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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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32/119

新しい始まり

 

 コーラルコーストに夜が訪れていた。

 人の営みが消え、明かりを失って久しい廃墟の街。その中心に、今宵は赤く火が焚かれている。


「皆の者! 今日は、本当によく戦ってくれた!」


 大小のテントと、それらを篝火が囲む臨時基地。

 大規模侵攻を生き残った勇士たちを前にして、《剣の女王》アレクサンドラが声を張る。

 これから行われるのは、一つの儀式だ。今日を終わらせ、乗り越えるための儀式。

 篝火に照らされ、赤く染まった勇士たちの横顔に、勝者の笑みはない。


 太悟とファルケも、その中にいた。

 飛んだり跳ねたりはできないが、立っていられる程度には回復していた。

 アレクサンドラの演説が続く。


「多くの魔物、海底魔人が滅び、そしてかの《魔海将軍》カピターンも倒された。これは、この地を取り戻すための大きな一歩である!」


 どよめきが起こる。

 カピターンは長年このコーラルコーストで猛威を振るっていた魔物だ。

 手痛い目に合わされた勇士は少なくないだろう。敵討ちを意気込んでいた者も。

 それが倒されたとなれば、衝撃も大きい。


「そして。我々もまた、多くの仲間を失った」


 そして、再び静まり返る。

 今回の戦いに参加した勇士たちの数、二五〇名。

 その内、戦死者数一二〇名。


 彼らがコーラルコーストに出撃が許可されている勇士たちであると考えれば、まったく軽い数字ではない。そして、同じ神殿の同胞を、肩を並べて戦った友を失った勇士たちにとっては、とても数字になどできはしない。

 薄闇の中で、鼻をすする音が立つ。悲しみを押し隠すため、きつく食いしばった歯の音も。


 身近な人が死ぬ。

 その実感を、太悟は知らなかった。


 地球では祖父母も含めて家族は元気だったし、友人たちも健康だ。

 こちらの世界に来てからは多くの死に触れてきたが、それらがもたらすのは恐怖や義憤だった。

 大切な誰かを永遠に失う気持ちを、太悟には慮ることしかできない。


(僕が死んだら……マリカ辺りは喜ぶだろうな。葬式どころか祝賀会だ)


