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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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草原での一幕 5

 

「はっ……! ひ、ひっ……」


 ウーロウが言葉にならない悲鳴を漏らす。

 アーケンは蒼白になって震えていた。

 彼らが勇士として選ばれる人間でなければ、ウォーホースから発せられる殺気に、心臓が止まっていたかもしれない。

 この魔物が人語を喋ったという記録は無いが、燃える目が如実に語っている。

 二本足共の心臓を串刺しにして、この槍を血の赤に染めてやると。


「下がってて」


 勝手に飛びかかった挙句殺されるよりは、恐慌のあまり動けない方がまだ良い。

 アーケンとウーロウを後ろにやって、太悟は前に出た。年下で新米の面倒を見るのは、先輩の義務だ。


 太悟は、ウォーホースの注意が自分に向くのを感じた。

 邪魔をするつもりなら殺す。そうでなくても殺してやる。

 純粋なまでの殺意が、装甲を通り抜けて肌をびりびりと刺激してくる。


 それが、太悟には心地よい。

 人間のねじくれた悪意と比べれば、清涼ですらあった。


「だ、太悟くん! 何アレ!? あんなのあたし見たことない!」


 ファルケが慌てふためきながら隣に並ぶ。

 最近、新たに出現するようになった魔物である。長らく神殿に引きこもっている第十三支部の勇士たちは聞いたこともあるまい。


「ウォーホース。最近ファーストプレインに出るようになった奴だ。あいつのせいで、新人がいっぱい死んでる」


 草原が鮮血に染まったその日から、新人勇士をとりあえずファーストプレインに放り込むというチュートリアルはできなくなった。ある程度のベテランの引率が必要となり、馬の蹄の音に怯えながらゼリーボールを狩らなければならない。

 その報復として上位の勇士たちがファーストプレインに集い、ウォーホースが現れた端から囲んで何もさせずに叩く……というのを一週間ほどやったが、根絶には至らなかった。

 だからこうして、アーケンとウーロウのような新人が泣くまで追い回されるような状況になっているのだ。人類の勝利は、未だ彼方で霞がかっている。


「それでもまあ、ドライランドとかコーラルコーストに出るようなのよりはマシかな。今んとこ、一度に一体しか出てこないし」


「カピターンより弱くても、あたしには十分キツいんだけど……」


「そのカピターンの遺品があるじゃないか。ちょっと一発撃ってみて」


「大丈夫かなあ」


 ファルケが不安げな面持ちで緑の矢を放つ。

 このファーストプレインに現れる他の魔物であれば、瞬時に頭が吹っ飛ぶ威力。

 だが、ウォーホースは一味違った。その手に持った十字槍の穂先がひゅんと唸ったかと思えば、眉間を貫かんとしていた矢の軌道が逸れ、地中に埋まった。


「うええっ!?」


 ファルケが目を剥く。

 魔物の武器によって大幅に強化された矢があっさり無力化されたのだ。必殺技が通用しなくなったヒーローほどにはショックだろう。


「あー、あいつくらいになると、真正面からじゃ弾くか」


 大悟は「ドンマイドンマイ」と声をかけた。

 ウォーホースは遠距離攻撃の手段を持たないが、こちらの矢や魔法に対して堅固な防御力を誇る。単に硬いのではなく、防御や回避の技術に優れているのだ。

 以前の戦いでは、魔法使いによる爆撃を華麗にかわしつつ接近し、勇士たちの陣形を粉砕するといった戦い方も見られた。

 間違いなく手強い魔物である。

 だが、それでも最強には程遠く、弱点も多い。太悟一人でも倒すのは難しくはない。


(今回は、ファルケの訓練が目的だからな。怯えてる二人には悪いけど……)


 ここは一つ、彼女の経験値になってもらうことにしよう。

 太悟がそんなことを考えていると、ウォーホースの方に動きがあった。

 巨大な十字槍、その鋭い穂先をぴったりとこちらに向けている。それは、突撃の構え。


「あいつが突っ込んでくる。気を付けろ、すごい速いぞ」


 太悟が警告を発した、その瞬間。

 どどっ、という音と共に、ウォーホースの足が駆動した。

 かつての地球において、騎馬は戦場の華であり脅威であった。この世界に出現する文字通り人馬一体の魔物もまた、同様に危険である。


 四本の足が生み出す加速は、ウォーホースを一瞬で赤い突風に変えた。単にぶつかられただけでも、その巨体と速度が凄まじい破壊力を実現するだろう。

 迫る驚異。大悟はカトリーナを背負い、アーケンとウーロウの服の襟を掴んだ。


「僕は左! ファルケは右!」


「う、うん!」


 左右に跳び離れる太悟とファルケ。

 瞬間、その間をウォーホースが駆け抜けてゆく。

 疾駆の風圧によって千切れた草が巻き上がり、まるで緑の嵐。


 ウォーホースの進行方向には、大地に突き立った大きな石柱があった。

 あるいはそれに激突して目を回す、そんな展開もあっただろう。それがウォーホースでなければ。

 真っ直ぐ正面に向けられた十字槍の穂先。それが、石柱を容易に粉砕した。

 半ばから圧し折れた石柱とその破片は、地面に落ちると同時に四つの蹄によってさらに踏み砕かれる。

 速度は僅かにも緩まらず、障害物など無かったに等しい。


 ウォーホースはそのまま走り抜け、太悟達から幾分離れた位置でようやく止まった。

 構えを崩さぬまま、ゆるりと振り替える。

 剣や槍が届かず、飛び道具にも対応しやすい距離。そこから高速で突撃する、それがウォーホースの基本的な戦法である。

 単純であるが、だからこそ崩しがたい。


「ファルケ、頼む」


 大悟は、硬直したアーケンとウーロウをファルケに任せた。


「その二人をどこかに避難させたら戻ってきてくれ。二人であいつを片付けよう」


「わかった!」


 少年たちを脇に抱え、ファルケが駆け出す。

 ウォーホースの燃える目が、その背中に向けられた。

 逃げる者を追うのは当然の成り行きだ。そして、それを阻む者も。


「オオオオオオオオ!!!」


 大悟が放った獅子吼の如きが、ウォーホースの前に立ち塞がる。

 以前、ダンから教えてもらった発声法。魔物の注意を自身に惹き付け、仲間を守るための技術。

 当時はついてくる勇士もいないのにと思っていたが、何事も何時役に立つかわからないものだ。


 強制的に意識を引っ張られたウォーホースが、十字槍をぎらりと輝かせた。

 貴様の心臓をぶち抜いてやると、言葉よりも雄弁に語っている。

 太悟も旋斧カトリーナを構えた。


「来いよ、お馬さん。調教してやる」

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