ダンジョンアタック6
出現して早々、ゴールデン・リッチは攻撃を仕掛けてきた。歯列に、何故か唇の形に紅が引かれた口が、大きく開かれる。
「これが初めましてとさよならの挨拶ザンス! ゴールドラーーーーッシュ!!」
魔物が激流の勢いで吐き出したのは、大量の金貨。壊れたスロットマシンみたいだ。
黄金の息吹と見るか豪華な吐瀉物と見るかは微妙なところだが、まともに当たれば無事では済まない。
大悟とファルケは、それぞれ左右に跳んだ。一つしか無い口から吐くならば、二人同時には狙えまい。
金貨の奔流が遺跡の床を砕く。じゃらじゃらと余りにも騒々しい。
ゴールデン・リッチが選んだのは、太悟の方だった。動き回る勇者代理の後を、死の金貨が床を削りながら追う。
「オーホホホホ! ちょろちょろ逃げ回るネズミちゅわぁん! ゴージャスに死になさーい!!」
相も変わらずやかましく笑うゴールデン・リッチ。使用中の口で器用なことだ。
だが、これが一対一の戦いでは無いことを忘れているらしい。
「―――アサルトレイン!!」
魔物の顔の高さまで飛び上がったファルケが、矢の雨を放つ。
二対一。数の有利を生かすのは、卑怯ではあるまい。
「ちょこざいな!」
だが、敵もさるもの引っ掻くもの。
骨の手が扇のように打ち振るわれ、水の矢を横合いから叩き落とした。
ふざけた態度だが、意外とやる奴だ。
太悟は舌打ちとともに、敵への評価を改めた。ダンジョンのボスが、程度の差はあれど弱いはずがない。
「見よ! この白魚のような指! これがアンタの死神ザンス!」
着地したファルケに迫る骨の手。白魚というよりは朽木だが、殺傷力に疑いはない。
もちろん、太悟に見過ごすつもりなどなかった。
「お前こそ、こっち見ろ!」
旋斧カトリーナが唸る。太悟は跳躍し、ゴールデン・リッチに斬りかかった。
狙い通り、魔物の空洞の目がこちらに向けられる。
「学習能力の無い貧相なお脳ミソだコト! ブリリアントパンチで叩き潰すザンス!」
指輪をはめた手が丸まり、名前通りに輝く砲弾となって、太悟へと射出される。
それは岩をも砕くだろう。人間なら、直撃は命取りになるだろう。
そんなありきたりな攻撃を、太悟は唸る旋刃で迎え撃つ。
がぎん―――硬質な衝突音とともに、二つの影が重なる。
得物を振り下ろした姿勢で、太悟は着地した。
ゴールデン・リッチの拳は、空中で静止している。
「オーホホ残念! この輝きはエターナル!」
人間ごときが振るう刃では、宝石に傷一つつけられまいと、魔物が嘲笑う。
大悟は鼻を鳴らした。見当違いの、安い挑発と。
「どうかな」
かつん。旋斧カトリーナの石突が、石の床を叩く。
その小さな振動が影響したわけではあるまいが―――宝石で彩られた骨の巨拳が、縦に割れた。
「オーーーッ!? ノーーーーゥッ!!!」
余裕ぶっていた分だけ、衝撃は大きかったようだ。
ゴールデン・リッチは顎が外れそうなまでに開口し、絶叫をまき散らした。
カトリーナの刃は、魔海将軍ピターンをも斬ったのだ。ダンジョンのボスとは言え、そこらの魔物では防ぐことはできない。
「隙あり!!」
「ウギャアーッ」
動揺により緩んだ防御を、ファルケの放った炎の矢がすり抜けて、魔物の後頭部を爆撃した。
爆炎と衝撃波が広がったが、王の墓は広く、造りもしっかりしているようで、崩落の気配はない。
太悟とファルケは再度合流し、肩を並べた。
断たれた骨の拳は、音も無く瘴気に還ってゆく。
一方。ワイバーンブラストを受けたゴールデン・リッチの頭部が、火の粉を振り払うように数度揺れる。
焦げた跡は残っているが、大きな傷は負っていないように見えた。
「う、あんまり効いてない……」
ファルケが呻く。
幹部クラスには勝らないにしろ、ゴールデン・リッチもまた、ひとかどの魔物である。
そう易々と倒されてはくれない。
「大丈夫。死ぬまで殴ればいいだけだから」
相手が骨だろうが竜だろうが、とどのつまりやることはそれだけだ。
それがこの世界に来てから、太悟がやり続けてきたことだった。
