勇者のお仕事6
すき。
その二文字が、真っ白になったファルケの頭の中でハウリングする。
好き。
誰が、誰を?
自分が、太悟を。
好き?
「ひゃわ、あわわわわわ……」
ファルケは、危うくシーツを落としそうになった。
顔が熱くなる。心臓がガンガンガンガンと早鐘を打つ。
なんだろう、これは。自分に何が起きている?
経験のない感情が溢れ出してきて、頭の中を引っ掻き回している。
そしてそれが、不思議と不愉快ではないのだ。
何もかもがわからない。
自分の顔が耳まで真っ赤になっていることに、ファルケは気付いていなかった。
「ごっ、ごめんなさい変なこと聞いて! ちょっと気になっただけで……忘れてください!!」
慌てたサーラに揺らされると、ファルケは少し冷静になった。それでも、異常な動きをした心臓が少ししんどい。
サーラの後ろから、チコがらひょいと顔を出す。何事か、にやにや笑っている。
「サーラ、勇者さまのこと大好きだもんねぇ。女の子連れてきたら、そりゃー気になるよー」
「ちっ、違うから! そんなんじゃないから! 人として尊敬してるだけで……もう、あっち行ってなさいよっ!」
「はいはーい」
サーラが怒鳴ると、チコはそそくさと逃げ出した。
「もう……」
「……」
残されたファルケとサーラは、それからしばらく、無言で手を動かし続けていた。
程なくして、桶の中が空になる。
「ずっと、心配だったんです」
と、不意にサーラは言った。視線は、地面に向けられている。
「勇者様は、一人でずっとここに来てくれて……戦場でも、一人で戦ってるって聞いてました。それが、私には……寂しそうに見えて」
「………」
「でも、今は一人じゃないんだなって……今日、ファルケさんといる姿を見て思ったから……だから、安心しました」
「……えっと」
何を言えばいいのかわからないファルケの手を、サーラが握る。
「私は、戦えないし、傍にいることさえできないから……勇者様のこと、お願いします」
ぺこりと頭を下げてから、サーラは吊るされた洗濯物の間を駆けていった。
その後ろ姿を見送りながら、ファルケは自分の頬を触った。まだ熱い。
好き。
その意味がわからないほど、ファルケは鈍くはない。
単純な好意ではない、もっと深い意味のそれなのだろう。
(……あたしは、太悟くんのことどう思ってるんだろう)
改めて、考えてみる。
ファルケにとって、太悟は希望であり憧れだった。
あの淀んだ神殿において、ファルケが再び戦うことを決意した、理由そのもの。
それは今も変わらない。だがそれは、勇士としてのファルケの気持ちだ。
一人の人間として、女の子として。異性である太悟を、どう思っているのか。
それこそ、サーラの聞きたかったことに違いない。
(恋愛とか、結婚とか。考えたこともなかった)
ファルケにとっては、それこそ異世界よりも縁遠い話だった。
年頃ではあったが、故郷では恋よりも冒険に憧れる少女だったのだ。
神殿にも男の勇士はいるが、そういう関係になるという発想がなかった。
それが今、太悟と寝食を共にし、共に戦っている。
一緒にいない時間の方が短い生活の中で、ファルケは単なる憧れの対象ではない、太悟の姿を見て来た。
笑ったり、慌てたり、怒ったりする時の表情。肩を並べて戦った時の頼もしさ、安心感。
触れ合う肌の温かさ――――
(………あーっ! ダメダメダメッ! また頭が熱くなる!!)
オーバーヒートの予感に、ファルケはぶんぶん頭を振った。
またもや心臓の鼓動がうるさい。息苦しい。
落ち着け、深呼吸しろ、と自分に言い聞かせる。
「保留! 保留にします!」
誰に対してか、大声でそう宣言するファルケに、近くにいた子供たちがびくっとする。
ファルケは構わず、再び大きく深呼吸をした。それでひとまず、気を落ち着かせる。
ああ、それでも。
(太悟くんの顔、これからちゃんと見れるかなぁ……?)
真っ赤になった頬を両手で押さえつつ、ファルケは心の中で呟いていた。




