ダンジョンアタック4
巨神の足元にある入り口から入り、長い長い階段を下りる。
十分かけて到達したのは、広々とした通路であった。
縦にも横にも広く、二階建ての一軒家なら軽く入ってしまうようなスペースがあった。
また、絵や文字がびっしりと刻み込まれた石の壁は、それ自体が光を放つ素材で構成されているらしく、陽光の届かない地下にあってなお、本来そこにあるべき闇を希釈している。
総合して、人間が行動するには何の支障もない空間。
さらに言えば………魔物が暴れるにも、都合の良い空間である。
地下に降りた太悟とファルケは、当たり前に容赦のない歓迎を受けていた。
「カワッ! ニクッ! ホネェッ!!」
広い通路内を、奇声が走り回る。
アビューズマスターは、筋骨隆々とした半裸の巨漢の姿をした魔物だ。
頭はすっぽりとズタ袋に覆われ、左手には鞭、右手には棘の生えた刺叉を握っている。
たとえ魔物でなくともお近づきにはなりたくない様相をしているが、向こうはしつこく太悟に接近し、両手の凶器を味あわせたいようだった。
「そんな言葉しか喋れないなら黙っててほしいもんだ!」
言いながら、太悟は放たれた鞭をかわした。
その先端が地面を叩けば、バチバチと火花が飛び散る。
単にひっぱたくだけでは、アビューズマスターのサドスティックな欲望は満たされないらしく、鞭は強い電流を帯びていた。
攻撃を避けたからといって、安心するにはまだ早い。何故ならここは、魔物が住まうダンジョン。
構える太悟の横側に、何の前触れもなく、直立する棺桶が出現した。
カースドコフィン。
そう呼ばれる魔物は、一見すれば無害なただの棺桶だ。
もちろん、実際はそうではないし、そのことを知っている太悟は息を呑んだ。
棺桶の蓋が、音も無く横にスライド。その中は闇に阻まれ、目を凝らしても見通すことができない。
中身は未だ不明だが、それが何をしてくるのかは、太悟もよく知っている。
仮初でも命が宿っているとは思えないほど静かに、カースドコフィンは小さな雲を吐き出した。
闇から切り離されたかのような黒。人の頭ほどの大きさをしたそれの表面には、気のせいではなく人間の顔が浮かんでいた。
「うおっ!」
真っ直ぐに飛んできた黒い雲を、太悟は跳んで避けた。
カースドコフィンが操る術、呪い魂。
目標を見失い、無人の空間を行き過ぎたそれは、遺跡の壁にぶち当たって霧散した。男とも女とも知れぬ、鼓膜を引き裂くような悲鳴を残して。
「めちゃくちゃ痛いんだよ、あれ……」
以前、腕に喰らった時のことを思い出し、大悟は青ざめた。
壁など無生物にはなんの傷もつけないが、その分、生物にはとてつもない害を及ぼす。肉を腐らせ、骨を蝕む死の呪い。
術や特殊な装備で守られていれば話は別だが、ただの防具では素通りだ。
太悟は片手の指をカースドコフィンに向けた。
指先部分の装甲が槍のように鋭く伸び、魔物を串刺しにしようとする。
だがその頃には、カースドコフィンの姿は煙のように消えていた。つい先ほど、突然現れた時と同じように。
「あー、腹立つ!!」
そう言い捨てて、太悟は指を戻し、鞭を振り回すアビューズマスターに対処した。
不気味な棺が、巨漢の魔物の後ろに出現する。
カースドコフィンを厄介な敵にしているのが、そのテレポート能力であった。
攻撃をしては、一瞬で別の場所に移動し、また攻撃と繰り返す戦法。
一度テレポートするといくらかインターバルが必要らしいが、大抵他の魔物を護衛としており、隙を無くしている。今回はアビューズマスターがその役割を果たしていた。
「ハナ、ソグ! メダマ、エグル! ミミ、チギル!」
当の本人は、そんなことなど欠片も考えてはいないだろう。というか、まともな知能があることさえ期待できない。
興奮に息を荒げ、欲望のままに両手の凶器を振り回し、目の前の獲物に襲いかかっていた。
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「太悟くん!!」
一方。
寄せ手を打ち倒していたファルケは、相方を援護すべく弓を構えた。
