表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/119

夢見る雛 4

 太悟は即座に判断した。


「――――ファルケ、あいつ射って! 咥えてる人が落ちたら、僕が受け止める!」


 タイラントビークに捕らわれている誰かがまだ息をしているかどうかはわからないが、静観はできない。

 生きているとして、このままでは待っているのは確実な死だ。


「う、うんっ!!」


 ファルケが弓に矢をつがえる間に、太悟は足の装甲を変形させた。

 金属の蔦を絡ませ増力し、爪先に鉤爪を生やす。

 大地を掴み、蹴る、走るための姿。それを見て、ファルケが頷く。


「行くよ! シーカーショット!!」


 緑の閃光が、地から空へ放たれる。

 それは、地を這う者たちにも気づかず、獲物を咥えて上機嫌に飛んでいるタイラントビークの胴に直撃した。


 ―――ギャアアアアッ!?


 風の矢は魔物を貫くまでには至らなかったが、驚かせることには成功したらしい。

 翼をばたつかせ、大きく開いた嘴からするりと抜け出す、人影。

 足元の地面を爆発させて、太悟は駆け出した。

 捕らわれていた者は、やはり意識がないらしく微動だにしない。そんな状態で落ちていい高さではなかった。


 川辺から離れ、木々が立ち並ぶ林の中に飛び込む。

 落下してきたところを受け止めるには、どうにか間に合うだろう。

 だが。


「太悟くん、気を付けて!」


 ファルケの声が示す危険もまた、空から来ていた。

 体勢を立て直したタイラントビークが獲物を奪い返さんと、嘴を下にしてミサイルの如く下降してきていた。

 地を駆ける者、空から降りる者。重力が味方する後者に、僅かに分があった。


 ―――ケェエエエッ!


 《精霊射手》の放った矢を、今度は速度だけでかわした魔鳥の嘴が、獲物に触れようとした……その時。

 脚力の全てを跳躍に注いだ太悟が、それを横からかっさらった。

 着地と同時に、タイラントビークが地面に激突。衝撃で足元が揺れ、木々が薙ぎ倒される。

 背中に飛び散った土や木片、石を受けながら、太悟は今しがた助けた相手の顔を見た。


 砂色の髪と、小さな丸眼鏡が特徴的な少女だ。太悟とそう年齢は変わらないだろう。

 腰にサーベルを履いている。おそらく、クラウドマウンテンに訪れた勇士の一人だろう。

 呼吸は安定しており、どこかの骨が折れている様子もない。気を失っているだけのようだ。


「仲間はいるのか? そっちも無事だといいけ……ど、っと!」


 飛び退いた太悟の影を叩き潰すかのように振り下ろされる、黄色の巨槌。地面にまたも穴を穿つタイラントビークに、負傷は見られなかった。


 ――――ケェエエエエーアアアアアア―ッ!!