「まだあっちの底力がわからないから、慎重に頭狙ってこう」
「了解!」
軽い打ち合わせが終わるとともに、ショックから立ち直ったゴールデン・リッチがこちらに顔を向けてくる。
「やってくれるザンスねえ、アァーンタたちっ! さすがはアタクシの運命のライバル!!」
「そんな事実はない」
太悟の返答を無視して、ゴールデン・リッチが残った左手の指を振る。
「だがしかぁーし……アタクシの輝きは、まだまだこんなモノじゃないザンス!」
そう言うやいなや。
ゴールデン・リッチは人差し指を立て、その先端から緑の稲妻を放った。
身構える太悟とファルケ。だが枝分かれした稲妻は、二人ではなく室内に鎮座した無数の戦士像に降り注ぐ。
それが誤射などで無いことは、すぐにわかった。
一瞬、像はぶるりと震える。それは、仮初の命の脈動。
べきべきと音を立てて、古びた銅が剥がれ落ちてゆく。
新たに生まれたのは、下品なまでに宝石で装飾された、銀の戦士像。それが十体。
両手の斧を高々と頭上に掲げ、無言の殺意とともに、勇者と勇士に襲いかかってくる。
「オーホホホ! ゴーーーージャスダンスパーティー!! お代は死んでのお帰りヨッ!!」
高笑いを上げるゴールデン・リッチ。数を増やして勝った気になる、これまた安直な思考。
太悟は慌てず急がず、ファルケに指示を出した。
「あんまり備品は壊したくなかったんだけど……ファルケ、足お願い」
「任されたっ!」
ファルケの放ったシーカーショットが、先頭を走る戦士像の右足を撃ち抜く。
いきなり片足になって立っていられる者はそうそういない。ましてや、走行中なら倒れるに決まっている。
がしゃんと転がった戦士像に、後続は対応できず、足を引っかけ次々に転んでゆく。
立ち直られる前に、処理が必要だ。太悟はカトリーナを構えた。
「殺戮暴風圏!!」
魔法によって生み出された旋刃の群れが、抵抗できない得物に殺到。
手が飛び足が飛び首が飛ぶ阿鼻叫喚。相手が人間なら血の海だろう。
戦士像達は、今や無力な破片の山だ。
「短いパーティーだったな」
そう言い捨てた太悟の台詞を、ゴールデン・リッチが愉快げに拾う。
「ドゥーーーーーかしらねぇーーーぇ?」
その様子に嫌な気配を感じ、太悟は戦士像の破片に視線を走らせる。
かち、かち、かち、と。小さく硬い物同士がぶつかる音が、予感の正しさを教えていた。
起きているのは、時間の巻き戻し。
破片と破片が正しくくっつき、まるでパズルのように、人間の輪郭を形成してゆく。
げ、と太悟は兜の中で顔をしかめた。
五秒を待たずに戦士像達は元通りになって、砕けぬ殺意をもって両手の斧を構える。
ゴールデン・リッチがやかましく笑い声を上げた。
「オーホホホホホ!! ダンスパーティーはエンドレス!! 死ぬまで踊るザンスよ!!」
寄ってくる戦士像を蹴り倒しながら、太悟は溜息をついた。
前にはやかましい頭蓋骨、後ろには動く像。形としては、挟撃されている。
「めんどくさい術使いやがって……」
「ど、どうする!?」
倒れた戦士像をファルケが射貫くが、すぐに立ち上がってくる。
これを攻略するには、少し違う方法が必要になるようだ。
「死ぬまで殴る、じゃダメそうだね。……おっと!!」
太悟はファルケの腕を掴み、床を蹴って大きく跳んだ。
僅かに遅れて、金貨の雪崩が押し寄せる。ゴールデン・リッチが攻撃に参加したのだ。
「オホホホホ! もちろん、アタクシのコトもお忘れなーーーーく!!」
魔物の哄笑を耳朶に受けながら、太悟はファルケを抱えたまま戦士像達の頭上を跳び越え、部屋の出入り口近くに着地した。
距離を取ったのは、戦士像に囲まれて動きが鈍ったところで金貨に圧し潰される、そんな無様を避けるためだ。
もちろん、敵の群れがすぐに追いかけてくるが………
「壊してもすぐ直るんなら、壊すだけ無駄だな」
「でも、ほっとくのも危ないよ」
「要するに、動けなくすりゃいいのさ」
迫る戦士像達の向こう、ゴールデン・リッチは宙に浮かんだまま、攻撃を仕掛けてくる様子はない。