と、その頭上に薄く影が差す。反射的に、ファルケは前転して影の下から脱した。
直後、一秒前の勇士を踏み潰そうとしたその魔物が立てた着地音は、無数に重なって聞こえた。
「うっ……」
体勢を立て直し、魔物と向き合ったファルケは、生理的な嫌悪感によって呻いた。
その頭部は、人間のそれに酷似していた。ただし死人のように青白く、頭髪は一切生えていない。
干からびた唇の間から見える黄ばんだ歯。鼻は削がれたかのようで、一対の小さな穴があるだけだ。
目に至っては……本来、それがあるべき眼窩からは、細長い触覚が伸び、ゆらゆらと揺れていた。
頭部がそんな状態である以上、胴体もまともではない。
それは、人体の首から腹までの部分を八つ繋げて作ったとしか言い表しようがなく、合計十六本の腕によって体重を支えていた。
悪夢に見る怪物。
人間を再構築して生み出した百足。
忌まわしさの塊のようなその魔物は、チェインボディと言った。
「この……邪魔しないで!」
おぞましさに吐き気を堪えていても、ファルケの手は素早く仕事をしていた。
だが、彼女がフォルフェクスに緑の矢をつがえた時には、チェインボディはすぐ目の前まで迫ってきていた。魔物の口が僅かに開き、その奥から高速で飛び出してくる何か。
「わっ!?」
ファルケは反射的にプリズムシャッターを展開し、身を守った。
泡の障壁に弾かれたのは、チェインボディの舌だ。青紫色をした肉の綱と形容できるそれの先端には、鋭い針が生えていた。
間一髪に、少女の頬を冷や汗が伝う。
刺されたらどうなるかなど想像したくもない。少なくとも、膨れて痒くなる程度では済まないだろう。
狂った芸術家に弄ばれた死体のような外見に反して、チェインボディの動きは素早かった。
舌を引っ込めるや否や、長い体を持ち上げ、巨大な泡に圧し掛かってくる。当然それだけでは終わらず、チェインボディは十六本の腕を狂ったかのように激しく叩きつけてきた。
ファルケ自身にダメージは無いが、その迫力にごくりと喉が鳴る。
「は、離れてっ」
海弓フォルフェクスから放たれる緑の矢。誘導するまでもなく、至近距離でチェインボディの胴を撃ち抜く。
だが、魔物は怯みもしなかった。死体のような体は、痛みを感じないらしい。
体に風穴を空けたまま、障壁の向こうにいる獲物を引き裂かんとする腕の動きに変化はない。それどころか、ついには頭突きまでし始めた。
それらの衝撃を、プリズムシャッターは受け流している。今のところは。
永遠に防ぎ続けることはできないし、太悟の援護をするためにはさっさと敵を片付ける必要がある。
「穴が開いたくらいじゃ、へっちゃらなら……」
ファルケはプリズムシャッターを解除した。泡の障壁が、空気に溶けるかのように消える。
遮る物が消え、その向こうの獲物に手を伸ばすチェインボディ。その爪が届くよりも早く、ファルケは後方に跳んでいた。
逃げる勇士。
追い縋る魔物。
鬼ごっこは長くは続かなかった。
ファルケの背中に当たる壁。これ以上後ろに下がることはできない。
ぺたぺたぺたぺた。追走する足音は、もう目の前だ。
自分の勝利、そして獲物の死を確信して、チェインボディの腕がぎゅんと伸びる。
枯れ木に似た細さからは想像できない威力が、遺跡の壁を穿った。自ら光る石の破片が飛ぶが、そこに人の血は混じってはいない。
寸前で、ファルケは跳躍し、上に逃れていた。
そこからさらに壁を蹴り、チェインボディの上空を飛び越える。
滞空時間は、三秒にも満たない。その僅かの間に、チェインボディの体は三本の緑の矢によって縫い止められていた。
《精霊射手》、その名に恥じぬ早業の後、ファルケは軽やかに着地した。
昆虫標本のようになったチェインボディが手足をばたつかせるが、それ以上動くことができない。
ファルケは、振り返りざまに腕を振り、指先から小さな赤い光を放った。
火の粉のようなそれは、普段は矢の形に集わせてワイバーンブラストとして放つ、火の精霊。
「エクステンドボム!!」
赤い光が、チェインボディに突き刺さった緑の矢に触れた、その瞬間。
