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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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閑話・神と魔王、光と闇

 そこには、天も地も無かった。

 まるで夢に見るような、虹色の空間が広がっていた。

 漆黒の宇宙の中に、数えきれないほどの銀河が渦巻いていた。

 果ての見えない白が、どこまでもどこまでも続いていた。


 大きかった。

 小さかった。


 広かった。

 狭かった。


 そこには全てがあった。

 そこには何も無かった。


 定命の者ならば、僅かな一端を認識しただけでも発狂するであろう、その領域―――イモータルズ・レルム。

 そこに住まう存在のことを、人間は時に神と呼び、時に悪魔と呼ぶ。


 そして今、二柱の超越者たちが、この無限に広がる世界で対峙していた。

 此方、《輝きの女神》サンルーチェ。人間の女性を模った体には、布切れ一枚帯びてはいない。

 されど真珠の色に輝く姿に、人は劣情など入る余地のない荘厳さを感じるだろう。


 腰まで届く黄金の髪は、まさしく陽光の具現。

 背より伸びる、六枚の真紅の翼は、紅炎そのものであった。

 サンルーチェの橙に燃える目が、相対する敵を睨む。



 彼方―――《常闇の魔王》オスクロルド。



 その姿は、闇に浮かぶ月。

 渦巻く黒煙の中心に座す、三日月そのままの形をした月が、銀の冷光を放っていた。


 サンルーチェが守る定命の者たちの世界を、オスクロルドは踏み躙ろうとしている。

 敵対する二柱に、和解はあり得なかった。


『燃えよ』


 サンルーチェの六枚の翼が、大きく羽ばたく。舞い散る、無数の火の粉。

 百、千、万にも及ぶそれらは瞬時に火球と化して、隕石群のごとくオスクロルドに降り注ぐ。

 炭素からなる程度の生物ならば、燃えるでは済むまい。直撃するまでもなく、余波で蒸発するだけの威力があった。


 その攻撃に対し、オスクロルドは、何の動きも示さなかった。

 避ける。撃墜する。そういった行動は、何もしなかった。

 その必要がないからだ。


 赤い流星群、そのすべてが、月を囲む黒煙に吸い取られた。

 どこまでも深い井戸の底に、小石を落としたかのように。

 僅かな音も無く、波紋の一つさえ無く、幾万の火球は無に消えた。


『………ならば!!』


 サンルーチェの右手が、頭上に差し伸べられる。

 宇宙すらあまねく照らすような輝きが生じ、それが、細く鋭く成形されてゆく。

 光の槍。使い手であるサンルーチェよりも長大なその武器が、躊躇いなく投げ放たれる。


 神罰。

 最後の審判。

 そう呼んでも過言ではない威力を、その槍は秘めていた。

 大地に向ければ、それは星の核すら貫通するだろう。

 だが、魔王に向けては――――先の、繰り返しであった。


 槍の先端が渦巻く闇に触れれば、猛進はそこで止まる。

 途端にするりと飲み込まれて、それで終わりだ。


 届かない。

 どれだけ手を伸ばそうとも、指先で触れることさえ叶わない。

 オスクロルドは、まさしく月そのものであった。


『学ばぬな、女神よ。貴様のくだらん手妻で、余を砕くことができるなどと思っているのか?』


 生じる焦りを飲み込んで、次の手を思考するサンルーチェに、強烈な思念波が叩きつけられる。


『―――ていうか、マジで攻撃パターン少ないよな貴様……レトロゲーの敵キャラのがまだ多いぞ。画面の前のみんなもがっかりだ』


 内容の意味はほとんどわからないが、思念波には嘲りが練り込まれていた。

 ある時、突如として飛来してきたこの上位存在から、サンルーチェはそれ以外の感情を受け取ったことがない。

 女神の胸に湧く屈辱を、しかし応報もできないほどの力の差が、両者にはあった。


『これだから、人間の守護者気取りで一つの世界に留まってるような奴はダメなんだ。強い敵と戦う機会が少なくて経験値低いから、工夫して戦う能力が育ってない!!』


 続くオスクロルドの思念波もまた、サンルーチェには否定できないものであった。

 彼女は太陽神。司る力は、豊穣や繁栄。

 それでも定命の者では遥かに及ばぬ力を持っているが、軍神や戦神あたりと比べれば、戦いは不得手であった。

 幾度目かになるオスクロルドとの戦いも……いや、戦いと呼べるものにさえ、なってはいなかった。


『―――だから、私が降伏するとでも?』


 力の差がある。それを理由に退いてしまえば、魔王は残された人間たちに慈悲などかけはしまい。

 弄ばれ踏み躙られ、滅びる瞬間までそれが続くだろう。多くの上位存在にとって、定命の者など遊び道具に過ぎない。


 義憤。

 その感情が、サンルーチェを輝かせる。

 けれど、その光はオスクロルドを怯えさせはしなかった。


『おや、怒ったのか? いいぞ、優しい心を持ちながら怒りですごいパワーに目覚めるがいい。余、そういうの大好きだから。それか、そうだ、いっそハゲてみたらどうだ? 余を一撃で倒す力が身に付くかもしれないぞ。付かなかったらハゲ損だけど』


