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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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新しい朝が来た 3

 マリカ、フレア、ベアトリクスの古参三人組は、光一の部屋に集まっていた。

 毎朝の日課である、「光一の寝顔の凝視」のためだ。

 光一の目覚めを祈願し、一日の活力を得る大事な儀式である。


 三人でベッドを囲み、遠い日の思い出に心を飛ばす。

 内容は各々違うが、頬を赤らめ、にやけ、身を捩る、それらの動作は共通していた。

 彼女たちや、この神殿の勇士以外の人間から見れば、時間の浪費としか言いようがない。


 その時。虚ろな至福に水を差す、無粋なノック音が部屋に響く。

 夢から覚めて、マリカは舌打ちをした。勇士たちには、この時間の邪魔はするなと厳命してある。


「……何だ?」


 苛立ちを装填し、言葉として放つ。

 くだらない用事ならば、誰であろうとただでは済ませない。

 ましてやそれが―――勇者代理・狩谷太悟だったなら。

 部屋に入ってきた少年に、三人は一斉に立ち上がった。


「貴様……この部屋には入るなと言っただろう!」


 マリカが怒鳴り、


「ほんっと最悪! せっかく光一の寝顔で癒されてたのに、なんであんたなんかのツラなんか見なきゃいけないのよ!」


 フレアが睨み、


「……あら、何か淀んだ気配を感じると思えば、代理ではありませんか。光一さんと私たちの聖域が穢れてしまいますので、早く出て行ってもらえませんか?」


 ベアトリクスが詰る。

 三人の悪感情を一身に受けても、太悟は顔色一つ変えなかった。

 それどころか、わざとらしく肩を竦めて、光一が眠るベッドまで近付いてくる。


「邪魔して悪いけど、大事な話があってね。早い方が良いと思ったんだ」


「貴様などと話すことはない。痛い目に遭いたくなければ、さっさと出ていけ」


 太悟の前に立ちはだかるマリカ。右手は既に、腰に佩いた光鷹剣ラーの柄を握っていた。

 光一の部屋を血で汚すのは気が引けるが、無礼者にはきっちりと礼儀というものを教えてやらなければならない。

 出ていけと口ではそう言っても、マリカの中では、太悟を死なない程度に斬ることが確定していた。


「すぐに済むよ。終わったら出てくから」


 愚かにまでに無防備で、呑気な勇者代理。

 その顔に傷を刻み、身の程を教えるために、マリカの腰間から白刃が放たれた。

 怠惰が心身を腐らせていたとしても、彼女は勇士である。その斬撃は、平和な世に生まれた現代日本人が避けれるようなものではなかった。


 だからマリカは、銀光を帯びた刃が自分の剣を受け止めた時、何が起こったのか理解できなかった。

 金属同士が咬み合う硬質な鳴き声が、それが幻覚ではないことを教えている。


「ほとんど我流だけど、僕も少しは使えるんだよ」


 マリカがそうと気付かぬ間に刀を抜き、斬撃を防いだ太悟は、そう言って笑みのようなものを浮かべた。

 笑顔よりもずっと凶暴で、まるで、牙を剥く狼のような。


 マリカは手首を返して刀身が交差した状態から逃れ、太悟の腕を狙った。

 空を切る剣。太悟は攻撃を予見し、咄嗟に腕を引いていた。


「はああっ!」


 マリカは気合の一声とともに、光鷹剣ラーを大上段に振り上げた。

 そこから振り下ろすと見せかけて、前蹴りを見舞う奇襲。蹴りで体勢が崩れたならば、次の瞬間に剣の餌食。

 しかし太悟はマリカの足を、自らの脛を上げて受け止めた。片足立ちでも、少年の体勢は石像のように崩れない。

 悔し紛れに振り下ろした剣は、斜めに寝かせた刀の上を綺麗に滑り落ちた。


