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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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新しい朝が来た 1

 どこかでヨアケドリが鳴いている。

 眼帯の男、《貪狼》ジュウベエはむくりと体を起こした。

 昨日の夜は自分の部屋で酒を飲んでいたが、そのまま眠ってしまったらしい。

 ううむ、と首を回すと、ごきごきと不快な音が鳴った。


「ああ、だりぃな」


 頭をぼりぼりと掻き、欠伸混じりに言う。

 床には空の酒瓶が何本も転がっていた。かつてジュウベエの誇りであった刀も、何の価値もない鉄くずであるかのようにその中に混じっている。

 事実、飾られもせず使われもしない刀など、鉄くずと何の違いがあろうか。手入れなど遠い昔のことで、刀身に錆びが浮いていてもおかしくはない。


 他の勇士たちと同様、ジュウベエもまた、大悟への協力を拒んでいた。

 彼が刀を預けたのは光一だけなのだ。二君には仕えぬ。

 光一が目覚めるまでは静かに牙を研ごうと決めてはいたものの、戦わずにいれば、やはり気は緩んだ。

 毎日の素振りも今や過去、朝から晩まで酒浸りである。


(ま、今までが忙し過ぎたんだ。ちょっとくれえはお天道様も見逃してくれらあ)


 心で適当に怠惰の言い訳をして、ジュウベエはまた欠伸をした。

 はだけた着流しに手を突っ込み、ぼりぼりと掻く。

 今朝はたまたま起きただけで、いつもは昼過ぎまでいびきをかいている。寝直そうとしたその時、ジュウベエは窓の外から足音が聞こえることに気付いた。


 わざわざ覗くまでもない。

 勇者代理が走り込みをしているのだ。

 勇士たちに出撃を拒まれたあの小僧は、何時からか神殿の外周を走るようになった。最初の内は面白がって窓から酒瓶をぶつけて遊んでいたが、その内当たらなくなり、白けてやめたのだ。


「人望が無い奴はかわいそうだねぇ」


 くくく、とジュウベエは喉の奥で笑った。

 鍛練のふりをして、こちらの気を引こうという魂胆が丸見えである。いつか誰かが手を差し伸べてくれることを期待しているようだが、世の中はそんなに甘くはない。

 笊に水を溜めようとするのと同じくらいの無駄を重ねる、滑稽の極み。

 野猿の方がまだ賢いというものだ。


「一生やってな、ばぁーか」


 そう言い捨て、ジュウベエは横になった。酒が残っていることもあり、すぐに睡魔が襲ってくる。

 遠ざかる足音が二つであることに、酔った頭では最後まで気付くことができなかった。



 ###



「きゃああああああっ」


 朝の空に甲高い悲鳴が響く。

 驚いた鳥がばたばたと逃げてゆく。


 サンルーチェ神殿第十三支部内の井戸広場に、二つの人影があった。

 一人は、狩谷大悟。地球から来た勇者代理であり、《孤独の勇者》と呼ばれるたびに罰ゲームを受けている気分になる少年である。

 もう一人は彼の唯一の勇士、《精霊射手》の二つ名を持つ少女、ファルケ・オクルスである。


 男女が二人きりという状況では、悲鳴の主は通常決まっている。

 しかし今回、暴漢に襲われる乙女のような叫んだのは大悟であった。


「ど、どうしたの大悟くん」


 ファルケが目を丸くする。大悟は両手で目を覆いながら喚いた。


「どうしたはこっちのセリフだよ! 目の前でいきなり脱ぐか普通!?」


 朝の鍛練を終えた後、大悟は付き合ってくれたファルケとともに、汗を流すべく井戸広場に来ていた。神殿にはシャワーや大浴場、そこそこ近代的な水道もあるのだが、どちらも例によって大悟は使用を禁じられている。

 なんでも「勇者代理が感染したら困るから」らしい。勇者代理は蔑称だったのか。

 それでも大悟に死なれると面倒なので、万歩譲ってほとんど使わない井戸は許されていた。


 いつもは一人で体を流し着替えるだけだが、今日はファルケがいる。流石に堂々と裸になるわけにもいかないと考えていたところ、あろうことかファルケが先に脱ぎ出したのだ。


 布の肌着にホットパンツという、既に肌の露出度が高い服装。そこでさらに肌着を脱がれては、男の目のやりどころなど無い。

 ファルケはようやく自分が何をしようとしていたのか気付いたらしく、慌てて肌着の裾を引き下ろした。


「ごっ、ごめんね! あたし兄弟とかいたから、あんまり気にしなくて!」


「いやホント心臓止まりかけたから……気をつけて……お願い……」


 結局、井戸を挟んで背中合わせになることにした。少なくとも、お互いに見えない。

 汗に塗れたシャツを脱ぎ、胴を外気にさらす。

 背は伸びないが、昔よりもずっと筋肉がつき、逞しくなった体。その秘訣は日頃の鍛錬と実戦、そして薬だ。

 チート能力など逆さに振っても発現しなかったが、どうにか魔物と戦えている。


(傷跡が目立つなあ……)


 自分の体を見下ろしながら、太悟は顔を顰めた。

 この世界のポーションはとても優秀だが、それでも治りきらない傷もある。

 右肩には大きな歯型がついているし、胸には爪跡が刻まれている。全身を見れば数え切れない。

 リップマンの魔法でも、古傷を消すことはできないのだ。

 地球に帰っても、プールや銭湯に入ろうとしたら間違いなく門前払いをくらう。


 そんなことを考えていた太悟の耳に、ぱさ、と布が地面に落ちる音が聞こえた。

 ファルケが、服を、脱いでいるのだ。

 太悟は息を止めた。特に意味もないが止めた。


 狩谷太悟は、健全なる青少年である。

 当たり前に異性への興味があり、もっと言えば裸に興味があった。

 ネットの海でそういった画像を探して彷徨ったとして、誰が彼を責められるだろうか。

 いや、責められない。責められるはずがない。

 若い男など、一皮剥けば猿と同義である。雌を求めれば天井無しだ。


 ファルケは美少女である。

 明るい可愛い健康的の三拍子。時々なんか重いことを別にすれば、最高レベルの女の子だ。

 それが、手を伸ばせば触れるところにいて、気にならないと言えば閻魔に舌を抜かれるだろう。


 一瞬。ほんの一瞬だけだが、太悟は見た。

 肌着を脱ぎかけた、ファルケの肢体。


 染み一つない、シルクのような純白の肌。

 きゅっとくびれた腰。程よく筋肉のついたお腹。

 そして、肌着の陰から僅かに覗く、魅惑の双丘………


「うおあああああああああああああああ」


 太悟は桶に汲んでいた水を頭から被った。

 井戸の水は火照った体を冷やしてくれたが、茹った頭はなかなか元に戻らなかった。


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