 翼を大きく広げ、咆哮により大気を震わせるタイラントビーク。その小さな目は怒りに満ちて、獲物も邪魔者も決して逃がすまいという意思を感じる。

 激突は相当な勢いだったため、あわよくばと思っていたが、そう甘くはいかないようだ。

 太悟は魔物から跳び離れ、少女を地面に下ろした。彼女を包むように、竜骨の檻を展開する。

 魔物としては、こちらを逃がさないつもりのようだが………


「そっちがそのつもりなら歓待してやろうじゃないか。死ぬほどな」


 魔物の落下によって、林の中に生まれた円形の広場は、暴れるにはちょうどいい空間だ。

 手にしたカトリーナが、同意するかのようにぎゅるりと旋刃を回す。

 狩る者と狩られる者。その立場は、不動ではないのだ。

 とはいえ、タイラントビークも一角の魔物。見た目以上には知能があり、闇雲に攻めるような真似はしてこない。

 自慢の嘴を器用に使い、足元に転がっていた倒木を、太悟に向けて投げ飛ばしてきた。


「殺戮暴風圏!!」


 太悟の周囲を旋回するように放たれた、無数の旋刃。

 自動車でも簡単に潰せるような巨木が、一瞬にして木片と化す。

 その僅かな瞬間に、タイラントビークが次なる行動に移っていた。地面に自慢の嘴を突き立て、そのまま突撃してくる。

 一本道を刻みながら迫り来る巨体。太悟がこれを避けた場合、後ろに守っている人間が轢かれる危険があった。

 そんな時、勇者が取るべき行動は決まっている。ついこの間もやったばかりだ。


「よいっ……しょおっ!!」


 太悟は、横に構えたカトリーナの柄で、タイラントビークの突進を受け止めた。

 竜骨の鎧の下、蔦が織り成す人工筋肉が軋む。下から上へ跳ね上げようとする、魔物の力を押し返す。

 タイラントビークが、前に進まない体を動かそうと鉤爪で足元を引っ掻く。

 太悟は、後退りなどしなかった。そしてこれは相撲の勝負でも何でもなかったので、追い付いてきた仲間を頼ることを、躊躇いはしなかった。


「ファルケっ!」


「おまたせ!!」


 太陽を背に、ファルケが空中から水の矢を放つ。

 目の前の敵に集中していたタイラントビークに、それを避ける暇はなかった。


 ――――ギャアーッ!!


 至近距離のアサルトレインが、容赦なく魔物の背に突き刺さる。

 青い針のハリネズミのようになったタイラントビークが、激昂しながら後ろのファルケに振り返る。

 すわ、不意打ちしてくる不埒な奴を誅さんと嘴を振り上げる、空の暴君。今の今まで戦っていた相手を頭の中から追い出してしまうのが、この魔物の限界だった。


「また背中がお留守ですよ、っと!」


 旋斧カトリーナの刃が、唸りを上げて走る。

 ぞば、と音を立てて切り離されるは、タイラントビークの両足。


 たとえ飛べようが、地にあっては足は必要だ。

 支えを失い、バランスを崩した巨体が、前に倒れ込もうとする――――のを阻止する、羽ばたく翼。

 吹き荒れる風に飛ばされまいと踏ん張る人間二人を残し、強引に空に舞い上がるタイラントビーク。

 逃げるつもりでないことは、下に向けられたその目が示している。


 落下による強力な攻撃を狙っているのだろう。

 だが太悟は、本命でもない魔物に、これ以上時間をかけるつもりはなかった。


「お前は遠距離攻撃できないからな……遠慮なく近づけるよ」


 太悟は左手を上に向けた。その手首から、先端に爪のついた金属の蔦が射出される。

 それは上昇してゆくタイラントビークの嘴に巻き付き、爪によってしっかりと固定された。


 腕を大きく引き、太悟は跳躍。蔦を巻き取り、上昇してゆく。

 当然、いきなり変な物を自慢の得物にくっつけられたタイラントビークは、頭を振って抵抗する。

 その直前に、太悟は蔦を自ら切り離していた。魔物の前を通り過ぎ、さらに上へと飛んで行く。


 敵の姿を追いかけ、頭を上げるタイラントビーク。そこに投げつけられた、赤い液体の入った小瓶。

 それは魔物の眉間にこつんと当たり、次の瞬間爆発した。

 イクスプロド・ポーションは、瓶の先端の安全装置を外してから数秒で爆炎と化す。急に顔面を炎で焼かれたタイラントビークは、翼をばたつかせて混乱していた。

 その動きが、ぴたりと止まる。もちろん、冷静になったわけではない。


「シャドウピアス!!」


 体は空にあっても、影は地上に残っている。そこに、ファルケが影の矢を打ち込んだのだ。

 魔物は、通常の物理法則に従って飛行してはいない。だが鳥の姿をしている以上、飛ぶには羽ばたくという動作を必要としていた。

 故に、動きを止める影の矢を受けた暴君は、玉座たる空から引きずり降ろされたのであった。


 ――――ケェアアアアアッ!?


 タイラントビークの二度目の落下は、下半身からだった。

 硬直している上、足さえ失った状態では、安全な着地など望めるはずもなく。

 ずしん、と再び大地を揺らした魔物は、今度は無事では済まなかった。

 自ら空けた穴の中で、折れた翼を振り回してもがくタイラントビーク。

 大きなダメージは負っていたが、まだ消えるほどではなく、そして闘志も萎えていなかった。

 近くにいたファルケに向けて威嚇すらしている。


 だが、これ以上戦いが長引くことはない。

 重力を味方につけつつ、旋斧カトリーナを大上段に振り上げた太悟が、着地と同時にタイラントビークを真っ二つにしたからだ。


「地を這う気分はどうだ、王様?」


 そう言って、太悟は一仕事終えたカトリーナを、肩に担いだ。

 自慢の嘴ごと縦に割られたタイラントビークは、かつて自分の物であった空を見上げ、「ギャア」と一声鳴いて、瘴気に還っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様でした。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