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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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閑話・《流れの女剣士》マリカの苦悩 前

 

「このクソアマっ!!」


 酒臭い息を吐きながら、大柄の男が拳を振り上げて突っ込んでくる。

 腕は丸太のように太く、肌は日に焼け、日頃の肉体労働の成果が窺える。


 だが、マリカにとってそれらは何の脅威にもならない。

 人類の敵である魔物に比べれば、酔ったごろつきなど蠅も同然だ。

 何の技もない大振りの、のんびりとした打撃。


 あっさりと手首を掴み、少し離れたところにあるテーブルの上に投げ飛ばした。

 皿に盛られていた揚げ芋や、飲みかけの酒瓶が床の上にぶちまけられる。

 そんな風にして投げられた男たちが四人、呻きながら転がっている。数に頼んでも女一人に敵わないへたれ共だ。

 侮蔑の目で見下ろしていたその時、後ろから声を掛けられる。


「おーい、マリカ。その辺にしてやれよ。オッサンたちがかわいそうだろ?」


 背もたれを前にして、木の椅子に跨っている光一に、マリカは首肯を返した。

 ちょっとした買い物のために二人で街に出かけ、酒場で昼食をとっていたところ、酔った男たちに絡まれたのだ。

 マリカに酌をしろだとか、光一を侮辱するような言葉を吐いていたが、よく覚えていない。その価値もない。

 重要なのは、彼らが光一とのデートに水を差したという事実であり、それはマリカがひと暴れするに足る理由だった。


「そうだな、光一。弱い者いじめは私も好きではない」


 本音を言えばもう少し痛めつけたいところだが、光一の慈悲深さに感動したマリカは、もう許してやることにした。

 それに、光一と過ごす時間の方が大事だ。神殿に女性の勇士が増えてきたために、二人きりになれる機会がめっきり減ってしまっている。

 みんな光一のことを愛しているし、光一も彼女達の愛によく応えていた。

 彼の愛の深さには感心するばかりだが、最初の勇士である自分をもっと構ってくれてもいいのに、とマリカは密かに思っている。


「では、店を変えようか」


 ちらりと壁際を見れば、店員が怯えた目でこちらを見ている。

 塵を払ったくらいでこれでは腹も立つが、いちいち絡んで絡んでいては日が暮れる。


「お、ちょっと待った。いいこと考えた」


 そう言って、光一が立ち上がった。うつ伏せになっている男に馬乗りになって、にっこり笑う。

 素敵だ。マリカの胸がときめいた。

 まるで王様のように堂々とした光一の姿に、マリカは惚れ直した。前に惚れ直したのは、今朝眠っている彼の寝顔を見た瞬間だったから、実に数時間ぶりのことだ。


「ほら、よく漫画とかであるじゃん。倒した奴の上に座るの、俺一回やってみたかったんだよなー」


 漫画とやらのことはわからないが、光一が楽しんでいるのならマリカにはそれで充分だった。

 他に優先すべきことなど無い。

 乗られた男は青筋を額に走らせているが、逆らわないよう睨みつけておく。


 すべては光一のため。

 光一に奉仕し、光一のために戦う。それ以外は、最終的にどうでも良い。

 光一と出会ったその日から、それこそが《流れの女剣士》マリカを構成するすべてだった。


 たとえ、光一が病に倒れても。

 たとえ、眠り続ける光一が笑みを返してくれなくても。


 マリカは、光一だけを想い続けていた。


 ###


 サモネリア聖王国、コルベル。


 四方を頑丈な壁で覆われ、内部はレンガ造りの建造物が規則的に並ぶ、美しい街である。

 中央部には領主の居城とサンルーチェ教会が並び、さらにその近くには街を防衛する勇士たちの宿舎が設けられていた。

 世界的に魔物による侵略が行われている最中にあっても商いが盛んであり、国の内外から様々な品が集まる場所であった。

 食料、衣料品、道具……そして、薬も。


「―――もう来るなとは、どういう意味だ!」


 商店街から裏路地に入り、奥まった場所にある薬屋。

 マリカが憤りながらカウンターを叩くと、無精髭を生やした中年の店主が眉間に皺を寄せた。


「やめてくださいな、店が痛む……どういう意味も何も、そういう意味に決まってるでしょーが。来るたび怒鳴られたんじゃ、繊細なオイラぁ胃に穴が空いちまいます」


 必要最低限の明かりが灯された店内。

 ここは、ポーションの作成・卸売りをしている薬屋だ。加工する前の薬草や、材料であるらしい得体の知れない生物の死骸が、空間を何とも形容しがたい臭いで満たしていた。

 並んでいる木の棚には、薬液や錠剤が詰まった無数の瓶が置かれている。大きい店ではないが品揃えが豊富で、他では手に入らないような薬も置いてあるのだ。