やるなら囲んでから、ということなのだろう。
その隙を利用して、太悟は屈み、床に手をついた。
「ドラゴンスパイン!!」
がちゃがちゃと音を立て、駆け寄ってくる戦士像達。
それらを足元から襲う、長槍の如き骨の棘。無数に生えた凶器は、金属製の人型を容易く貫通した。
串刺しにされ、もがく戦士像の内側から、さらに何本もの棘が飛び出す。
長い棘から枝のように生えた棘は、手足を僅かに動かすことすら許さない。
バラバラにしてもすぐ直るなら、原形を留めたまま、行動できなくするだけだ。
とはいえ、これはただの時間稼ぎに過ぎない。太悟はゴールデン・リッチを睨みつけた。
「あっ、ちょっ、卑怯ザンスよ!? くうう、お人形さんたちがんばってチョーダイ!!」
慌てたゴールデン・リッチ。その左手の指が蜘蛛の足のように動く。
それに合わせるように、戦士像達の体が震える。無理やり体を動かそうとしているようだ。
像を操る術を使ったのも左手である。ならば、
「ファルケ、あいつの手、止められる?」
「手? うん」
太悟の言葉に頷いて、ファルケが海弓フォルフェクスの弦を引く。その指に、矢は挟まれていない。
だが、水の弦がぶんと空気を揺らした時、たしかに矢が放たれた。床の上を一直線に走る、影の矢が。
「シャドウピアス!!」
影の矢が、本体同様宙に浮かんでいるゴールデン・リッチの左手の影に突き刺さる。
瞬間、わさわさと蠢いていた指が、ぴたりと止まった。同時に、戦士像達も静止。
手品の種は、やはりあの左手にあるらしい。
「Oh!? アタクシのおててがストッピング☆ナーーーウ!?」
「ああ、息の根を止めてやるとも」
剣呑に言い放ち、太悟は旋斧カトリーナを頭上で旋回させた。
放たれるは死を呼ぶ魔法。殺戮暴風圏が、ゴールデン・リッチに襲い掛かる。
骨の左手に食らいつく、血に飢えた無数の旋刃。高速回転と鋭い刃が生み出す威力が、火花を散らしながら魔物の体を破壊してゆく。
抗う間もなく、骨の手はバラバラに解体されて、材木のように床の上に転がった。
同時に、拘束されている戦士像達も力を無くし、ただの置物に戻る。
「ウギャアアアアアア!! いくらアタクシが魔物とはいえこれはヒドイ!?」
とうとう両手を失い、ゴールデン・リッチが空中で転げ回る。
いい加減、この甲高い声にもうんざりしてきた。いよいよ永遠に黙らせるために、太悟はカトリーナを構える。
次が最後の一撃だ―――――だが。
「………こーーーーなったら!! アタクシの最後にして最高のパゥワーを見せるしかないザンスね!!」
太悟が攻撃のための姿勢を整える前に、ゴールデン・リッチが静止。
暗い眼窩、その奥から迫り出してくる、虹色の輝き。ブリリアントカットを施された巨大なダイヤモンドが、魔物の眼として出現した。
「みんなが憧れるこのキラメキ、アナタにもおすそわけ!! ファイナル・ビューティー・フラァーーーーーッシュ!!」
一対のダイヤモンドが、眩しいくらいに発光。放たれるのは光線か。
その時、ファルケが前に出た。
「プリズムシャッター!!」
二人を包み込むように展開される、泡の障壁。
ゴールデンリッチの目から、虹色のビームが発射されたのは、次の瞬間だった。
虹と泡が衝突する。ファルケの障壁が、魔物のビームを散らしてゆく。
だが、全てを偏向できているわけではなかった。
「ぐ、う」
海弓フォルフェクスを右手に、左手を前にかざすファルケが呻く。
押されている。後ろで守られている太悟も、その圧力を感じていた。
無敵の盾は存在しない。遠からず泡が破られる、その予感があった。
このままでは……
「ファルケ、退避するぞ!」
「ご……め、ん……!!」
太悟がファルケの腰を掴んで横に飛ぶのと、泡が弾けるのは、ほぼ同時だった。
虹色の光が床を舐める。何も壊れず、焼けもしていない。
代わりに、ぎらぎらとした金色の輝きが太悟の目を刺す。
金だ。
床の、ビームが当たった場所が、金に覆われている。
