夢見る雛 8
太悟は、ひとまずターシェを適当な木陰で休ませることにした。
昼過ぎの薄い影に覆われた彼女は、抱えた膝に顔を埋めてしまっている。
かけられる言葉も見つからず、太悟は溜息をつき、辺りを警戒していた。
「ねえ、太悟くん」
ファルケが隣に立つ。その声には、どこか迷いを感じた。
「ん?」
「……あの、えっとね」
もじもじと、後ろに回した両手を揉み合わせるファルケ。視線も、足元の辺りを這い回っている。
最近こういうの多いなと思いつつ、太悟は彼女の言葉を待った。
「だ、太悟くんってさ」
「うん」
「……ターシェみたいな娘が、好きなの?」
「うん!?」
太悟は我が耳を疑った。そんな話が出てくる状況だったか、今。
泣き笑いのような顔で、ファルケが続ける。
「や、やっぱり眼鏡が良いのかな? あたしも明日から眼鏡っ娘になる……」
震える声でキャラ変を宣言する相棒に、太悟は大慌てで声をかけた。
「いや、違っ……えっ? なんで? なんでそう思ったの?」
「だって、太悟くんあの娘にやたら優しいから」
そう言って、唇を尖らせるファルケ。じとっとした目で見られて、太悟はたじろいだ。
別段、下心は無いのだ。ターシェは可憐な少女だが、たとえむくつけき大男だったとしても、太悟は同じことをしていただろう。
「今も山下りないで、一緒に連れて来ちゃってるし……」
「まあ、それを言われると弱いんだけど」
竜骨の兜の中で、太悟は顔をしかめた。
あんなことを言っておきながらこれでは、たしかに美少女を連れ歩きたいスケベ心を疑われても仕方ない。
………だが。
「なんか、ほっとけないんだよなあ」
「やっぱり……!」
ファルケがわなわなと震え出した。
「そういうのじゃないから!!」
実際のところ、太悟自身も判然としないのだが、それはもっと厄介な感情だった。
声、と言い換えていいかもしれない。勇者としての義務感よりも、もっと心の奥深くから囁いてくる声。
それが、ターシェを放っておくなと言っている。だから、ファルケには悪いが―――もう少し様子を見ることにしたのだ。
「………んっ」
ファルケは、まだ納得いかないというような表情で、太悟の肩に頭を乗せた。
突然の行動と、少女の髪の感触と香りとその他諸々に驚いて、太悟は声を上げた。
「なっ、何!? どうしたの!?」
「いいから」
「何が!?」
♯♯♯
ターシェ・サント・デュモンには、決して風化することのない記憶がある。
デュモン家の修練場。土の地面には、訓練用の剣が転がっている。
感じるのは、転んだ時に打った膝や腕の痛み。そして、
「ターシェ。貴様は―――我が家の、恥だ」
自分を見下ろす父の、冷えきった視線。
激しく厳しい人物で、褒められたことなど一度も無い。
たまにターシェを剣技の訓練に連れ出しては、彼女が動けなくなるまで叩きのめす。
そんな思い出ばかりが蓄積されていた。
「まったく、俺たちの妹とは思えないな」
「ほら、出涸らしって言葉があるじゃない? それよぉ」
倒れ伏したターシェに降り注ぐ、侮蔑の視線と嘲りの声。
歳が離れた兄や姉たちにとって、彼女は日々の鬱憤をぶつけて遊ぶ玩具に過ぎない。
デュモン家の屋敷には使用人たちもいたが、激情家である父の気に障るのを恐れて、末の娘は腫物扱いであった。
物心ついた時から味方のいないターシェは、やがて身と心を守る術を得た。
蹲って目を瞑るのだ。声も視線も届かないよう、自分の中に深く深く、沈み込むのだ。
まるで、生まれ落ちた後、再び殻に籠ることを選んだ雛のように。
けれど、それでも。
ターシェは、何時からか自分の内側から聞こえてくるようになった声から逃れられなくなっていた。
――――お前には、何もできない。




