』と呼ばれる場所がある。
開けた土地に円形の大きな建造物があり、中心は広場になっていた。
そこが実際に、剣闘士たちが血を血で洗う戦いを繰り広げていた場所なのか、もっと別の用途があったのか、もはや確かめる術はない。
だが、この山が今や魔物が住まう戦場である以上、戦いの歴史は常に刻まれている。
音の出所に当たりを付けた太悟たちは、名も知れぬ植物の蔦に侵食された門をくぐり、『闘技場』内の広場に足を踏み入れた。
途端に鼻孔を刺激する強烈な鉄の臭い―――血の臭い。
魔物は血を流さない。故に、その発生源は極めて限られている。
「ラ、ラフルー殿……レヴァン殿っ!?」
目を大きく見開いて、ターシェは倒れ伏している二人の名を呼んだ。
衣服は赤く汚れ、全身に切創が刻まれていた。
息はある。だが、楽観視して良いダメージではない。
「太悟くん、あそこ!」
ファルケが指差す、広場の中央。そこには一人の勇士と、一体の魔物がいた。
勇士は、太悟もその名を知っていた。イクサ帝国の英雄、《鉄血》バルガンド。
彼もまた傷負っているが、パイルランチャーを構え、正面の敵を睨みつけている。
そして、魔物。こちらは、太悟が初めて見る姿をしていた。
その輪郭は、巨大な鶏。頭に鶏冠がある飛べない鳥。
だがその総身は、銀色に輝いていた。鶏の形状を形作るパーツ全てが、金属である故に。
騎士の兜にも似た頭部は、嘴のつもりか、バイザーに当たる個所の先端が鋭く伸びている。
翼は、それそのものが巨大な半月刀。ぎらり光る刃は、血に濡れていた。
尾羽は、扇状に束ねた長剣。地面に食い込む鉤爪は鉄杭。
三メートルの巨体が一歩前に足を踏み出せば、がちゃがちゃと音が鳴った。
―――アルマガージョ。
開かない嘴から、耳を引き裂くような鳴き声が放たれる。
この魔物こそ、太悟たちの目的である新種の魔物に違いなかった。