ぼっ、と炎が膨れ上がり、衝撃波が魔物の体を粉々に吹っ飛ばした。
千切れ飛んだ手足は、そのまま二度と動くことなく瘴気に戻ってゆく。
エクステンドボムは、僅かな火の力を風の力によって拡張し、威力を高める術だ。
ワイバーンブラストほどの威力は無いが、シーカーショットから繋げられ、また今回のように大きな爆発が危険となる閉所でも使いやすい。
チェインボディを仕留めたファルケは、早くも次の矢を準備していた。太悟の援護のためだ。
瞬間移動を繰り返すカースドコフィン。その注意は太悟に向けられていて、ファルケの存在は意識の外にあるらしい。
ならば、その隙を貫く。
棺桶そのものの姿が消えて、再び現れたその瞬間。ファルケは矢を放った。
「ロックスマッシュ!!」
大気を蹴散らし飛ぶその矢は、灰色……岩石によって構成されていた。
先端には、通常の鏃ではなく、なんと巨大な握り拳が備わっている。
それは硬く、重く、射程距離も短い。鋭さのない先端は、当然標的を貫けない。
その代わり、ぶん殴るのだ。
カースドコフィンの移動はその特殊能力に依存しており、本体そのものは歩くことさえ出来ない。
油断しているところへの奇襲は、致命的な一撃となる。
ぼごん。
岩の拳が、鈍い音を立てながら、生きた棺を真ん中から打ち砕いた。
中身は依然謎のまま、カースドコフィンは瘴気になって消失する。
「ありがとう、ファルケ!」
太悟がそう言うのを聞いて、未だ戦闘中ではあったが、ファルケは顔をほころばせた。
自分が太悟の勇士であることを証明することこそ、今の彼女の喜びなのだ。
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ファルケが頼りになるところを見せてくれたのなら、こちらも負けてはいられない。
そう思っていた太悟の左腕に、しゅるりと鞭が巻き付いた。
「グヒヒ! ツカマエタ! ツカマエタッ!!」
その持ち手を握るアビューズマスターが、マスクの下で下品な笑声を漏らす。
立ちどころに流される電流が、太悟の体を焼いた。
「ぐあっ」
当たり前だが、電気を流されても骨格が透けて見えたりはしない。
異世界にやってきて、太悟はそれを身をもって知ることになった。
今となっては大したことではない。
火で焼かれる。凍らされる。毒に侵される。斬られる。殴られる。そう言った痛みの内の、ほんの一部でしかないのだ。
痺れる体を、コロナスパルトイで無理やり動かして、太悟は左手で鞭を握った。
何百という金属の蔦が織り成す筋肉は、人外の怪力を装着者に与える。それを素直に利用して、太悟は腕を大きく引っ張った。
「オッ? オッ! オッ!?」
後は獲物を捌くだけ、と思っていたアビューズマスターにとっては不意打ちだっただろう。魔物の足は呆気なく床を離れた。
アビューズマスターは巨漢だが、砂岩兵辺りよりはずっと軽い。強化されているとはいえ、太悟が片腕だけで振り回せるほどに。
「アアアアアアアア!!!」
虐めるのは好きだが、その逆は苦手らしい。カウボーイの投げ縄よろしく、太悟の頭上で旋回しているアビューズマスターが悲鳴を上げる。
今のところ、太悟に虐待の趣味はない。充分に勢いがついたところで、もはや腕に巻きついていない鞭を離してやった。
アビューズマスターは床の上で一度バウンドしてから、太悟の考え通りの位置に転がった。
遅れて何処からか、がこん、という音がする。
「ウグググググ……」
いくらかのダメージは受けたようだが、アビューズマスターは生きていた。
四つん這いになり、立ち上がろうとしている。
対して、太悟は声を投げた。
「頭上に注意」
その警告が届いたかどうかは定かではないが、アビューズマスターは上の方を見た。
天井から、自分に向かって真っすぐに落ちてくる、十数トンはありそうな巨大な四角柱を。
残念ながらアビューズマスターは、そこから逃げる敏捷性も、柱を支えられるほどの怪力も持ち合わせてはいなかった。