「オホホホホホ! ファイナル・ビューティー・フラッシュを浴びた者は、アタクシのような最高の美肌になれるザンス! もっとも、人間じゃあ動けないし息もできなくなってオダブツだけど。そちらのお嬢ちゃんは惜しかったザンスね!!」
その言葉に、太悟は視線を走らせた。ファルケの横顔が、蒼褪めている。
少女の右足、その膝から下が、金色に染まっていた。
「ファルケ、それ……」
「痛くないけど、動かせない……!!」
避けるのが、わずかに間に合わなかったようだ。
これが頭ならどうなっていたか。運が良かった、とはまだ言えない。
「心配ご無用よかわいこちゃんたち。二人仲良く金ぴかにして、お部屋のインテリアにしてあげるザンス!!」
ゴールデン・リッチが再びビームを発射。ファルケの腰を抱いたまま、大悟は跳んだ。
虹色の光が閃く度に、壁が、床が、金色に塗られてゆく。まるで、子供がペンキで遊んでいるかのようだった。
「まだちゃんと勇者にもなってないのに、家具にジョブチェンジしてたまるかってんだ」
言いながら、大悟は思考を走らせた。ふざけた魔物だが、思った以上に厄介な奴だ。
接近して斬るには、あのビームをどうにかしなければならない。
あるいは、こちらも遠距離から撃ち合うか。
「殺戮暴風圏!!」
試しにと放った、旋刃が六つ。正面、右、左と拡散させたが、すべてビームに撃墜されて消えた。
魔法の攻撃は金にはならないようだが、届かなければ意味がない。
動き回って隙を窺う。これも、ファルケを抱えたままでは現実的ではないだろう。
自分の足ならいくらでも切断して新しいのを生やすところだが、仲間のはさすがに躊躇われる。
一時撤退。マジックタブレットの転送機能は例によって使えないし、唯一の出入り口に向かえば、そこを狙い撃ちされる可能性がある。
「ごめん、太悟くん。ここにきて、足手まといになっちゃった……」
「気にしないで。こんなの、ピンチでも何でもない」
たった一人、孤独に窮地に立ち向かうことを思えば。詫びるファルケに、太悟は兜越しに笑いかけた。
とはいえ、今一つ反撃の手に欠けるのは確かだ。多少無茶をすれば別だが。
そう考えていた太悟の横を、ビームがかすめる。鎧に生えている棘が被弾し、金に染まった。
………直接、虹色の光が当たった面だけ。反対側は、変わらず鈍色のままだった。
「ファルケ、金になってる方の足って感覚ある?」
「え? うん、くっついてる感じはするよ。やっぱり動かせないけど……」
なるほど、と太悟は乾いた唇を舐めた。
当たった物を金に変化させるのではなく、当たった部分を金で覆う術なのだ、あのビームは。
改めて見れば、ファルケの足もすべてが金になっているわけではなく、中途半端に塗装されたプラモデルのように、元の部分が残っている。さすがに、今の状況で金を剥ぐ作業はできないだろうが。
そしてどうやら、金になった部分が再度ビームを受けても、それ以上の変化はないらしい。
ゴールデン・リッチが連射しまくっているにもかかわらず、金色の壁や床は、何処も壊れたりはしていなかった。
ならば、作戦は決まった。太悟はファルケの耳に顔を寄せる。
囁くのは、この戦いの終わらせ方。
「えーい、イーカゲン観念してアートになっちゃいなさい! これ目が疲れるんザンスから!」
がなるゴールデン・リッチ。受けて、大悟は立ち止まった。
「お望み通り、受けて立ってやるよ」
そう言って、大悟はカトリーナを数度振った。
背後にはファルケが控えている。走れはしないが、立っていることはできた。
魔物からは、自ら首を差し出しているように見えただろう。金の髑髏が、かちかちと歯を噛み鳴らす。
「ウーン、いさぎ良-----しッッ!! ご褒美に、二人まとめて一瞬で金ピカにしてあげるザンス!!」
前に太悟、後ろにファルケ。まとめてとは言うが、まず間違いなく最初に太悟が犠牲になり、ファルケがその次だろう。
だがそもそも、大人しくやられるつもりはないのだから、その想定は無意味だ。
ゴールデン・リッチのダイヤモンドの目が発光する。同時に、太悟は行動を開始した。