 アハハハハハハハハハハハハ、と。魔王は、狂ったかのように笑った。

 虚勢でも何でもなく、脅威として認識されていない。怒り程度で埋められる、そんな差ではない。

 笑って、嗤って、哂って、三日月が不意に静まる。


『ではそろそろ、余のターンだ』


 オスクロルドを取り巻いていた闇が、膨れ上がる。伸び、折れ曲がり、形を作ってゆく。

 それは、手だ。すべての指先に、鋭い鉤爪が生えたその手は、サンルーチェの総身を容易く覆えるほどに巨大だった。

 神々の戦いにおいて、見かけの大きさはあまり重要ではない。だが、オスクロルドの方が強い力を持っている以上、何をしようがサンルーチェにとっては脅威だ。


『………!!』


 六枚の翼が、サンルーチェを包み込む。

 彼女が持つ全てのエネルギーを、ただ身を守ることだけに使っていた。

 それは、定命の者が造り得るあらゆる障壁にも勝るであろう、不抜の防壁である。


 同じ神であっても、容易くは破れないそれを――――鉤爪の一振りが引き裂く。


『ああっ!!』


 虚空に走る五本の線は、鉤爪が空間そのものに刻んだ傷。それだけの一撃の前では、《輝きの女神》は猫に嬲られる小鳥に過ぎない。

 引き裂かれた翼が、風に煽られた火の粉のように舞う中を、サンルーチェはくるくると回った。


『あ、やべっ……やりすぎた? 生きてる? 大丈夫? ごめんごめん、手加減ミスっちゃった。テヘペロ』


 翼を失い、サンルーチェは大きなダメージを負っていた。だがそれよりも、本気で詫びているオスクロルドの思念波の方が、より深く彼女を傷つけていた。

 手加減された攻撃でさえ、自分は防御し切ることができなかったのだ。


『どうしよ、これ以上やったらマジで消しちゃうかも。いろいろ技考えてたのに……ん~……ふ、ふはははは! よくぞ耐えたな女神よ! 今回はここまでにしておいてやろう! 観たいドラマあるし……プラモ積んでるし……』


 うごうごと開閉していた闇の手が霧散する。

 打ちのめされ、疲弊した太陽神とはまったく対照的に、玲瓏たる三日月に翳りはなく、渦巻く闇の中に悠然と浮かんでいる。


『まあ、次にバトルする時までには、修行でもしてパワーアップしておくんだな。がんばって、余を打ち滅ぼしてみるがいい』


 そう言って、オスクロルドの姿が空間に溶けてゆく。

 わずかに残った三日月の輪郭は、まるで嘲笑の笑み。あるいは、それこそが魔王の本質なのだろうか。


『それまでは……もうしばらく、貴様の大好きな人間たちで楽しむとしよう』


 その思念波を最後に、オスクロルドはこの領域から消えた。

 勝手に現れては、勝手に消える。サンルーチェには、もはやそのことに憤る気力すらない。

 オスクロルドは退いたことで彼女が最初に感じたのは、大きな安堵であった。


 また、僅かばかりの延命を許されたのだと。

 自分と、自分が守る世界の。


『…………』


 引き裂かれた六枚の翼が再生する。余程特殊な例で無ければ、上位存在に癒えぬ負傷というものはない。

 だが、どれだけ外見を整えられても、攻撃により減少した力はそのままだ。

 それも時を重ねれば回復する。が、オスクロルドはそれを許さず、見計らったかのように現れては、さらに力を削ってゆく。


 サンルーチェの力が減るということは、世界を守ることも困難になるということだ。

 実際――――人間たちには明かしていないが――――異世界の勇者たちに与えている加護は、完全なものでは無くなってきている。

 いずれは勇者を呼び寄せることさえできなくなるだろう。そんな心配も、オスクロルドが気まぐれにすべてを滅ぼそうとすれば無意味になるが。

 どちらにしろ、未来がないことに変わりはない。


『…………助けて………』


 女神が、いつか、どこかの人間の様に漏らした懇願は、しかしどんな存在にも届くことはなかった。


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― 新着の感想 ―
光一が寝たままなのってもしかしてこの魔王みたいにどっかにダイブしてる?
[一言] …あの魔王もしかしてゲームやってる異世界人?
[気になる点] オスクロド、これゲームしてる日本人男性だろw
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