ずん、と大きな振動。残虐なる魔物は、車に轢かれた蛙のような姿で、柱と床の間に挟まれることになった。唯一、その範囲内から逃れた頭が、ぶんぶんと振り回される。
「ゴワアアアアアアア! キツイイイイイイイイ!!」
人間であればとっくに死んでいるだろうが、魔物は勇士や勇者で無ければ殺せない。
といって、単身ではこの圧迫地獄から逃れられないアビューズマスターは、当然愉快な気分ではないだろう。
いくらなんでもそれは可哀想だ。だから、太悟は旋斧カトリーナを手に、つかつかと歩み寄った。
「勇者の情けだ。ありがたく受け取りな」
少なくとも、首を撥ね飛ばすのは一瞬で済んだ。
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「うーん……中に入ってから、強い魔物がいっぱい襲ってくるようになったねー」
弓を手にしたまま、ファルケが伸びをする。
アビューズマスターを筆頭にした魔物の一群は、遺跡内における最初の襲撃者ではなく、また最後でもないだろう。まだまだ獲物を欲しがっているカトリーナを肩に担いで、太悟は戦いによる熱を排出するように息を吐いた。
「敵の本拠地にお邪魔してるわけだからなあ。向こうもはりきって歓迎してくれてるんだよ」
とはいえ、敵の強さはこれくらいで天井だろうと、太悟は読んでいた。
生まれたてのダンジョンは、魔物もまだ未熟なのだ。あのバロン・グラッジとやらも、もう少し放置していたらもっと厄介だったかもしれない。
「あ、そういえば。さっきのアレ、すごかったね!」
「ん?」
「ほら、天井が落ちてきたやつ。あそこに仕掛けがあるって知ってたの?」
そう言って、ファルケがアビューズマスターが死んだ場所に目をやる。
既に四角柱は元の位置に戻り、まるで何事も無かったかのように偽装されている。
だが、完全に何の痕跡もないというわけではない。
「よーく見ると、あの辺だけ不自然にへこんでるんだよ。このダンジョンは明るいから、わかりやすい方だね」
そう言って、太悟はポーチから光る石を取り出した。もっと暗い場所では、こうした光源を頼りにして、慎重に進まなければならない。
以前、行動を共にした勇士から罠の見分け方や対処の手解きをしてもらい、太悟も多少の知識を得ていたが、本音を言えばプロフェッショナルが欲しいところだ。
「今回はうまいこと利用できたけど、油断すると……」
辺りを見渡してから、太悟は光る石を放り投げた。狙い通りの場所に落ち、カチリとスイッチが入る音。
瞬間、どこからともなく無数の矢が飛来し、石を激しく躍らせた。
続いて、床から迫り出してきた丸鋸が石を真っ二つに切断。
最後に、左右の壁から猛烈な勢いで火炎が噴き出してとどめだ。
「……って感じになるから気を付けようね」
炎の照り返しに目を細めながら、太悟は言った。
石と違って、矢でハリネズミのようになったり、真っ二つにされたり、はたまたバーベキューになった人間は生き残ることはできない。この罠を考えたのが誰にしろ、侵入者には一切容赦しない方針のようだ。
ファルケが青ざめた顔をがくがくと前後に揺する。危険に関する共通の認識が出来たところで、二人はさらにダンジョンの奥へと歩を進めた。
それから数十分が経過する間にも、罠と魔物の洗礼は続いた。
ナラクミロクの配下たる、身の毛もよだつような姿の敵たち。棘のついた吊り天井や底に棘が生えた落とし穴、坂道を猛烈な勢いで転がってくる巨大な岩。
冒険と、そう呼ぶにふさわしい困難の連続を乗り越えて、太悟とファルケは遺跡の深部を突き進んだ。
そうして辿り着いたのは、大きな二枚扉の前。ファルケが警戒しつつ、太悟が力仕事を引き受ける。
やはり精緻なレリーフが施された扉は、重くはあるものの鍵はかけられていなかった。
「ここは……最深部、じゃなさそうだな」
見渡しながら、太悟は呟いた。
扉の向こうは、狭い部屋になっていた。といって、今までのやたら広く造られた廊下と比べての話であり、豪邸の広間ほどのスペースはある。
「あ、向こうにドアっぽいのがあるね。もっと奥に行けるのかな?」
