草原での一幕 6
ウォーホースが走り出す。
太悟は引きも進みもせず、その場に留まった。
一、二を数え、三に達する間もなく目前に迫る十字槍。
銀色に輝く、金属のように見えるそれもまた、魔物の一部だ。
ゴーストアーマーのように、幽霊系の魔物が物体に憑依しているような例を除けば、魔物が所持している物品はその死とともに消滅する。
ウォーホースの十字槍も然り。鋼に似た性質を持つ、まったく別の物質なのだ。
(……錆びたりするのか? こいつらに、武器の手入れなんて概念があるとは思えないけど)
と、太悟はそんな、とてつもなくどうでも良いことを考えていた。
油断してはいないし、集中していないわけでもない。
だが、カピターンと戦った直後である。
あの《魔海将軍》と比べれば、目の前の半人半馬は田舎のちょっとした腕自慢でしかない。
がぎん。
太悟はカトリーナを横からぶち当て、十字槍の穂先を強く弾いた。
行為としては単純。
だが、柄を脇に挟んで固定した状態で突進してきたウォーホースにとっては、無理やり進行方向を変えられ、姿勢が崩れるほどの効果があった。
四本の足が慌てて大地を掻き、転ばぬようブレーキをかける。数歩横にずれた太悟の傍を、ウォーホースがもたもたと通り過ぎてゆく。
その気になれば完全に転倒させ、そのまま始末することもできる。もちろん、下手に真似をすれば槍を弾くどころか返り討ちにされるため、新米や初心には推奨できない攻略法だ。
(ダンは突っ込んできた奴の槍を掴んで、体ごと持ち上げてハンマーみたく地面に叩きつけてたっけ……)
あの時ばかりは、魔物が哀れに思えた。未来の戦友の敵討ちという義憤に燃えたダンほど、敵に回してはいけない者はいないだろう。
真っ向勝負で彼に勝てるのは、もう幹部クラスしかいない。人類卒業組と呼ばれる部類である。
「おっと」
大悟は体ごと後ろに振り返り、横合いから襲ってきた十字槍をカトリーナで受けた。込められた威力の分、甲高く鳴り響く金属音。
立ち直ったウォーホースが、大悟の後ろに回って仕掛けてきたのだ。並の勇士なら防御ごと撥ね飛ばせただろうが、コロナスパルトイに守られた大悟には通用しない。
続くウォーホースの攻撃は、刺突。
魔物の剛力を存分に利用した、まあ言ってしまえば見飽きるくらいにありふれた、豪雨のような突きが大悟を襲う。
「お前らホンットにそれ好きだな! 教科書の最初のページにでも載ってるのか?」
アニメなどでよく見るその連続突きを、太悟はカトリーナの柄で受ける。十字槍の刃が擦れ、火花が散った。
長柄の武器を持つ魔物は、大抵この技を出してくる。まだ弱かったころの太悟は恐れ戦き無様に転がって逃げもしたが、もはや退屈な一発芸でしかない。
十字槍を凌ぎきった直後、ウォーホースの巨体が生む影が、ぐんとさらに大きく伸びた。後ろ足で立ち上がったのだ。
(キックだな)
地面から離れた前足が繰り出す蹴りは、鉄槌の一打に等しい。
ぼ、と放たれた蹄を、大悟はやはりカトリーナの柄で受ける。同時に、敵の次の一手をかわす準備をしておく。
ウォーホースが前に倒れ込む。その勢いを利用して降り下ろされた十字槍を、大悟は身を横に滑らせて避けた。
まるで演劇の様だと、誰かが見ていたら言っただろう。
初めから筋書きが決まっていて、どちらもその通りに動いているのだと。
ある意味ではその通りだ。大悟は、ウォーホースの手の内を知っている。
今まで戦った経験が、他の誰かが戦った体験談が、敵の次の動き方を教えてくれる。無論知っているだけでは意味はないが、大悟には実用できるだけの能力があった。
狩谷大悟は勉強も運動も得意ではなかったが、《孤独の勇者》は誰もが認める魔物殺しの名手だった。
最後の一撃の後、ウォーホースはそれ以上の追撃はしてこなかった。
十字槍を担ぎ、四本の足で走って、大悟から離れて行く。
「逃げるなよ、EXP」
大悟の挑発を真に受けたわけではないだろうが、ウォーホースは幾らか離れ、安全な位置で立ち止まった。どこか焦れているように見える、燃える目が勇者代理を睨む。