 きっと盛大に盛り上がることだろう。

 屋台が並び、花火が打ち上がるかもしれない。

『うっとおしい勇者代理が惨めに死んだ日』として、第十三支部の祝日になるところまで、太悟は光景を思い浮かべた。

 少なくとも連中は喜ぶだろうなと、勝手に気分が落ち込む。悲痛に満ちた、この場の空気にも引きずられているようだった。


「喪失は苦しいものだ。悲しいものだ。膝を突き、夜が明けるまで泣き喚きたくなる気持ちは、私にも良くわかる」


 語るアレクサンドラもまた、失った者だ。

 強大な魔物に国を奪われ逃げのびて、再起を図る。

 物語としては王道、ありきたりと言える悲劇も、当事者には果てしなく重いものに違いない。

 《剣の女王》は凛としている。その胸の内にどんな思いを秘めていようとも。


「―――だが!!」


 時折、ぱちぱちと篝火が爆ぜる音が鳴る。それを吹き飛ばす一陣の風のような声であった。

 勇士たちの視線が、改めてアレクサンドラに集まる。


「我々に、蹲っている暇などない。そうしている間にも、魔物達は我々の土地を襲い、民を傷つけるのだ」


 カピターンが死んだことで、しばらくはこのコーラルコーストも静かになるだろう。

 だが、それも長くは続かない。《深淵公》アビシアスがある限り、この地に真の平和が訪れることはない。

 勇士が傷心だろうと魔物達はお構いなしに湧いてきて、人を殺すのだ。


「問おう。今日倒れた者は、何のために戦って死んでいった?」


 並みならぬ眼光をもって、アレクサンドラが勇士たち一人一人の顔を見渡す。

 咎めるでも、責めるでもない。魂の深奥を貫く光であった。


 守るためだ、と誰かが言った。

 海を、山を、故郷を。誰かが続く。

 正義を、平和を、愛すべき人々を。誰かが叫んだ。

 それらは囁きのようであったが、しかしか弱くはなかった。


「では、彼らのために、生き残った我々に出来ることはなんだ?」


 更に問いが重ねられる。

 戦うことだと、応じる声に涙はない。

 倒れた彼らのために。彼らが守りたかったもののために。


「そうだ! 悲しみを振り払い、立ち上がり、戦うのだ! 彼らが守りたかったものを守ることこそ、最大の弔いとなる!」


 勇士たちの胸に熾りはじめた火に、アレクサンドラが風を送る。

 火はたちまち炎と化した。俯き、肩を落としている勇士はもういない。

 顔を上げ、熱を帯びた瞳で、次の言葉を待っている。


「女神に選ばれし勇士たちよ、今ここに誓おう。我々は決して立ち止まることなく戦い続けると。勇士たちよ――――」


 夜空に向けて掲げられる、雄王剣ベーオウルフ。

 勇士たちも各々の武器を手にかける。ファルケも愛用の弓を、太悟も流れに身を任せ、カトリーナの柄を握った。


「――――勇ましくあれ!!」


 雄々!! 