ファルケの言う通り、部屋の反対側には扉らしき物があった。
らしき、というのは、長方形の枠の中に板がはめ込まれているような具合だからだ。明らかにそこを通って最深部に進むようになっているのだが、取っ手や鍵穴は見当たらない。
何にしても、中を探らねばどうしようもない。太悟は、鎧の棘を槍のように伸長させてから切り落とし、それをつっかえ棒にして扉を開いたままの状態で固定した。
罠の作動か何かで、扉が閉まって閉じ込められないようにするための安全策だ。扉を壊すという手もあるが、念のため。
「太悟くん、見て見て。これ何かな? テーブル?」
「うーん。ご飯食べるとこには見えないけど」
部屋の中央に鎮座しているのは、ファルケの言う通り、円卓にも見える物体である。
円柱の上に円盤が乗っているといった形状で、中心部がやや盛り上がっているのが気になるところだ。おそらくスイッチであろうそこを押すことで、何かを作動させる必要があるというのは太悟の勘ではあるが、たぶん間違ってはいない。
実際、扉らしきものを探ってみたところ、触れても押しても動かなかった。
「ここに来て謎解きか。厄介だなあ」
「時間かかりそう?」
「たぶんね」
太悟がそう言うと、ファルケが「じゃあ」と手を引いてきた。
「ちょっと休憩しない? ここまでずーっと大変だったし」
魔物と戦い、罠を掻い潜り、休む間もなくここまで来た。
動けないほどではないが、心身にはたしかに疲労が降り積もっている。
大きな敵との戦いも近い。ここらで一息つくのは、悪くない考えだろう。
部屋内に罠がないことを確認し、魔物避けに聖水を撒いてから、太悟とファルケは壁際に寄って体を休めた。
今回も、ファルケが軽食を用意してきてくれている。
ブランハゥという名の焼き菓子で、小麦粉に水と蜂蜜を加えて練り、ナッツ類や乾燥させた果物を混ぜて焼き固めたものだ。サクサクとした食感と、甘く香ばしい味わいが疲れを癒してくれる。
そこに、水筒に入れて持ってきたハーブティーがあれば完璧だ。持つべきものは、女子力の高い仲間である。
敵地であるため完全に気を抜くわけにはいかないが、緊張感が適度に解れてゆく。
すると、待っていたとばかりに忍び寄ってきた睡魔に、太悟は思わず欠伸をした。
「大丈夫? 太悟くん、やっぱりあんまり眠れなかったんじゃ……」
そう言うファルケに、太悟は慌てて首を横に振る。
あまり眠れなかったのは事実で、その原因は目の前にいる少女なのだが、真実は口が裂けても明かせない。
「ちょっと疲れただけだよ。少し休めば平気さ」
「そう? ……あ、そうだ」
ぽんと手を叩くなり、ファルケは羽織っていたマントを脱ぎ、畳んで床の上に敷いた。
そして、ファルケはその上に横座りになってから、
「はい、どーぞ」
そう言って、自分の膝を叩いた。
彼女が何を言っているのか、一瞬、太悟には理解できなかった。地球ではもちろんのこと、この世界でさえ縁の無かった状況である。
思考を巡りに巡らせて、どうにか考えられる答えを、震える唇で捻り出す。
「えぁっ……えっ……ひ、膝枕……?」
「横になった方が休めるでしょ?」
「いやっ、そんな……ファルケこそ疲れちゃうし」
「いーからいーから!」
そう押し切られるまま、太悟はコロナスパルトイを外し、恐る恐るファルケの足の上に頭を乗せた。
まず最初に感じたのは柔らかさ。次いで、温かさだった。
ズボンの生地越しではあるものの、頭が軽く沈む感触と、少女の体温の心地良さが存分に感じられる。こんな枕が売っていたらいくらでも払うだろう。
そういえば、カピターンとの戦いの後にプリスタにもしてもらったが、死闘の後で意識する余裕もなかった。
問題は、目を開けていると、否応なくファルケの顔が見えることだ。
太悟の視線に気付き、少女がにこりと笑う。
顔は見えなかった昨晩とは、ドキドキのレベルが違った。心臓が張り裂けるような恥ずかしさに耐え兼ねて、太悟は瞼を閉じた。
しかし、追撃とばかりにファルケが頭を撫でてくるので、やはり眠れない時間を過ごすのであった。




