新しい朝が来た 5
《朧影》クワナは、サモネリア聖王国より遥か東、カグラ国出身のくのいちである。
何故かへそ周りが露出した柿渋色の忍び装束に、籠手と脛当てを身に着けて、口元は布で覆いミステリアスな雰囲気を醸し出している。
闇に生まれ、闇に死ぬ。それが冷たく残酷な忍びの世界。
そこに温かな光を与えてくれたのが、勇者・日向光一である。
具体的に何かすごいドラマがあったとかは無いが、とにかくそういうことだった。
要するに他の勇士たちと同じく光一を慕っており、連動して太悟のことを疎ましく思っていた。
彼とはほとんど話したこともないのだが、光一の勇者としての座を狙っているとマリカに教えられてからは、なんと卑劣な輩と義憤を燃やしているのだ。
当然出撃は拒否しているし、今回はとうとう太悟に実害を与えようと行動していた。
「くくく……殿の邪魔になる者に天誅を下すのも、忍びの業でござる」
そんなことを呟きつつ、クワナが不法な手段で解錠し、静かに開けたのは、太悟が寝床にしている物置の扉である。
元は不用品などを適当に放り込んでおいた部屋で、メインの倉庫に比べれば広さは四分の一にも満たない。それが雑多に並べられた棚や木箱のせいでさらに狭まり、なんとか二人は入るか、という程度の空間になっていた。
普段は誰も近付かないその部屋に、何故クワナが押し入ったかと言えば、とどのつまり嫌がらせのためだ。
「侵入、偸盗、お手の物。さあて、何か無くなると困りそうな物はないでござるかな?」
指をわきわきと動かし、辺りを探るクワナ。やたら口数の多いくのいちであった。
持ち物が無くなれば大悟が困るだろうという小学生並の発想で、物置内を物色する。
彼女が最後に来た時よりも物が増えていて、選別は難しかった。刀剣や鎧に道具、どれもなかなかの値打ち物に見える。
しばらくごそごそとした後、クワナは忍の者の勘に従い、「それ」を手に取った。
「うむ、これが良いな。では早速、ゴミ捨て場にでも放り込むでござ」
直後。
物置から恐怖の悲鳴飛び出し、廊下を駆け巡った。
マリカたちとの心冷えるコミュニケーションを終え、大悟は出撃の支度のために自室である物置に向かっていた。
カピターンとの死闘の後で、体の節々に痛みと疲労感がある。ファルケも一日くらい休ませてやろうかと思ったが、本人のやる気を尊重することにした。
(昔は僕もこんなに働き者じゃなかったんだけどな。環境って大事)
本日の予定を考えつつ、廊下の角を曲がる。と同時に、太悟の鼓膜を揺るがす悲鳴。
ばたんとけたたましい音を立てて物置の扉が開き、中からくのいちが転がり出て来た。
「うわ。なんだ?」
流石の太悟も驚き後退る。
くのいち……《朧影》クワナは、彼の存在には気づいてはいない。というより、それどころではなかった。
「ぐ、ぐるぢっ……! だ、だす、げ……!!」
陸に上がった魚の演技としては百点満点だろう。なにせ、実際に窒息死しかけているのだから。
床の上でびたんびたんと跳ねるクワナの首には、見覚えのある物が絡まっていた。
太めのワイヤーのような、金属製の蔦。
クワナの胸の辺りに貼り付いているコロナスパルトイが、口腔に当たる箇所から蔦を吐き出していた。
後一分も放っておけば、絞殺死体が一つ出来上がるだろう。クワナは必死に引き剥がそうとしているが、その努力は無駄に終わりそうだ。
このまま見物しているほど太悟は暇ではない。クワナを驚異的な力で締め付けているコロナスパルトイを、両手で掴む。
「なにしてんの。さっさと行くよ」
すると、蔦は速やかに収納され、コロナスパルトイは大悟の忠実な兜に戻った。
「うう……も、もののけ……」
白目でうわ言を呟くクワナ。彼女がろくでもないことをしようとしていたのは明らかだ。
太悟は溜息をついた。
「どうせ、コロナスパルトイを壊そうとか捨てようとか、そんなんだろうな」
魔物から生まれた武器には、意志がある。
それが元になった魔物と同じものかは不明だが、イクサ帝国ではそういう研究結果が出ていると、大悟は知り合いから教えられていた。
良い使い手であれば、武器もそれに応えてくれる。使える能力や魔法が増えるのは、そんな理屈らしい。
逆に無下にすればただではすまない。先ほどのクワナが一つの例だ。
「よかったね、コロナスパルトイで。カトリーナだったら今ごろは手足の二本や三本はなくなってたし、リップマンだったら……」
大悟はそこで言葉を切り、ぶるりと震えた。想像するだに恐ろしい。
如何に友好的ではない相手とはいえ、死ぬより悍ましい状態になるのは、太悟も本位ではない。
それに、壁や床に飛び散った血を掃除するのは骨が折れそうだ。
「僕はこれから出撃があるんだ。自分で歩いてどっか行ってくれ。あと、これからのことでマリカから話があるだろうから、よく聞いとくように」
それだけ言ってクワナを追い払い、大悟は物置に入った。
中はほとんど荒らされていない。コロナスパルトイのおかげだ。
大悟は一度忠義者な兜を置き、布の服の上からイクサ帝国製の戦闘服を着た。
ダークブルーに染め上げられたジャケットとズボンのセット。
生地は厚手だが軽く、見た目は地球の兵士が使っている物に近い。錬金術によって特殊な鉱石や金属を繊維化して作ったらしく、防刃や対衝撃に優れ、焚き火の中に放り込んでも引火すらしない。
通常、この上に更に胸鎧などを重ねるが、大悟にはコロナスパルトイがある。
高性能故に、値段も高い。カピターンとの戦闘で一着駄目にしてしまったので、彼の賞金を使わせてもらうことにしよう。
ズボンを固定しているベルトには、ポーチが幾つも付いている。中身は主にポーションで、回復用と攻撃用で分けていた。
また、戦場で知り合った魔法使いに頼んで、中の物が傷つかないように魔法で加工してもらっている。もちろん、多少の金子と引き換えにだが。
手足には、革のグローブとブーツ。街で買い求めた物だが、高山猛牛の皮を使っており、丈夫で使いやすい。グローブには滑り止めが施してあり、ブーツの底には薄い鉄板を貼っていた。
改めて狂刀リップマンを腰に差し、旋斧カトリーナを肩に担ぐ。
そして、コロナスパルトイを頭に被った。これらが、今の太悟における最強の装備である。
(ファルケも、その内いろいろ揃えてあげないとなあ)
魔物の武器は強力だが、その特殊性からほとんど市場には出回らない。まずは金を積めば手に入る物で固めてやるのがいいだろう。
太悟はとりあえず、強化魔法がかけられた腕輪やペンダントを見繕い、持っていくことにした。
他の物は……さすがに、女性用の防具は持っていない。あらかじめ用意してある方がおかしい。
物置を出て転送部屋に向かうと、前回と同じように、ファルケが扉の前で待っていた。
あらかじめ太悟が言っておいた通り、海弓フォルフェクスを持ってきている。
「おまたせ。じゃ、行こうか」
「うん! ね、今日はどこ行くの? グリーンメイズ? グレイブヒル? ピラーバレン?」
えいと拳を突き出し、やる気を強調するファルケ。なんとも可愛らしい姿だ。
これから彼女の期待を裏切らなければならないと思うと、気が重い。
太悟は首を横に振りながら答えた。
「ファーストプレイン」