 夜気を吹き飛ばす震動。

 声が一つになる。命が一つになる。

 幾つもの武器が掲げられ、篝火の明かりを受けて輝く。


 《剣の女王》が招いた大歓声の中、太悟もカトリーナの旋刃で空を突いていた。

 友を仲間を喪う、その真の悲しみはわからない。

 だが倒れた者の無念は、想像だけでも戦う理由になる。


 太悟は、本音を言えば戦いたくはない。命は惜しいし、痛みも苦しみも好きではない。

 勇士たちの大多数も、そう変わらないはずだ。

 一度きりの人生、たった一つの命。誰だって死にたくはない。

 それでも各々の目的のために命をかけて戦う、彼らは言わば同志だ。

 同志の仇は取ってやらねばなるまい。勇者を目指して進むならば、そんな荷物があってもいいだろう。




 ………いずれ、太悟は思い知ることになる。我が身を引き裂かれるような、喪失の痛みと苦しみを。




 ###



 宴が行われていた。

 酒を酌み交わし、料理に舌鼓を打ち、互いに労をねぎらう。

 明るい笑声が、花火のように夜空に打ち上がっていた。

 不謹慎と憤る者はいない。

 明日また戦うために心を打ち上げる、これもまた必要な儀式なのだ。


 太悟もある程度武装を解き、ここぞとばかりに栄養補給していた。

 神殿に戻れば、また石のように硬いパンや鬼の如く塩辛い干し肉の日々である。

 今のうちにまともな食事を摂っておきたい……にも関わらず、なかなか飲食に集中できなかった。


「いや~まさかウチが生きてる内に、カピターンが死ぬとは思わなかったスわ~。どうスか君、ウチの神殿に来ません? すごい楽できそう」


 肉の塊を齧る太悟に、《重魔砲士》シャンが絡んでくる。

 早くも息が酒臭い。


「このデカ馬鹿! 他所の神殿の勇者に気安くするな! 宴の場だろうが軍人として礼儀を忘れるんじゃない!」


 すかさず相方にローキックを入れる《鉄猫》カティ。こちらは魚の串焼きを片手にしている。

 ふと思い出して、太悟はあっと声を漏らした。


「そうだ、スタミナポーションありがとうございました。支払いは……」


 カピターンに最後の一撃を喰らわせるために、太悟はカティからポーションを借りていた。

 あれが無ければカピターンは逃げおおせていただろうから、いくら払っても惜しくはない。

 しかし、カティは首を横に振った。


「まさか、お代などいただけません」


「だけど」


「まだ臨床試験も済んでいない試作品でしたので」


「は?」


「ところで……まったく関係のない話なんですが……体調の変化はありませんか? 全身の汗腺から緑色の粘液が止め処なく流れてきたり、殺人的な尻の痒みなどは?」


 太悟が青ざめながら震えていると、背後から熊の如き巨体が抱きついてきた。

 何故だか兜を被ったまま、何処に出しても恥ずかしい酔漢と化した《太陽騎士》ダンである。


「うわはははははは飲んでいるか太悟……太悟が五人!?」


「一人だよ。この短時間でよくそんなベロベロになれたな」


「お前も飲め飲め! カピターンを倒した祝いの酒だ!」


「いや僕はまだ十六だから飲酒は……どこ向いてんのダン。幻覚にアルハラしないで?」


 次に近寄ってきたのは《渡り鳥》プリスタ。

 普段クールな鳥人族の友人も酒が十分に入っているようで、顔は赤いし目が据わっている。


「……………」


「プリスタ、あの、無言でひたすら僕の頭撫でるのやめて……怖い……怖いよ……あと他の人たちはなんで後ろ並んでる? 別に僕の頭にご利益はねえよ。お地蔵さんか?」


 アルコールの奴隷共の相手は、未成年には荷が重い。

 太悟は絡んでくる酔っぱらいを押し退けて、どうにか脱出に成功した。

 宴会場から少し離れ、枯れた噴水までやってくる。


 この辺りにも篝火はあるが、宵闇をすべて追い出すことはできない。

 不安を感じない程度の心地よい薄闇が、音もなく広がっていた。

 ほとぼりが冷めるまではここに居ようと決心した太悟の目が、先客の姿を捉える。


「ファルケ! ここにいたのか」


「太悟くん」


 噴水の縁に腰かけて、夜空を見上げていた焦げ茶色の髪の少女。

 呼ばれて向き直った金色の瞳は、どこか憂いを帯びていた。


「見かけないからどうしたのかって思ってたけど。ちゃんとご飯食べた? いろいろあるよ、肉とか……肉もある」


 酔っぱらいの相手はうざいけど、と太悟は苦い顔で付け足す。

 ファルケがくすりと儚く笑った。


「あたしは大丈夫だよ、ありがと。……太悟くんこそ、足はもういいの?」


 ファルケの視線が、太悟の右足に向けられる。

 カピターンに切断された足。ズボンの下には、もう傷跡も残っていない。

 太悟は右足をぽんと手で叩いた。


「もう全然平気だよ。リップマンの魔法でしっかり繋がってるし、ご飯も食べたからね」


「よかった」


 そう言って、ファルケは目を伏せた。

 会話が途切れる。太悟はむうと唸った。


 彼女が「テメーと会話したら唇が腐り落ちる」と思っているのでなければ、どうやらまた何事か悩んでいるらしい。

 かしましく快活に見えて、なかなか繊細な部分もあるようだ。

 今日はもう戦わないから好きなだけ悩め―――というのは、いくらなんでも人でなしが過ぎる。

 コミュ障にこんなことをやらせないでほしいと内心で溜息しつつ、太悟はファルケの隣に座った。


「で、今度はどうしたの」


 そう聞くと、何故わかったのかとファルケが目を見開くが、これでわからないのは相当な間抜けだ。

 太悟からしてみれば彼女は、アイドルが泣きながらハンカチを食い千切る美少女で、オリンピック選手が枕を涙で濡らす身体能力の持ち主である。

 限りなく完璧に近い生命体であり、地球だったら太悟などとは話すどころか関わる運命すら用意されなかったに違いない。

 そんな人間が、何をそんなに悩んでいるのかさっぱりわからない。


「……あたし、今回の戦いでぜんぜん役に立てなかったから」


 長めの逡巡の後、ようやく絞り出された言葉に、太悟は我が耳を疑った。


