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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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外伝・風が吹く故郷7

「豹戦士の爪!」


 翌朝。青空の下、ニード村近郊の平原に、狩谷太悟の声が響き渡った。

 漆黒の爪痕が虚空に刻まれ、射程距離内にいたデスグライダーたちが薙ぎ払われる。

 逃れた者たちもいた。飛膜を広げて跳び上がった一体が、急降下して太悟を狙う。


「―――ふっ!!」


 そこに、跳び回し蹴りを叩き込むプリスタ。

 脚甲がデスグライダーの顔面に埋まり、首がほぼ三百六十度回転する。

 モモンガの魔物は、地面に落ちる前に瘴気に還っていった。


「ありがとう、プリスタ」


 礼を言う太悟の隣に、プリスタがふわりと着地する。

 翼を含めた身体操作によって、ほぼ無音である。


「太悟も……貴方、やっぱりいい腕だわ」


 プリスタが笑う。ほんの少し、口端を釣り上げただけだが、それは確かに笑顔だった。


「武器が強いんだよ、っと!」


 そんな彼女に向けて、太悟は闇斧パズトリを投げつけた。

 縦回転する漆黒の斧は、プリスタの頭上を飛び越えて―――ずど、と。空から急降下してきたデスグライダーの胸に食い込んだ。


「それを使いこなすのも、腕の内よ」


 プリスタが青い翼を広げる。

 そこから発射された羽は、鋭い矢として太悟の左右を通り過ぎ、彼の背後に忍び寄っていた魔物を射抜いた。

 ニード村にやって来て数日。噴き上がる瘴気を背にして、太悟はプリスタと息が合ってきたことを実感していた。阿吽にはまだ遠いが、なんとなく動きがわかるのだ。

 それぞれが上手く噛み合い事を成す、なんと心地よいことだろう。今の太悟にとって一番身近な一致団結――彼を邪魔者扱いしていたぶる――とは大違いだ。


(一緒に戦ったら、マリカたちも少しは僕を認めてくれるんだろうか)


 栓のない考えだ、と太悟は目を伏せた。

 そもそも、彼女らを戦場に出す方法すらわからないのだ。肩を並べるなど、遠いなんてものではない。


「太悟」


「……ん、あ、ありがとう」


 プリスタが拾ってきてくれたパズトリを、太悟は慌てて受け取った。

 思えば、イツトリとパズトリとは、そこそこ長い付き合いになる。以前ファーストプレインで、オブシディアン・ジャガーという魔物を倒した際にドロップした物だが、それ以来忠実に太悟の身を守ってくれていた。

 この世界に来てから、唯一の友と呼べる黒曜石の兄弟だ。


「おう、そっちも終わったようだな!」


 どすどすと重い足音。少し離れた所で魔物を粉砕していたダンが駆け寄ってくる。兜の中で浮かべているだろう明るい笑顔を、太悟は脳裏に浮かべた。

 なにせ、起きている間はずっと笑っているような男だ。泣いていたり、怒っている姿など想像も出来ない。


「太悟のおかげで、楽に済ませられたわ」


「ははは! そうだろう、そうだろう! 我が太陽騎士団に引けを取らん、良い戦士だからな!」


 頭を撫でてくるプリスタと、肩をバシバシ叩いてくるダンに挟まれて、太悟は苦笑を浮かべた。こうして、自分の仕事が誉められるのは、気恥ずかしいが悪い気分ではない。

 神殿における扱いが嘘であるかのように、戦場で出会う勇士たちは太悟を気づかい、時に励まし、助けてくれる。

 異世界から来た勇者であり、共に戦う仲間である故に。それは、太悟の中の空っぽな部分をある程度埋めてくれた。だが同時に、こうも思うのだ。


(―――でも、ダンもプリスタも、僕の勇士になってはくれないんだ)


 その時々で嬉しいこと、楽しいことがあっても、その事実は厳然として立ちはだかってくる。他の神殿の勇士に鞍替えを持ちかけるのはマナー違反とされているし、頷く勇士がいると聞いたこともない。

 今回の任務が終われば、次また会えるかもわからないのだ。太悟の人生を一瞬だけ通り過ぎてゆく、無数の人々の内の二人。

 仲が良くなればなるほど、その分だけ別れた後の空っぽが耐えがたいものになる。


 ああ、女神よ。願わくば、そうなる前に彼らと別れられますように。


 そんな太悟の内心を裏切るかのように、主目的である一目風竜は姿を現さなかった。あまりにも長期になれば他の神殿と交代する話も出てくるだろうが、まだほんの数日。

 ダン、プリスタとの共闘は、もうしばらく続くようだ。


「そうか! 地球の法では、まだ酒が飲める歳では無いか! 良い麦酒を出す店を知っているんだがな!」


「ダン……この子にこっそり飲ませたりしたらダメよ」


「僕、アルコールのニオイ苦手」


 そんな風に雑談しながら、三人で村の中に入る。休憩の時間だ。

 村人たちはそれぞれ自分の仕事をしつつ、しかしどこか気もそぞろであった。今この瞬間にも、頭上から降ってきたドラゴンがすべてを無茶苦茶にするかもしれないと考えれば無理もない。

 自分のためだけでなく、彼らのためにも早く一目風竜を倒さなければ、と太悟は改めて決意した。


「ダイちゃん、ダイちゃん!」


 と。未熟な翼を揺らし、ぱたぱたと足音を立てて、村長の娘のナトラが駆け寄ってくる。

 初日の出会い以来、彼女は太悟に懐いていた。今朝も、父親とともに魔物の掃除に出かける三人を見送ってくれたのだ。


「おばけ、いっぱいやっつけた?」


「やっつけたよ。でもナトラ、一人で門の近くに来たら危ないぞ」


 太悟は屈み込み、飛びついてきたナトラの頭を、そっと撫でた。

 魔物に襲われた程度では、子供のやんちゃ心は屈しないのだろうか。守る側としては、安全でいて欲しいのだが。

 太悟の言葉に、ナトラは首を大きく横に振った。


「ひとりじゃないよ! レンカもいっしょだもん!」


「えっ」


 思わず、太悟が視線を上げると。

 ナトラを追いかけるように近づいてくる、レンカ・ウェントゥの姿が見えた。


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