 掃除をしていた十代前半くらいの歳の少女が、マリカの怒鳴り声に驚いて箒を落としてしまっていた。

 店主が「掃除はもういいから、調合やっといて」と言うと、少女は慌てて箒を拾い上げ、店の奥に引っ込む。


「それは、貴様が私の注文通りの薬を作らないからだろうが! 斬り捨てられていないだけ幸せと思え!」


 マリカが怒声を放つ。

 彼女が求めている薬は、ただ一つ。病によって眠りについている光一を起こすための薬である。

 それさえあれば、あのうっとおしい代理を心置きなく神殿から追い出すことができるのだ。

 しかし、返ってきたのは冷淡な溜息であった。


「そう簡単にできりゃあ、今頃この世から病死なんて言葉ぁ無くなってまさ。だいたい、こないだ持ってきたあの薬でダメだったんなら、ウチの店じゃ手に負えませんぜ」


 マリカは顔を顰めた。

 狩谷太悟が持ち帰ってきた薬類は、薬屋で鑑定させている。毒の類であったら取返しがつかないからだ。

 今のところ毒殺未遂になったことは無いが、効かない薬ばかりもってくる役立たずに常日頃から腹を立てていたマリカである。


「貴様が奴より役に立たんとはな」


「その奴とやらがどんなの御仁かは知りませんが、手に入れるには相当苦労なされたでしょうな。ありゃあ世間にゃ知られてない……村とか、一族で製法を隠匿してる類のもんです。大抵の病気なら吹っ飛んでくでしょうよ」


「あの根性無しにそんな物が手に入れられるものか!」


「へいへい、あんたがそう思いたきゃそれでいーんじゃないですか。オイラは自分の考えを言っただけなんでね。まあ、何にしろウチにゃもう用はないでしょ? さっさとお引き取り願いたいんですが」


 かっと、マリカの頭に血が上る。

 魔物達から命を守ってやっているのは誰だと思っているのか、忘れているらしい。

 ちゃんと覚えているのなら、このような態度は取れないはずだ。

 マリカは激情のまま光鷹剣ラーを抜き、切っ先を店主に突き付けた。


「剣を抜かないと思っていたか? 馬鹿め」


 白刃の剣呑な輝きを見せた時の、狩谷太悟の怯えた顔がマリカの脳裏を過る。

 記憶の反芻は、胸にじわりとした快感を呼んだ。


 子供が、虫の足を捥ぐように。

 反撃してこない相手を甚振るのは………簡単で、楽しい。

 その残酷な所業を、それを行える自身を、マリカはそうとは意識せず受け入れていた。

 だが、彼女の予想に反して、店主は眉一つ動かさなかった。


「馬鹿なことはおよしなさいな。いくら勇士とはいえ、市民を殺して見逃してもらえるほど偉くはないでしょう。それに……」


 腐っても、《流れの女剣士》マリカは勇士である。

 鈍った体で、どれだけ油断していたとしても、素人の動きなど簡単に察知できる。

 だがその彼女をしてなお、店主がカウンターの下に隠していた短い杖を取り出し、その先端を突き付けてくるまで、反応が出来なかった。


「オイラも別に、荒事が苦手ってわけじゃないんですよ。ま、勇士にゃ敵いませんがね。あんたのそのお綺麗な顔をどうこうするくらいは、何とかなると思いますぜ」


 それがはったりでも何でもない証拠として、杖の先端に緑に輝く魔法陣が描かれる。

 勇士として選ばれず、在野に埋もれている実力者は少なくはない。これから選ばれるか、あるいは拒否した者もいる。

 店主もまた、その一人なのだろう。

 杖を持つ手に緊張はなく、目に動揺の色も無い。やろうと思えば躊躇は無い、そのような人間だ。


「………っ」


 ややあって、マリカは剣を下げた。

 怒りが鎮まったわけではなく、むしろ沸々と煮えたぎっている状態ではあるが、いくら何でもここで争うメリットが無さすぎる。

 神殿の中でなら起きたことも隠蔽できようが、ここは街の中だ。店主を殺せば、普段から通っていた自分が真っ先に犯人候補となろう。

 返り討ちにされるまではいかなくとも、争いが長引けば衛兵が駆けつけてくるかもしれない。


 完全に利己的な思考によって、マリカはラーを鞘に納め、くるりと踵を返した。

 そして、遠吠えを放つ。


「二度と来るか、こんな店!」


 突進するように扉に向かい、店から飛び出す。

 次に行く先は、酒場であった。薬の調達先一つ無くなった、一連の不快を酒で呑み込むためである。

 今まで世話になってきた薬屋に唾を吐くような自らの態度と行いを省みる、その良心は、彼女からはもう失われていた。


 マリカが去った後、店主は横暴な勇士に怯える従業員兼弟子の頭を撫でながら、乾いた笑みを浮かべた。


「誰があの女の面倒みてんのか知らねえが、同情するぜ……」


 どこか遠くの戦場で、異世界からやって来た少年がへくちとくしゃみをした。

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