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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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外伝・風が吹く故郷8

「姉、さん」


 プリスタの声は、か細く、緊張していた。

 他人事として聞いている太悟すら、身を固くするほどに。

 普段あれほどうるさいダンもまた沈黙し、幼いナトラは、理解が及ばないなりに不穏を察してか困り顔をしていた。


「どうして、まだ村にいるんだ」


 見つめあう姉妹。先に口を開いた姉の声は、心なしか震えているように思えた。

 太悟の耳の具合によるものか、あるいは風の悪戯か。

 とにかく言葉の矢はプリスタに突き刺さり、息を呑む気配があった。


「私は……勇士だから」


 魔物に脅かされるニード村を守るために、プリスタは帰ってきたのだ。そこに偽りはない。

 は、とレンカが笑う。無論、心和やかになるような微笑みなどではない。


「そうだな。勇士に選ばれたから、あの日……ここから出て行ったわけだ」


 そう言って、白翼の女戦士は、青翼の勇士を睨みつけた。

 おそらくは、太悟が知りえぬ歳月のすべてを込めて。


「―――私を置き去りにして、な」


 プリスタが凍りつく。

 太悟は反射的に屈み込み、ナトラの頭を胸に抱え込んだ。幼い子供に見聞きさせたくない光景が始まる予感がしたからだ。


「姉殿、それは」


「ああ、お前が外の世界に興味があることは知っていたさ。行商が来るたびに話を聞いていたものな」


 横から口出ししようとしたダンなど目もくれず、レンカはプリスタに言葉を叩きつける。笑っているような、泣いているような表情で。


「だがな。どうして、父さんが死んだすぐ後で、生まれ育った村を捨てることができたんだ?」


「わ、たしは。捨てたわけじゃ……」


 プリスタが、生まれて初めて喋るかのようなぎこちなさで口を動かす。

 それで、感情の濁流に抗えるはずもなかった。


「私はずっとこの村を守ってきた。雨の日も風の日も、竜が襲ってきた、あの日も。お前が、憧れの外の世界を楽しんでいる間……ずっと!」


 実際にそれは、言葉にはできない苦労があったはずだ。魔物蔓延るこの世界で、勇士だけが戦い、努力しているということはない。

 その点において正当性はあるが、今レンカが振り回している剣は、論理的な正しさではなどではなかった。


「それが、今さら帰って来たから許されるとでも思うのか⁉ お前は、お前はっ」


 レンカが背を向ける。白翼に遮られたその顔の表情は、太悟たちからは見えない。

 あれだけ激情を露わにしてなお、最後の最後まで見せたくないものが、そこにあるようだった。


「残された私の気持ちを、少しでも考えたことがあるのか……?」


 出ていけ。そう言い残して、レンカは翼を広げ、山の方へ飛んでいってしまった。

 遠ざかってゆく白い後ろ姿を、呆然と見つめていたプリスタは―――彼女もまた、踵を返して村の外へと走り出す。

 目尻から、溢れて止められない雫をこぼして。


「プリスタ!」


 彼女がどこに行こうとしているのかはわからないが、流石にこれ以上傍観もできない。

 太悟はきょとんとしているナトラをダンに託した。


「ダン! この子を頼む!」


「おっ、おう!」


 村の門から飛び出せば、畑道を脇目も振らず駆けるプリスタの背中が見えた。少し日が落ち始めた空は、忌々しいほどに青く澄みきっている。

 幸いと言うには非情だが、心の乱れが反映されてプリスタの足取りはおぼつかない。後から来た太悟が、すぐに追いつける程に。

 とはいえ、彼女が自慢の翼を思い出したらどうにもできない。太悟は咄嗟に、後ろに振り出された腕を掴んだ。


「プリスタ、待って!」


「やだっ! 離してっ」


 ああ、ここが地球でなく、そして街中でなくて良かった、と太悟は思った。傍から見れば、間違いなく警察か衛兵が駆け付けてくる光景だ。

 だからといって、もがくプリスタを解放するわけにはいかない。

 ただ村を守るだけで良かった任務に家族のいざこざを持ち込んだのだ。太悟にも言いたいことは山ほどある。


「私は、ここにいちゃいけないの!」


 目に涙を浮かべ、イヤイヤと首を横に振るプリスタは、まるで子供のようだった。実際、心が昔に戻っているのかも知れない。

 だが。


「本当に、それでいいのかっ」


 太悟も、負けないくらいに叫ぶ。

 怒る姉と、逃げるように去る妹。それはきっと、前回の焼き直しなのだろう。

 そこに、太悟には見過ごせないものがあった。


「貴方に……何がわかるのよ!!」


 瞬間。太悟は、腹が爆発した、と感じた。

 感情のまま蹴りを見舞ったプリスタの目が見開かれる。少し離れたところで仰向けになった、勇者代理の姿に。


「げ、ほ……」


「あっ……そんな、私……太悟、ごめんなさい!」


 顔を青くし、駆け寄ってきたプリスタの手を借りて、太悟はよろよろと立ち上がった。

 今は鎧を着ていないとはいえ、昔なら即死していたかもしれない威力だった。だが、プリスタを引き留められるなら、あと百回蹴られても耐えてみせる。


「プリ、スタは。なんで、お姉さんに何も言い返さなかったの……?」


 声を出す苦しみを堪えながら、太悟は言った。これを聞かないことには、夜も眠れない。

 プリスタがうつむく。

 二度目の足が出ないのは、初撃で頭が冷えたようだ。怪我の巧妙とはこのことか。


「……姉さんの言う通りだから。私は、戻ってくるべきじゃなかった」


 勇士に選ばれたからといって、家が大変な時に出て行ったのは事実で。姉が大怪我をした時にいなかったことも事実だった。

そんな自分が今さらどの面を下げて帰ってきたのか、この村のために戦うとのたまうのか。

そう思いを語るプリスタを、


「そんなの、だからなんだってんだ!!」


太悟は、一刀両断した。


「ええ……?」


プリスタが目を丸くする。

その隙に、太悟はまくし立てることにした。話術もクソも無い。

ただ、気持ちをぶつけるだけだ。


「プリスタに罪悪感があるってのはわかるし、レンカさんが悪く思うのもわかるよ。でも、それだけで何もかもを否定されなきゃいけないようなことだなんて、僕は思わない!!」


たしかに、良いタイミングでなかった。

だが、新しい世界を見てみたいという気持ちは、決して悪ではないはずだ。

それに。


「今のキック、すごい威力だった。村を出てからいっぱい魔物を倒してきたし、いっぱい人を守って来たんだって、一発でわかったよ。それは、プリスタにとって何にも価値がないことなのか!?」


レンカが村を守るために苦労してきたなら、プリスタもまた、勇士として人々のために戦ってきたのだ。

ゲームのようにセーブもロードもない現実で、守るために戦うというのは口で言うほど楽なことではない。太悟の全身で、古傷がじわりと痛む。

実際にそれを見ていないレンカが想像するのは難しいかもしれない。


だが、太悟にはわかる。思い知っている。

斬られ、叩かれ、潰され、焼かれ、凍らされ、痺れさせられ、それでも戦い、積み上げてきたものを。


「僕は……僕だって、帰ったらきっと言うぞ! 怒られても、馬鹿にされても……精一杯戦って来たんだって、胸張ってやるんだ!」


だから、叫ぶのだ。気の利いたセリフなど言えないけれど、心の声を、そのままで。


「……太悟……」


その時。

二人の頭上に、巨大な影が差した。

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