夢見る雛 1
「ターシェ……貴様は、追放だ!」
そう叫んだのは、筋骨隆々とした体に軍服を纏う髭面の男、チームのリーダーである《鉄血》バルガンドだった。
魔物でさえ恐れさせるという彼の怒りに直面した《地精剣士》ターシェ・サント・デュモンは、顔面を蒼白にした。
彼女は、今年で十七歳になる少女だ。名門デュモン家に生まれ、顔立ちは品良く整っている。
マリーゴールドの羽根付き帽子とコート、動きやすさを重視したミニスカートを纏い、背中の青いマントには、マギアベル国立魔法学院を卒業した証として、交差した杖の紋章が金糸で刺繍されている。
腰にはサーベルを吊るしているが、砂色をしたふわふわな髪と、鼻の上にちょこんと乗った丸眼鏡のおかげで、親しみやすい……というより、威厳の無い印象を相手に与える。
そんなターシェが、サンルーチェ神殿第十支部に配属されてはや数ヵ月。
神殿内でも古株のバルガンドから、追放を言い渡されていた。
「そ、そんなっ!! 自分、何かしたのでありますか!?」
「何か? 面白いことを言うな、貴様……!!」
半泣きのターシェ。バルガンドのこめかみに、青筋が浮かび上がる。
彼の武器である巨大な長方形をした機械、パイルランチャーを今にも撃ちそうな剣幕である。
「まあまあ、落ち着けって旦那。俺も気持ちはわかるけど、そいつは勇者様の領分だぜ」
間に入ったのは、派手な金髪をオールバックにした武道着の男、《瞬雷脚》レヴァン。
軽薄そうに見えて格闘の達人であり、その足技は、まさしく稲妻の速度で繰り出される。
「そうよぉ。それに、女の子を怒鳴りつけるものじゃないわ、バルさん。気分が落ち着く香水、使う?」
薄いフェイスベールと、腰に吊るした無数の瓶が特徴の《妖香師》ラフルーも、話に参加してくる。
バルガンドは腕を組み、ふんと鼻を鳴らした。勢いは削がれたものの、怒りは継続している。
「戻ったら、儂から勇者殿に進言する。こやつに背中は任せられんとな」
イクサ帝国将校の溜息交じりの言葉に、レヴァンとラフルーが頷く。
「そりゃあ……な。かわいこちゃんは好きだが、戦場でとなるとなぁ……」
「ターちゃんは、まだ早かったかもしれないわねぇ……」
はあ、と溜息が重なる。
あまりにも分かり易く仲間たちから見限られ、ターシェは慌てて声を張り上げた。
「お、お二方までぇっ。教えてください、自分のどこが悪いのでありますか!?」
ターシェ以外の三人は、互いに顔を見合わせると、
「戦闘中、八割の確率で転ぶ。足元に何もない場所だろうと転ぶ」
「当然、転んだ隙に魔物が襲いかかるから、他の奴がフォローしなきゃいけないし」
「ひどい時はそこから崩されて、撤退……って時もあったわねぇ」
つらつらと、背中を任せられない理由を並べた。
心当たりのあり過ぎるターシェに、ぐさぐさと容赦なく突き刺さる。
「うぐぅーっ。も、申し訳ありません!!」
膝から崩れ落ち、その勢いで頭を下げるターシェ。
「普段ならば、それでも面倒は見てやれるが……今回の任務は特別だ。勇者殿の差配とはいえ、足手まといを連れてゆく余裕はない」
バルガンドに撤回の意思はなかった。
液体の入った小瓶が、ターシェに投げ渡される。
「貴様は山を下りろ。今なら聖水を使えば、さほど危険もなく安全地帯に行けるだろう。そこで我々の帰りを待て」
「全員で一度撤退、ってわけにはいかねえのかい?」
レヴァンが口を挟む。ターシェの安全を考えるなら、それが確実だろう。
だが、バルガンドが首を横に振った。
「ただの魔物退治のための出撃ならともかく、今回は明確な目標設定がされた任務だ。こうも早く、手ぶらで戻ったとなれば教会からの評価にも響く」
「うーん……しょうがないわねぇ。ターちゃん、イイ子にして待ってるのよ?」
「えっ、えっ」
ラフルーに頬をさすられながら、ターシェは困惑していた。
本人を抜きにして、三人の中で話が固まっている。
全員くるりと背を向けて、つかつかとターシェから遠さがって行く。
「あ、あの、ちょっと。自分、もっとがんばりますからぁっ。置いてかないでくださいぃいーーーっ!!」
少女の悲しみに満ちた叫びが、空に響く。
驚いた鳥たちが、ぎゃあぎゃあと飛び去っていった。




