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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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外伝・風が吹く故郷2

 狩谷太悟は、自分が幸運だと思ったことはない。

 もちろんもっとひどい境遇の者もいるだろうから、精々中の下といったところだろうか。

 だが任務で現場にやってきて早々、魔物に襲われる子供に出くわすというのは、自分の運をもっと低く見積もってもいいかもしれない。


「やぁ、やだぁ。あっちいってよぉ」


 涙声の主は、背中に未熟な翼を生やした、エアリア族の少女。一人で外にいるのは、幼い子供のやんちゃさ故か。

 困りものではあるが、魔物に殺されるほどの悪さはしていないだろう。

 少女を襲ったのは、ムササビと人間を融合させて、百倍凶暴にしたかのような姿を持つデスグライダーだ。

 腕から腰にかけて広がる皮膜を使って滑空し、鋭い鉤爪で敵を切り裂く魔物。それが三体。


 太悟は、最近手に入れたコロナスパルトイの鎧を纏い、両手に夜刀イツトリと闇斧パズトリを持った状態で、魔物たちと対峙していた。

 少女を背中に庇い、囲まれないよう少しずつ位置を変える。麦畑の中に足を踏み入れてしまったが、緊急事態なので勘弁してほしい。


「絶対、僕から離れないように」


 牽制に剣を突き出しながら、太悟は少女に言った。

 人を守るために戦うというのはとてもかっこいいシチュエーションで、多くの人が賞賛するかもしれないが、実際はそんなにいいものでは無い。

 行動が大きく制限され、回避もままならない。迂闊に魔物の攻撃を避けようものなら、それは守ると誓った相手に直撃する。

 武器を振るうのも一苦労だ。人が後ろにいる時に剣を大きく振りかぶれば、それは危険行為である。

 現実に、味方の攻撃はノーダメージなどというシステムはないのだから。


(こういう時、やっぱ仲間が欲しい……)


 一人で戦わなければならないという事実に対する諦めはついているものの、こういった状況では人手の無さを痛感させられる。

 せめてもう一人誰かいれば、守ることにも攻めることにも集中できるというのに。


(ま、無いものねだりしても仕方ない。やること、やんないと)


 ―――ギィイイイィイ!!


 耳障りな鳴き声を発しながら、一体のデスグライダーが躍りかかってくる。

 振りかざされた鉤爪の一撃を、太悟はイツトリの刀身を使って流した。

 続く二体目をかわし、寄ってきた三体目をパズトリを振って下がらせる。


 間髪入れず、少女とともに三体を同時に視界に収められる位置に移動。

 これを繰り返して、少しずつ村の方へ近づいていく。


「こわいよぉ……!」


「大丈夫、僕が守る」


 縋り付く少女に、太悟は努めて優しく声をかけた。


 彼女を抱えて、一目散に村へ逃げ込む。

 そんな考えがちらりと頭を過るが、駐在している勇士がやられたということで呼び出された状況である。

 防衛能力を欠いた村に元気な魔物を招くような真似は避けたい。

 少女だけどうにか逃がし、太悟が魔物と戦うのが関の山だろうか。


 人間を引き裂くために生まれたデスグライダーたちの攻撃を、太悟は両手の武器を使って捌いていく。

 それで足りなければ、竜骨の装甲で鉤爪を受け止めた。

 三体は連携し、隙なく攻めてくる。下手にこちらから仕掛ければ、手痛い反撃を食らうだろう。

 自分はともかく、少女が危ない。

 だから太悟は耐えた。『その時』が来るまで。


 ―――ギギッ!! ギギィイイイイッ!!!


 デスグライダーたちの鳴き声が、明らかに苛立ってきていた。

 思うように攻められない、それがストレスになっているのだろう。

 そういう時にこそ、ミスは起きるものだ。


 ざっ、と地面を蹴り、三体が同時に飛びかかってくる。

 一見すればピンチだろう。だが、これこそ太悟が狙っていた展開だった。

 攻めに転じるは、今。太悟は、一歩前に踏み込んだ。


「豹戦士の爪!!」


 夜刀イツトリを横一閃。

 漆黒の爪痕が、デスグライダーたちを薙ぎ払う。

 胴を引き裂かれた二体が、断末魔の叫びとともに瘴気に還った。


(……二体!?)


 急に日が陰り、太悟は顔を上げた。

 陽光を遮る影。手足を伸ばし、皮膜を広げたデスグライダーが、そこにいた。

 仲間とともに攻撃を仕掛けると見せかけて、空に逃れていたのだ。

 そして今、下降し狙っているのは、太悟ではない。デスグライダーの真っ黒な目には、少女の怯えた顔が映っていた。


(まずい!)


 魔法を放った直後、迎撃は間に合わない。

 少女を突飛ばすのは、普通にその行為自体が危険。

 自分が盾になる。これしかない。


 太悟は、デスグライダーと少女の間に、自分の体を挟んだ。その時点で、鋭い鉤爪が、目の前に迫っていた。

 せめて、新しい装備が痛みを軽減してくれるといいが。太悟が覚悟を決めた、その時。


「フェザーダーツ!」


 デスグライダーが横に吹っ飛び、墜落。地面に転がった魔物の横っ面には、青い羽が突き刺さっていた。

 次いで、ドドドドと大地を揺らしながら、何かが近づいてくる。


「魔物よ! 太陽の裁きを受けるがよい!!」


 太悟の前を横切る、全身を厚い装甲で包んだ騎士。

 燭台の形をした鉄槌を、立ち上がろうとしといたデスグライダーに振り下ろす。

 短い悲鳴を上げて魔物が潰れ、瘴気が舞う。

 太悟は少女を庇う姿勢のまま、周囲を見渡した。敵の増援はないようだった。

 おそらく、自分と同じく村の防衛のために呼ばれた勇士―――というだけで、反射的に身を固くしてしまうのだが―――のおかげで、命拾いしたらしい。

 太悟が緊張を解き、少女に怪我がないか見ていると、青い翼を持つエアリア族の女性が傍に降り立った。


「……危なかったわね。怪我はない?」


「あ、ありがとうございます。僕は大丈夫……君は?」


 少女の方も、顔は涙やら何やらに塗れていたが、傷は無いようだった。


「ぐすっ……へーきだよ」


「そう、良かった。私は《渡り鳥》のプリスタよ。あっちは」


 と、エアリア族の女性が紹介しかけると、鉄槌を肩に担いだ鎧騎士がのしのしと歩いてきた。


「俺は《太陽騎士》ダン! ダン・ブライトだ!!」


 至近距離にも関わらず、一キロ先にも届きそうな声を張ると、騎士は太悟の肩をバンバン叩いてきた。

 鎧越しでも、それなりに痛い。


「俺は見ていたぞ! 幼子を守りながら、一人でよく戦った! 尊敬に値する、素晴らしい男だお前は!!」


「……暑苦しくてごめんなさい。うっとおしかったら殴ってもいいから」


 ワハハハハハと鼓膜に負荷をかけてくるダンの隣で、プリスタが溜息をつきながら言う。

 まだ村に入ってさえいないのだが、太悟は既に、ちょっと不安になっていた。

 コミュ力の無い太悟は、ガンガン距離を詰められるのが苦手なのである。

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