逃げるつもりはないが、そう簡単に倒せないことを理解したようだ。
兜の下で、大悟は肉食の笑みを浮かべた。せっかくの獲物が自ら狩場に留まってくれるなんて、こんなに嬉しいことはない。
「大悟くん!」
その時、折良くファルケが戻ってきた。
「おかえり。あの二人は大丈夫?」
「うん。木に引っ掛けてきた」
「木に!? ……まあいいや、あいつを倒す話をしよう」
こちらの様子を窺っているウォーホースを遠目に、太悟はファルケに耳打ちした。
作戦というほど立派でもない、ちょっとした工夫である。
ファルケはふんふんと頷いて、少年たちを運ぶために畳んでいた海弓フォルフェクスを、再び展開した。
「よーし! あたしの弓さばき、見せてあげる!」
そう言うやいなや、ファルケの手に三本の緑の矢が出現。
あえて僅かな時間差を作り、放たれた矢がウォーホースに向かって飛ぶ。
一、二は先と同じく槍で弾かれた。三本目は大きく頭上を飛び越えて行ったため、無視され―――しかし途中で軌道を変え、ウォーホースの後頭部に直撃した。
武道試合をしているわけではないのだ。正面からが無理なら、不意打ちするまで。
「ナイスショット」
「ありがと!」
太悟が称賛し、ファルケが笑う。
シーカーショットを受けて、ウォーホースの体が僅かに揺らぐ。
しかし大きなダメージにはならなかったらしく、蹄の音を響かせながら突っ込んできた。
今回は突きでは無く、十字槍を大きく振りかぶってからの斬撃。横並びの二人を一気に薙ぎ払おうという短慮は、ウォーホースが苛ついている証拠に他ならない。
そんな雑な攻撃を受けてやる馬鹿がこの世にいるだろうか?
少なくとも大悟はその口ではなかったため、片手でファルケの腰を抱き、跳躍。
唸る十字槍をかわし、ついでにウォーホースの頭を踏み付けにして、ひらりと着地する。
「もう一発!」
同時にファルケが弓を操り、放たれたシーカーショットがウォーホースの背中を撃つ。
堅固な鎧が、がんと悲鳴を上げてへこんだ。平静ならば避けられていたかもしれないが、今はどうやら集中力を欠いている。
駆けるウォーホースは、今度は様子見などしなかった。頭上で十字槍を荒々しく旋回させながら、すぐに引き返してきた。
人間で言えば、怒りで頭の血管がぶちぎれてる状態だ。冷静な判断など到底できない。
つまりは、頃合いである。
「ファルケ、もういいよ」
「了解!」
大悟の指示で、ファルケが新たな矢を弓につがえる。
シーカーショットの緑ではない。赤と青が、螺旋状に絡みあっている。
ウォーホースも、ファルケの動きに気付いてはいただろう。だが、防御のために構えたりはしなかった。
射るならばやってみるがいい、俺の怒りを止めてみろ。そんなことを考えているのかもしれない。
「――――スチームハイド!!」
しかし、ファルケが放った矢はウォーホースにではなく、その手前の地面に突き立った。
当然、外したわけではない。矢は瞬時に破裂して、ぼうと白い蒸気を撒き散らした。
そこに、ウォーホースが正面から突っ込む。
青と赤、即ち水と火が混ざり合った魔法の矢。煙幕として利用したり、また高熱の蒸気そのものによるダメージも期待できる。
だが、ウォーホースは持ち前のスピードであっさりと煙幕を突破し、頑丈な鎧が熱を遮断していた。
僅か一瞬、視界を塞いだ。スチームハイドの効果はそれだけだった。
そして、太悟が接近し、ウォーホースの左の前足と後ろ足を斬り飛ばすには、それだけで充分だった。
頭に血が上った状態では、この程度の策にも引っかかるものだ。
まったくもって当然の話だが、無い脚で踏ん張ることはできない。
ウォーホースの巨体が左側に傾き、走っていた速度の分だけ酷く転倒した。
散々草原を転がり、倒れ伏す。手にしていた十字槍は、すぐ近くに落ちていた。
足を二本失ったとしても、ウォーホースはまだ生きている。
柄に伸ばされる手。それを踏み付けるのは、竜骨の鎧を纏う足。
「僕らの勝ちで、お前の負けだ。お疲れ」
ウォーホースの燃える目を、風を巻き回転する旋刃が掻き消した。




