勇者のお仕事5
太悟と別れたファルケは、庭の方に戻って来ていた。
フィンの姿は見えない。他の子供たちもいなくなっていた。
太悟の言った通りにルドナを探していると、彼女はすぐに見つかった。
向こうもファルケの姿を認めて、近寄ってくる。
「子供たちから聞いたよ。フィンが失礼なことをしたってねぇ……面目ない。勇者様は……」
喉からあふれ出しそうな言葉をぐっと抑え込んで、ファルケは口を開く。
「太悟くんなら、見回りに行ってます」
笑顔で、この短い言葉を紡ぐ。
それだけのことに、ファルケはとても苦労した。
ルドナが、申し訳なさそうな顔で頭を掻く。
「そうかい。まだ若いのに、本当に頭が下がるよ、勇者様には。後で、フィンにもちゃんと謝らせるから」
「……ええと、太悟くんは気にしてないって」
「それでも、さ。やらかしたことにはちゃんとケジメつけさせなきゃ、フィンのためにならないよ」
ルドナが溜息をつく。太悟を若いと言ったが、彼女自身も二十代半ばといったところだろう。
しかし、彼女の言葉からは年季の入った重みを感じた。人間にとっては試練の時代、誰もが何かを背負って生きている。
「こういう時、子供たちにうまく説教できる奴がいればいいんだけどね。ベアトリクスなら、何て言ったかなぁ……」
聞きたくない名前に、ファルケの肩が跳ねる。
「あいつ、今あんたんとこの神殿にいるんだろ? なら、知ってると思うけどさ。昔っから小さい子の面倒見るのが得意でね、イタズラしたらあたしなんかすぐ怒鳴っちまうんだけど、あいつは優しく諭すんだよ。そんでちゃんと言うこと聞くんだから、大したもんだよなぁ」
懐かしげにルドナが思い出を語る。
ああ、そうだ。ファルケが知るベアトリクスも、そんな人間だった。
常に穏やかな笑みを湛え、心優しく、仲間の負傷を見逃さない。ファルケの憧れ。
そんなベアトリクスは、もうどこにもいやしない。
「あいつがいた頃は良かった……なんて言うつもりはないけど、やっぱりいないとなると寂しいもんがあるよねぇ……」
と、しんみりとした空気を払拭するように、ルドナはわざとらしく咳払いをしてみせる。
「おっと、なんか湿っぽくなっちまった。悪いね、一人で長々と」
「いえ、大丈夫です……えっと、ベアトリクスは、元気ですよ。でも、忙しいから」
「ああ、わかってるさ。勇士として戦ってるんだ、しょっちゅう帰ってくる方がどうかしてるだろ。あいつががんばってるんだから、あたしもしっかりここを守んないとねぇ」
ルドナが気合を入れるように腕まくりする。白い歯を見せた、力強い笑み。
同じサンルーチェ教の女司祭という以上に、彼女はベアトリクスと親しい仲なのだろう。
遠い場所で戦う友人の存在を、心の支えにしている。
ファルケは、ようやく太悟の気持ちがわかった。ルドナの幻想を、打ち砕きたくない。
「司祭さま、当番のお花に水やり、終わりましたよ」
「次はなにすればいいのー」
と、駆け寄ってきた子供たちの言葉で我に返ったファルケは、自分が息を止めていたことに気付いた。
赤い髪を後ろで纏めた年長の少女と、黄色い短髪の幼い少女。
「サーラ、チコ。ご苦労だったねぇ。それじゃあ……ファルケさん、二人と一緒に洗濯物干しをお願いできるかい? あたしはフィンを探してくるよ」
そう言い残して、ルドナは去っていった。片足は、やはり引きずっている。
ファルケは少女たちに案内され、孤児院の庭の、物干し台が並んでいる場所に向かった。
すでに他の子供たちが作業を始めており、大きな桶の中の衣類を、物干し竿にかけている。
懐かしさが、ファルケの胸を締め付ける。
まだ故郷にいた頃と、まだ神殿が正常だった頃。家族と、仲間たちと力を合わせて大量の洗濯物をやっつけたものだ。
遠い記憶を振り切り、ファルケは子供たちに混ざって仕事を開始した。濡れたシーツを広げると、石鹸の清潔な香りが広がる。
「あの、すみません」
何時の間にか、隣にやってきていた赤髪の少女、サーラが手を動かしつつ声をかけてきた。横顔には、緊張が見られた。
「なに?」
「ファルケさんは、その……勇者様のこと、好きなんですか?」