「………くっ!」


 フレアは、二人の剣戟をただ眺めているばかりではなかった。

 魔法によって援護をしようとしたが、マリカに遮られてその向こうの太悟に当てられそうにない。

 太悟は、明らかにマリカを盾にするように立ち回っていた。

 それでも戦場ならばやりようはあるが、ここには光一がいる。火の精霊を操るフレアの魔法が毛布にでも引火したならば、それは悲劇的な惨事となるだろう。

 マリカの身と天秤にかければ、などと考えるまでもない。


「神よ、太陽の女神よ……どうして、応えてくださらないのですか!?」


 ベアトリクスは、旗色の悪いマリカに強化や防御の奇跡を与えようとしていた。

 しかし、神の声が聞こえなくなって久しい彼女がいくら手を合わせ祈ろうと、風一つ起こりはしない。そこにいるのは僧服ばかり立派な、狼狽える無力な女だった。

 かつては呼ばれていた聖女の称号も、純潔を失い、体を耕された今は相応しくあるまい。


 結果、マリカと太悟は決闘を演じていた。マリカが必死で攻め、太悟が平然と受ける。

 マリカは困惑しきっていた。こんなことがあり得るはずがない。

 彼女が勇士として戦ってきた魔物は、主な戦場がグリーンメイズであることもあって、ほとんどが人外の姿をしていた。


 純粋なパワーで押し負ける。スピードに追い付けない。剣が通らないほどに硬い、ということは幾度となく経験している。

 だが、剣と剣のぶつかり合いで相手を圧倒出来ない、そんな屈辱は初めてだ。


「なあ……こんなことしなきゃ、僕は話も聞いてもらえないのか?」


 マリカの剣を捌きながら、太悟は言った。

 呼吸は安定していて、声の調子も落ち着いている。とは、余裕があるのだ。

 それが、マリカの癪にさわった。

 この剣に怯えていたくせに。叩かれ蹴られ、泣いていたくせに。


「当たり、前だっ! そんなに、聞いてほしいなら! 私を倒してみろっ!」


 マリカの息は、少し上がっていた。彼女は知らないが、数分前のガーロンの二の舞を見事に演じていた。


「そうかい。なら、そうさせてもらおう」


 マリカは横一閃で大悟の刀を弾いた。

 防御が破れ、少年の体が開く。完璧なまでの好機。


 マリカは、躊躇わず刺突を放った。

 殺すつもりはない。というより、後先を何も考えていない。

 大悟の胸を貫き、その結果がどうなるかなど頭に無く、ただただ激情に突き動かされた攻撃。


 もしも彼女が冷静であり、受ける側であったなら、そんなものは当たらないだろう。

 それは太悟も同じだった。彼が僅かに体を横にしただけで、マリカの剣は呆気なくかわされた。


 突き出していた刀身が、引き戻される前に太悟の左脇に挟まれる。

 同時に、翼を広げた鷹の形状をした鍔を左手で掴まれ、剣を動かせなくなった。

 完璧すぎる隙が誘いであると、茹ったマリカの頭では判断できなかった。


 体当たり、蹴りで突き放す。組み付いて投げ、馬乗りにもってゆく。

 マリカの中にあるそれらの対処法は、痛みによって無に帰した。

 太悟が、刀の柄頭で彼女の手首を打ったのだ。


「ぐうっ」


 マリカの体は、ごく自然の反応をした。手が開き、光鷹剣ラーの柄から離れる。

 そうして、遮る物のない空間を、白刃が走り――――マリカの喉に、鋭い切っ先が突き付けられた。

 直接触れてはいない。しかし、殺しの道具が帯びる金属の冷たさが、マリカの肌を撫でていた。


 動けば、死ぬ。


「僕の勝ちで、いいな?」


 息を呑み、動けなくなった女剣士に、太悟は溜息混じりに言った。

 右手に刀を握り、光鷹剣ラーを持った左手は後ろにしている。

 言い訳などできないほどに、マリカは敗北した。

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