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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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外伝・風が吹く故郷6

「お姉さんと、仲良かったんだ」


 プリスタの過去に触れた太悟は、ようやくその言葉を吐き出した。

 やはりどれだけ考えても、家族について良いアドバイスなどできそうもなかった。


 太悟にも少し年の離れた兄がいるが、今も昔も仲良しとは言い難い。といって、諍いがあるわけでもない。

 両親は優秀な兄と凡庸な自分をあまり関わらせたくない節があったし、本人も大して興味は無いようだった。


 同年代が語る、兄弟姉妹。テレビ番組の内容で笑いあったり、あるいは喧嘩になったり。

 そんな思い出話に、太悟は愛想笑いをしてきたのだ。

 今も、そんな風にしている自覚がある顔を、夜の闇が隠してくれていると良いが。


「今はもう、嫌われているけれどね」


 飛錬台に腰かけたプリスタが、悲しげに笑う気配があった。

 次生まれた時は、傷ついた女性に気の利いたセリフを言って慰められるイケメンになりたいな、と太悟は思った。


「姉さんの気持ちを考えたら、当たり前だわ。父さんが亡くなって大変な時に村を出たんだから」


 女神によって勇士に選ばれたことは、プリスタの中では言い訳にならないようだ。

 これも、太悟にはどうにもできない。この世でもっとも解き難い拘束とは、自分で自分に巻き付けた鎖なのだ。

 お悩み相談係になるのは、もう諦めた。だから、太悟は純粋な疑問を口にした。


「じゃあ、プリスタは勇士になってからずっと、後悔してばっかりだったの?」


 プリスタが一瞬、息を止める。


「……それは」


 太悟自身は、この世界に来て後悔してばかりだ。

 頼れる仲間であるはずの勇士たちからは踏まれたガムのように扱われるし、魔物との戦いは痛いし怖い。

 だが、それだけでは決してなかった。好ましい人物との出会いもあれば、新しい自分を発見することもできた(がんばればドラゴンを倒せるようになるとか)。

 自責の念が彼女を苦しめていたとしても、村から離れてからの日々すべてが、それに支配されていたわけではないはずだ。

 太悟が、そう信じたいだけなのかも知れないが。


「や、まあ。薄情とか、そういう話なら僕の方がよっぽどだと思う」


 黙り込むプリスタ。

 なんか説教みたいになっちゃったかな、と思った太悟は慌てて話をずらす。


「僕なんか、ほら。村どころか、世界から出てきちゃってるわけだし。君なんて全然マシだよ」


 文字通り次元が違うから。

 太悟としては渾身の冗談である。滑っていないことを、心底から祈る。


「……そう、かもね」


 くすっ、と小さな笑いが起きたようだった。

 どうやら、失敗はしなかったらしい。太悟は頭の中でガッツポーズをした。

 太悟にとって落ち込んだ女の子を慰めるのは、ドラゴンやトロールを殺すよりも難しいのだ。


「ありがとう、太悟。ちょっと、気が楽になったわ」


 少し時間が早いものの、そのまま見回りは交代することになった。

 プリスタにも一人で考えたいことがあるのだろう。太悟は夜道を進み、宿舎である村長の家に向かった。

 何処か遠くから、獣の吠え声が聞こえる。普通の動物か、魔物なのかは定かではない。


(周りの魔物も、ちょっと間引かないとなあ)


 太悟は、腰に差した得物の柄を撫でながら考える。

 ニード村には勇士が常駐しており、日頃から周辺の掃除をしていたはずだ。

 一目風竜により、ほぼ全滅してしまったのが数日前。その短期間で、村のすぐ傍で魔物に襲われるような状態に戻ることはほとんどない。

 おそらく、強力な魔物がいることで、雑魚も勢いづいているのだろう。

 風竜とぶつかる前に、ある程度数を減らせれば良いのだが。


「……ん?」


 診療所の近くを通りかかった太悟は、そこで足を止めた。扉の前に立つ、人影を見つけたのだ。

 エアリア族の女性。髪と翼の色が白いこと以外は、プリスタによく似ている。


(あの人がレンカかな)


 昼間の怒鳴り声を聞いた後では、挨拶さえ憚られる。

 特に用事もないため、そろりと気配を消そうとした太悟だったが、その前に目が合ってしまった。

 あちらとしても慮外だったようで、驚いたような顔をしている。こうなれば、気付かなかったふりもできない。


「ど、どうも」


 仕方なく、太悟は歩み寄って、恐る恐る頭を下げた。

 返ってきたのは、怒鳴り声ではない。白翼のエアリア族は、丁寧に腰を折り、挨拶をしてきた。


「レンカ・ウェントゥです。この度は、村のためにお越しいただき、ありがとうございます」


 入院着らしい簡素な衣服の下には、未だ包帯が巻かれている。動きのぎこちなさは、それ故だろう。

 とりあえず、プリスタの仲間ということで坊主憎けりゃ袈裟まで憎いを体現する人間では無いようだった。


「あー、いえ。それが仕事だし、大丈夫です」


 正確には、勇者がやる仕事では無いのだが。それをレンカに言ったところで意味のないことだろう。


「……昼間は、お見苦しいところをお見せしました」


 言われて、太悟は冷や汗をかいた。よもや、自分からその話を持ち出して来るとは。

 あの時のレンカはカーテンの向こうにいて、周りに誰がいるのかなど見えなかったはずだが、後で誰かから聞いたのだろうか。


「ですが、これは家族の問題です。放っておいて――――」


「元々、首を突っ込むつもりなんかないから」


 太悟はぴしゃりと言い放った。

「家族の問題とか言うなら、あんな他人がいる場所でおっぱじめるなよ」という気持ちを込めて。誰に咎があったとして、診療所で怒鳴り散らしたのは彼女自身だ。

 心情的に共感できるのはプリスタだとして、レンカの怒りも理解はできる。

 だから、どこまでも第三者でしかない太悟は、どちらの味方もする気はない。わざわざ言われなくとも。


「……思うところはあるだろうけど、プリスタが村を守るために戻ってきたってことは……できれば、忘れないでください」


 失言を悟ったか、口を噤んだレンカに、太悟はそう言った。

 どちらの味方もするつもりは無いが、昼間はレンカが一方的だったのだ。これくらいは許されるだろう。

 魔物との戦いも、自分の過去と向き合うのも、決して簡単ではないのだから。


「……失礼します」


 何とも言えない表情で、レンカは診療所に戻っていった。

 その背中を見送りながら、太悟は溜息をつく。どこに行っても人間関係のトラブルが付きまとうのは、これが人生というものなのだろうか。

 結局、太悟にできることなどほとんどないのだけれど。


(―――あれ。なんであの人、外に出て来てたんだろ)


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