「なあ、僕が誰のおかげで、今こうして生きていられると思ってるんだ?」


 ファルケがいなかった場合、太悟は戦艦クジラすら倒せずに戦死していただろう。

 彼の中ではその働きはとてつもなく大きかったが、本人は満足していないらしい。


「ダンさんやプリスタさんたちが間に合ったからだよ。太悟くんがカピターンに殺されそうになった時、あたしは動けなかった……!」


 ぎゅっと握り締められたファルケの拳に、悔しさが漲っていた。

 動けなかったのは仕方のないことだ。術の使い過ぎで、精神力を消耗していたのだから。

 そもそも難易度の高い戦場で、いきなりボスクラスの魔物に出くわしたのだから、力が及ばなくても仕方がない。

 だが、ファルケは「仕方がない」を許せないのだろう。


 太悟もそうだった。

 先に皆から慕われる勇者がいたから、後から来た自分が蔑まれても仕方がない。

 平凡な高校生だから、魔物と戦えなくても仕方がない。

 それらを受け入れなかったからこそ、人の言う魔物の言う《孤独の勇者》が在る。

「仕方がない」と戦うことで得られる強さがあると、この世界に来てからの太悟は感じていた。


「ごめんね、太悟くん。あんな大口叩いて、無理言って連れてきてもらったのに……」


 ファルケが泣き笑いのような顔をする。どうも、思考がネガティブな方向に傾いているようだ。

 自分で自分を責め過ぎて、勝手に心が折れている。アレクサンドラの演説で死を強く意識してしまったのかもしれない。


 太悟は思った。

 なんてめんどくさい娘なんだ。


 本心からの態度なのか、慰めて欲しいから自分落ち込んでいますムーブをしているのか分からないが、何にしてもイライラさせてくれる。

 かわいいからといって、何をしてもいいわけではないのだ。神殿の古参連中のように。


 これ以上彼女の言葉を聞いても、何の益にもならない。

 なので、太悟はキレた。


「だから……あたしは……」


「あああああもう! めんどくさいやっちゃな!」


 太悟は跳ねるように立ち上がり、ファルケの肩をがっしり掴む。


「あのな。君がどう思ってようが、僕には関係ないんだよ。僕は君に助けてもらったと思ってる。役に立たないなんて言うんじゃない!」


「でも……」


「でもでもだっては嫌われるぞ!」


 太悟はがくがくと肩を揺さぶった。ファルケの頭もがくがく揺れた。


「今回の戦いでわかった。僕にもいつも一緒に戦ってくれる仲間が必要で、それがファルケならなお良い。消去法でも他にいないからでもなくて、君だから良いんだ! それをわかるんだよオラ!!」


「は、はひ!」


 ファルケの必死の応答である。


 遠距離攻撃がほとんどない太悟にとって、彼女が使う魔法の矢は魅力的だ。

 バリエーションは豊富でサポートにはもってこい。しかもかっこいいのだ。

 ファルケ自身も、割と情緒不安定であるという欠点はあるものの、有能である。

 初めての戦場でもそこそこ動けていたし、格上の相手でも自分にできる範囲で全力を尽くそうとする姿勢は好感が持てた。

 死ぬ覚悟に関しては尊ぶべきか怒るべきか未だに悩んではいるが、ひとまずは良しとしておこう。


 第十三支部の勇士の協力は、ずっと、ずっと待ち望んでいたものだった。

 その最初の一人がファルケであることを、太悟は女神ではない神に感謝していた。


「力不足だったのが悔しいんなら、ほら」


 太悟は、折り畳んで腰に吊るしていた物を、ファルケに手渡す。

 弓使いの少女の目が見開かれた。


「これ……この弓って」


「そう、カピターンがドロップしたやつ」


 海弓フォルフェクス。

 今回のように多数の神殿が参加する戦いでは、魔物が落とした武具の所有権について話し合いが行われる。

 太悟は、戦艦クジラの撃破やカピターン討伐の貢献などの功績を盾に、報酬としてフォルフェクスを頂いたのだ。とどめを務めたこともあってか、反対意見は皆無だったが。


「矢の威力は相当上がるだろうし、たぶん魔法付きだ。これで一気にパワーアップできるぞ」


「………」


「いい加減納得してくれた? でないと、次からは君の首に縄つけて引っ張ってくことになるけど」


 ファルケの顔が動き、金色の瞳が太悟を見上げた。


「……太悟くんは、あたしで……ううん、あたしが、良いんだよね?」


 うちに手ごろなロープがあったかなと思案しつつ、太悟は頷いた。

 柄にもなく、異性に強引かつ情熱的な勧誘をかましてしまったので、今更になって恥ずかしくなってくる。それでも、過剰だったとは思わないが。

 地球にいた頃は逆さに振ってもこんな言葉は出なかっただろうから、少しは成長したらしい。

 照れ隠しにわざとらしく咳をしてから、太悟はファルケに向き直った。


「まあ、いろいろ言ったけど。要するに、あれだよ」


 キザ過ぎるかな、と少々の躊躇いに指を開閉させながら、太悟はファルケに手を差し伸べた。


「――――これからもよろしく、ってやつ」


 ファルケが立ち上がる。

 相変わらず泣き笑いみたいな表情で、太悟の手を取った。

 少女の手は柔らか……くはなく鍛錬の成果として硬めだったが、温かい。


「うん。よろしくね、太悟くん」


 星が見守る夜空の下。握り合い、結ばれる手と手。

 勇者代理・狩谷太悟は、初めて同じ神殿の仲間を得た。

 最初で最後となる、仲間を。

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― 新着の感想 ―
今まで散々ほっといたくせにこの程度のことでウジウジされたらねぇ……だったら初めからついてくるなと言いたいですね。
[良い点] なんか気に食わないけど死ぬならいっか! この勇者は苦境に立つほど輝くなぁ(ゲス笑い)
[一言] >大吾は思い知ることになる。我が身を引き裂かれるような、喪失の痛みと苦しみを。 読み直して、気づいたこの一文。 めちゃくちゃ不穏。。。
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