屈み込み、両手の指を、足元に突き立てる。
次の瞬間、照射される虹色のビーム。
今だ。
「ふんっ!!」
太悟は力いっぱいに、足元の石畳をめくり上げた。
直前に、人を隠すのに十分なサイズにカットしておいた、表面が金で固められた石畳を。
即席の防壁に、ビームが直撃する。だが、既に金で覆われているため、何も変わらなかった。
その後ろにいる太悟とファルケにも、影響は無い。
「ファルケ! 矢、準備して!」
「うん!」
やがて、虹色の光が止む。
「あ~、これしんどいワァ……誰か目薬持ってない? 目薬ぐふぉお!!」
ゴールデン・リッチの口腔に煎餅かクッキーよろしく投げ込まれたのは、金化した石畳。
もう盾は必要ない。ここからは最後まで、攻めて攻める。
「いくよ、ありったけの力を込めた……ワイバーンブラスト!!」
大悟の頭上を飛び越えて宙を走る、真紅の矢。それも二本。
どちらも、最初に放ったものより太く鋭く、そして速い。
一対の炎の矢は、口内に嵌まり込んだ異物を吐き出そうと慌てているゴールデン・リッチの両目を、正確無比に撃ち抜いた。
轟、と暗い眼窩から噴き出る爆炎に、ダイヤの破片が混じる。
「アア~!! 目が、目がッ……目がオシャカになった!!!」
魔物の口から零れ落ちる金の板。
それが床に落ちて音を立てる、その前から、太悟は走り出していた。
狂ったかのように激しく回転する、旋斧カトリーナの刃。魔力を極限まで注ぎ込まれたそれは、万物を切断する。
「目がぁ~目……アレ? アタクシ元々目出してなかったんだから、別に大したことなくナイ? ……あ」
ゴールデン・リッチが、鋼色の風と化して疾駆する勇者代理に気付いた時には、もう遅い。
床を蹴りつけ、太悟は跳躍した。金色の巨大な髑髏に、鎧姿が映る。
「終わりだ、金ピカ頭!!」
縦一閃。振り下ろされたカトリーナが、一片の慈悲もなく、ゴールデン・リッチを真っ二つにした。
がしゃん、と着地した太悟が頭上を見上げれば、左右で綺麗に二等分にされた魔物が、断面から瘴気を噴き上げている。
ゴールデン・リッチの最期だ。
「アアァアアアア……お、お墓の前で泣いちゃダメ……ココ、アタクシのお墓じゃないカラ……サヨナラ!!」
よくわからないことを呟きながら、ゴールデン・リッチが崩壊してゆく。落ちてくるのは、その体の元になった財宝だ。
やがて、金貨の最後の一枚が床に落ちると、ダンジョンを支配していた魔物は、完全に消滅した。
もう何も気配がなくなってから、太悟はコロナスパルトイの上顎を開いて顔を露出させ、ふうと息を吐いた。
「最初から最後まで、うるさい奴だったなあ……」
「太悟くん!」
ファルケが駆け寄ってくる。ゴールデン・リッチが死んだことで、足を覆っていた金も消えたようだ。
「ファルケ、足大丈夫? 変な感じとかしない?」
念のために太悟が聞けば、少女は足をぶらぶらと振って無事を証明した。
特に後遺症は無いようだった。
「すっかり元通り。これで、ここはもう終わり?」
「うん、ボス倒したからね。転送で帰れるよ……でもちょっと片付けてからにしようか……」
「あー……そだね」
引っぺがした石畳は元の場所に嵌め込めたが、穴だらけになった戦士像などはどうしようもなく、とりあえず並べ直しておいた。雑かも知れないが、占拠していた魔物を倒したということで、古代の王には納得してもらおう。
「うー、お宝の山置いて帰るなんてもったいないなぁ……ね、一個だけ持ってちゃダメ?」
帰る段になっても、ファルケは財宝に未練があるようで、指を咥えて見つめている。
「やめときなって。祟られたら大変だよ」
そう苦笑してから、太悟はふと思った。
この異世界に来てからも、幽霊の類は目撃していない。怨霊などを模した魔物がいるくらいだ。
死んだ者の魂は、どこへ行くのだろう。そもそも、魂が実在するのかさえもわからないのだが………
そんなことを考えながら、太悟はマジックタブレットの転送機能を起動させた。




