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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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外伝・風が吹く故郷3

 三年前。

 女神に勇士として選ばれたプリスタは、神殿に向かうため荷物を纏めていた。

 姉のレンカと共用の、今ではさすがに狭く感じる部屋。


「プリスタ……本当に、村を出るつもりなのか。」


 何時の間にか後ろに立ち、声をかけて来たレンカに、ごくりと唾を呑んでから、言葉を返す。


「……うん。女神様に、呼ばれてるから」


「強制ではない、と聞いている。なあ、二人で風守になって村を守ると、昔誓っただろう?」


 父さんは、もういないんだから。

 小さい声で、姉はそう言った。


 村を守るため、魔王が生み出した魔物に勝ち目のない戦いを挑んだ父、ホシガラ。

 同僚に運ばれてきた彼の瞼は、二度と開くことはなかった。

 その時の光景はまだプリスタの記憶に新しく、そして焼き付いて離れない。


 幼い頃、父に憧れて二人でした約束も、決して忘れてはいない。

 ニード村を守りたい気持ちは、たしかにプリスタの中にあった。勇士として戦う意思を固めたのも、その部分が大きい。

 だが、もう一つ。決して偽ることのできない思いがある。


「ごめんなさい、姉さん。私、どうしても外の世界を見てみたいの」


 振り返りながら、プリスタは言った。

 時々、村にやってくる行商から伝え聞いた、村外の世界の話。

 果てしなく続く水たまりがあると。灼熱の空の下に広がる砂の大地があると。

 何時しか、聞くだけでは満足できなくなっていた。


 だが、ウェントゥは風守の家系である。

 それを嫌ったことは無く、むしろプリスタの誇りでさえあった。

 故に憧れに蓋をして、死ぬまで村を守護する覚悟も決めていた。

 そこへ、機会が大義名分付きで飛び込んできたのだ。


 運命だと、プリスタは思った。

 これを逃せば、自分の生涯は村の中で終わるだろう。

 後悔は、したくない。


「もう、行くから」


 それだけ言って、大雑把に荷物を纏めたプリスタは、レンカの横を通って、逃げるかのように家を出た。

 最後まで、顔をまともに見ることはできなかった。


「………お前など、もう家族じゃない。二度と帰ってくるな!!」


 追って来たその言葉が、今もプリスタの心に突き刺さっている。


 ♯♯♯


 初対面の勇士二人を伴って、少女を背負った太悟は、村の入り口に向かっていた。


「まさか、かの《孤独の勇者》に会えるとはな! これも女神様の思し召しというものだ!!」


 がちゃがちゃと音を立てる鎧、ずしずしと重い足音、ガハハとでかい声。

 《太陽騎士》ダンは、一キロ先からでもその存在がわかりそうな男だった。

 凄まじい陽の者オーラに、太悟は「あっはい」「そっすね」以外の語彙が消滅していた。


「ダン、そんなに大きい声を出さなくても聞こえるわ。私の鼓膜を破る気なの?」


「おお、すまんな!」


 一方、青い翼を持つエアリア族の勇士、プリスタは如何にもかクールな人物のようだ。ダンの大ボリュームに隠れることのない、静かだがよく通る声。

 暑苦しいまでの太陽と涼やかな北風を思わせる、対照的な二人だった。


「でも、私もびっくりしたわ。戦う勇者が本当にいただなんて、ただの噂だと思っていたもの」


「あー……よく言われます」


「敬語はいらないわ。ダンにもね。……そういえば、あなたの神殿の勇士は来ていないの?」


 プリスタのそれは当然の疑問であり、そして太悟にとっては痛い部分である。

 うごあ、と太悟は心の中で呻いた。聞かれたのはこれが初めてではないし、カバーストーリーは用意してあるのだが、自分の現状を再確認した上で嘘で隠さなければならないという行為、それ自体がストレスを呼ぶ。

 たぶん、他の勇者はこんなことしなくても良いのだろうし。


「なあに我ら三人、各々百人力よ! 竜の一匹や二匹恐れるに足らん! そうだろう、太悟!!」


 と、ダンが肩をばすばす叩いてくる。

 チャンスである。


「も、もちろん! ちぎっては投げちぎっては投げ!!」


「その意気だ! 俺達はやるぞ!! やってやるぞっ!!!」


「ダン、うるさい」


 それで、それ以上突っ込まれることもなく、話は有耶無耶になって終わった。

 ダンは何か勘づいて、わざと引っ掻き回してくれたのだろうか。

 何にせよ、太悟の中で彼への評価が爆上がりした。


「ナトラ! 今は、外に出てはいけないと言っただろう!」


「お父様、ごめんなさい……」


 村の門に辿り着くと、髭を生やした壮年のエアリア族が出迎えた。

 少女の父親らしく、滝のように流した汗を拭う間すら惜しんで、彼女を抱き締める。

 その光景に、太悟は少しだけ、自分を誇らしく思うことができた。

 間に合わなかったことも、少なくはない。


「勇士の方々、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」


 頭を下げる男性に、ダンがわははと笑う。


「俺はほとんど何もしてはいない! その子が助かったのは、こっちの太悟のおかげだ!」


 またしても背中をバシバシ叩かれる。

 痛いは痛いが、悪い気はしない。太悟は軽く会釈した。


「そして、プリスタ……よく帰って来てくれたね」


 そう声をかけられて、プリスタの表情が固くなるのがわかった。


「アロンドラ村長、お久しぶりです」


(あ、彼女の故郷だったのか)


 しかし、どうも喜びに満ちた帰郷では無いらしい。

 村を出る時に、何かがあったのだろう……と推測するのは、名探偵でなくてもできることだ。

 プリスタを見る村長の目に、険しさはない。とすると、揉めたのは家族だろうか。

 映画だのドラマだのでよく見る展開だ。


(まあ、別に詮索するつもりは無いんだけど)


 この村には、魔物と戦いに来たのだ。

 初対面の相手の傷口をほじくるためではない。

 何より、太悟に何かを言う資格などあるものか―――全部捨てて、異世界に来た男なのだから。

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