夢見る雛 11
サンダーフラップが瘴気に還るのを見届けると、バルガンドはパイルランチャーを肩に担いだ。
体の節々に、僅かだが軋むような痛みを感じている。
魔物にやられたわけではない。
国の部下たちから人間戦車と恐れられるバルガンドでさえ、寄る年波には勝てないということだ。
(若い者には負けんと、口で言うのは簡単だがな)
目立たぬよう、小さく嘆息する。全盛期を過ぎてから、かなりの年数が経った。
機械を入れない未改造の肉体は、無茶をしようとすればすぐさま悲鳴を上げるのだ。
五年後、パイルランチャーを今のように扱えるかどうか。
(だが、まだ動くことができる。この血と骨すべてを使い、最後の瞬間まで魔物を殺してくれる)
鍛冶屋は、鎚を握って棺に入るもの。
古い諺を思い出しながら、密かに拳を握り締める。
イクサ帝国を越え、世界の為に戦うという使命は重い。
だがそれを背負ってこその軍人、そして勇士なのだ。
「さっすが旦那。痺れる一撃だったぜ」
そう言って、レヴァンがラフルーとともに駆け寄って来る。
「隊全員の成果だ……それより、警戒を怠るな。戦場だぞ」
バルガンドは固い声で言い放った。奇襲、不意打ちには常に気を付けねばならない。
こうした態度を煙たがれることもあるが、ファーストプレインで訓練していた新人たちがウォーホースの乱入によって全滅したという話もある以上、やめるつもりはない。
「悪い悪い」と、レヴァンが舌を出す。
出会った当初は女好きの軽薄な若造と、バルガンドは侮っていた。だが一度背中を預ければ、なかなかどうして頼れる男だと気付いたのだ。
以来、レヴァンはバルガンドにとって最も信頼のおける盟友となったのである。
「しっかし、ここまで来ると魔物もめんどくせぇのが増えてくんなあ。思い通り進めねえや」
バルガンドは頷いた。
「うむ……新種とやらは発見していないが、そろそろ撤退も考えねば」
今回の目標は、クラウドマウンテンに現れたという新型の魔物である。
達成できずに神殿に帰還するのは歯がゆいが、登山を始めてから半日以上、体力や物資を消費している。
「もう少しだけ」は、危険な考えだった。
「……ターちゃん、大丈夫かしらぁ」
ラフルーが、物憂げな面持ちで呟いた。
ターシェ・サント・デュモン。今回の出撃で、隊に入れられた剣士の少女。
勇士としては歴が浅く、ラフルーも何かと面倒を見ていた。
そんな彼女ですら、ターシェを隊から外すというバルガンドの意見に、反対はしなかったのだ。
「逃げに徹すれば、山を下りるくらいはできるだろう。奴も、決して弱くはないのだ」
バルガンドは唸るように言った。
実際、ターシェが弱いと思ったことは一度も無い。
彼女が個人鍛錬の時に見せる魔法の剣技は、バルガンドが舌を巻く程の冴えがあった。
だが、それも実戦で発揮できなければ意味がない。
「ターシェちゃんのアレ、なあ。デカい技出そうとする時とか、なんで転んじまうんだろうな……」
レヴァンが溜息をつく。バルガンドも渋面を作った。
本人に問い正したわけではないが、過去に何かがあったのだろうとは推測はできる。
かつてバルガンドが受け持った訓練生たちの中にも、心底に食い込む棘に苦しめられている者は何人もいた。
バルガンドは決して、ターシェのことをどうでもいいと思っているわけではない。
しかしながら、彼女は訓練生ではなく、戦場で魔物を倒すことが求められる勇士なのだ。
自己の問題を他者に影響させれば、ともに戦う仲間を、そして守るべき人々を殺すことになる。
故に、ターシェを隊から外した。それが彼女を傷つけたとしても、優先順位を間違えるわけにはいかない。
(儂を恨むなら恨むがいい。それくらいは受け止めてやる)
………と。
そのようなこと思考に没頭してはいても、バルガンドは完全に気を抜いていたわけではない。
だが、ぎゃり、と金属同士が擦れるような音を耳朶で捕らえた時には、すべてが遅かった。
振り向いたその視界を、銀閃が横切った。




