夢見る雛 6
フレアのことを考えると、太悟は体が熱くなるのを感じる。
それは好意によって高揚してるからとかではなく、物理的に炙られたことがあるからだ。
太悟が神殿にやってきたばかりの頃、出撃を頼んだら、火球を投げつけられたのだ。
――――ほらほら、どうしたのよ。避けられたら出撃してあげるって言ってるじゃない。
異世界にやって来てから初めての攻撃魔法は、威力を抑えられていたとはいえ、とても熱くて、痛かった。
結局フレアを出撃させることは叶わず、得たのは全身に負った軽度の火傷。
今は治っているし、もっと酷い怪我をしたことはいくらでもあるが、あの時の痛みと苦しみは、決して忘れないだろう。
「太悟くん、顔色……」
「大丈夫だよ。ありがとうファルケ」
少し青ざめた顔で、太悟は苦笑を浮かべた。
今なら本気のフレアでも苦労せず倒せるだろうが、嫌な思い出とは払拭し難いものだ。
「――――というわけで、フレア先輩は勇敢で正々堂々としていて美しく、あらゆる不正を許さない正義感の持ち主でありまして」
一方、ターシェは太悟には想像もつかないフレアの武勇伝を、誇らしげに語っていた。
彼女には悪いが、個人的感情は抜きにしても思い出を楽しんでいる場合ではない。
「まあ、その先輩のことはひとます置いといて。君、これからどうするの?」
「うっ……!」
太悟に問われて、ターシェが固まる。
どうする、とは言ったが、選択肢など無いに等しい。
「……皆さんに言われた通り、このまま山を下りる、べきかと……」
目を伏せるターシェから感じられる、半分ずつの未練と諦め。
道理としては、仲間に従うべきだろう。彼らの内情を何一つ知らない以上、太悟が言えることはない。
だが、自分の無力を認める、それは死ぬほどつらいことだ。
(偉大な勇士になる、か)
今の自分より、もっと凄い存在になりたい。
その願いが、彼女にとってどれ程の重さがあるのかはわからない。
だがここに、そのためだけに異世界にやってきた馬鹿野郎がいるのだ。
嗤うことなんてできないし、する奴がいたら張り倒すかもしれない。
「……とりあえず、僕らと一緒に来る?」
そんな言葉が、太悟の口を衝いて出た。
「えっ」
「太悟くん?」
「あ、いや。もちろん守ったりはしないし、本当に足手まといになるようなら……えっと、山の麓まで送るけど……どうする?」
太悟の提案に、ターシェは文字通り飛びついてきた。
「このターシェ・サント・デュモン! 全力でがんばりますっ!!」
自分の手を握り、ぶんぶんと大きく縦に振るターシェに、太悟は苦笑した。
本当に、彼女の仲間たちの評価通りの実力なら、そう長い付き合いにはなるまい。そんな太悟の予想は、しかし大きく外れるのであった。
それも、彼が想像もしなかった形で。
♯♯♯
クラウドマウンテンをさらに進み、大きな建物に挟まれた、広い通りにやってきた。
もちろん建物は廃墟だが、残された部屋の構造的に宿舎であったろうということで、この一帯は『宿舎通り』と呼ばれている。
もちろん、この場所にも魔物は出る。太悟とファルケは、各々の敵を捌いていた。
「……太悟くん」
「うん……」
二人の視線は、同行者のターシェに向けられていた。
彼女を取り囲むのは、毒蜂スズメの群れ。
見た目は黄色と黒の虎柄をした小鳥だが、その嘴には激痛と手足の痺れをもたらす毒がある。
一羽に刺されても悶絶は必至で、何羽もの群れに一斉に襲われればショック死もあり得る危険な魔物である。太悟とて、一人でいる時に出くわした時は思わず「げぇ」と言ってしまうほどだ。
そんな毒蜂スズメに囲まれているターシェは、実際なかなかのピンチである。しかし彼女は悲鳴の一つすら上げず、腰のサーベルをすらりと鞘から引き抜き、
「行くでありますよ! 精霊剣舞、大地の章……デザートフラワー!!」
横薙ぎに走る刃が描く、銀円。そこから放たれる、砂の刃。
上下に放散されたそれは大きく広がって、正しく薔薇の形を描く。
毒蜂スズメたちが、一瞬にして消し飛ぶ。瘴気を絡めた、砂色の花弁が優美。
――――ホワチューッ!!
特徴的な掛け声とともに転がり出てくるのは、カンフー服を着た人間の体に鳥の頭を持つ魔物。
嘴からは、酒臭い息が漏れている。
その名はバードランク。幻惑的な動きで相手を翻弄し、攻めに回っては鋭い格闘技を操る手強い魔物だ。
波のように揺れ動くバードランクと、強く鋭く円弧を描くターシェが激突する。
――――チュチュチュチュチュ!!
左足を地面に突き立て、残る右足による連続蹴りを放つバードランク。見かけ以上に威力があり、受ければ肉が裂け骨砕けること必至。
ターシェは横に回転しつつ、その身を深く沈めた。連弾を頭上にやり過ごし、回転の勢いを使ってサーベルを振る。
刃が狙うはバードランクの左足。蹴りのため体を支えているならば、急には動かせない場所。
だが、斬撃は空を切った。
僅かな膝の運動によって、バードランクが跳躍。
空中で前転、突き出した右足による踵落としで、勇士の頭を砕きにかかる。
「敵軍阻む、荒れ野の牙を! ハマダ・ランサ!!」
ターシェが自身の足元にサーベルを突き刺す。
先の足への攻撃は布石だったか。空中で、攻撃の途中にあるバードランクを、地面から生え伸びた無数の岩槍が串刺しにした。
(……普通に強くない?)
一連の戦いを見て、太悟は素直にそう評した。
襲い来る魔物に対して、自分の手札をどう使うか。ターシェは、それをしっかりと理解し実行している。
上を見ればキリがないにしろ、ファーストプレインで経験を積む新人にあるような不安定さはまるで無く、確実に中堅以上の力は持っていた。
(これで落ちこぼれ? 第十支部ってそんなに強い勇士が揃ってるの?)
特別、話題に上がるような支部ではなかったと、太悟は記憶していた。
実力主義が行き過ぎて勇士に求めるハードルが高いのかも知れないが、この戦場で戦い抜く程度の実力は、ターシェには十分備わっている。
深まる謎に太悟が唸っていると、バードランクを瘴気に還したターシェの前に、大きな影がずんと音を立てて舞い降りた。




