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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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30/119

嵐が過ぎて

 

 ぱらぱらと舞い落ちる砂の雨の中。

 終わった、と。

 太悟は説明のできない手応えを、カトリーナの柄に感じていた。


 霞む視界の中。

 目の前には、首のないカピターンの体が直立している。

 少し上を見れば、胴体から離れた……太悟が切り離したカピターンの首がくるくると回っている。

 やがて、その甲殻がひび割れ、砕け、瘴気となって霧散した。

 連動するように胴体も崩れ落ち、原型を失う。


 太悟が知る限り、ここから復活した魔物は存在しない。

 《魔海将軍》カピターンは死んだのだ。


『ビーチ』に静けさが戻ってくると、太悟の中で緊張の糸がぷつりと切れた。

 胸に湧いてくる、強敵を倒したという達成感。

 同時に胸を締め付けるのは、強敵を失った寂しさ。


 カピターンは魔物で、妥協しようのない敵だった。生まれてから今日まで、数え切れないほどの死体を積み重ねてきた。

 ここで倒さなければ、今後どれだけの人間が殺されていたかわからない。


 太悟自身一つ間違えていたら、今頃は死体だ。こうして生きているのは奇跡と言える。

 この気持ちも、勝者だからこそ抱ける余裕の産物である。もう一度戦いたいと聞かれれば、絶対に首を横に振るだろう。

 今まで倒してきた中で、間違いなくもっとも強力で厄介な魔物だった。


 だが……カピターンに卑劣さは微塵もなかった。

 太悟を見下すことなく一人の戦士として死力を尽くし、正々堂々と戦った。

 誉れ高く、尊敬に値する敵だった。殺されかけた太悟が、その死を惜しむほどに。


(こういう気持ちって、漫画やアニメの中にしかないって思ってた)


 込み上げてくる何かに耐えて、太悟は瞬きをした。

 代わりに、カピターンが生きている間は言うわけにはいかなかった言葉を口にする。


「お前こそ、本物の勇者だったよ。さよなら、《魔海将軍》カピターン」


 カピターンを構成していた瘴気が消える。

 黒い煙が晴れた後、そこに残されていた物が陽光を受けてきらきらと光っていた。

 強い魔物は、死して武具を残すことがある。太悟が身に着けている装備のほとんどがそれだ。

 今回、カピターンが残していったのは………


「……でっかいハサミ?」


 太悟は怪訝そうに目を細めた。

 その武器は、巨大な甲殻類の鋏のように見えた。ただし鮮やかな桃色をしており、材質は珊瑚に近い。

 真ん中の辺りに持ち手があり、鋏の先端同士は水のような半透明の弦で結ばれている。

 太悟が手に取ると、頭の中に一つの名称が浮かんできた。



 ――――海弓フォルフェクス。



 その時。世界が揺れたかのような目眩。

 体から一気に力が抜けて、太悟は顔面から砂地に倒れ込んだ。


「うっ……」


 コロナスパルトイの力で形成していた右足も維持できず、朽ち木のように枯れ落ちる。

 介抱してくれた二人組が持っていたスタミナ回復のポーションを飲みまくって、無理やり限界を引き延ばしていたのだ。

 当然、代償も相応。全身の血と骨が鉛と化し、上にインド象が一ダースほど乗っているかのように体が重い。


「太悟くん!」


 寄せては返る、穏やかな波の音。そこに混じる、自分を呼ぶ声。

 さっきは大分消耗していたようだが、少し休んで動けるようになったのだろう。駆け寄ってきたファルケに抱き起される。

 陰になっていて顔がよく見えないが、声が濡れているのは、どうやらまた泣いているらしい。


「君も疲れてるんだから、休んでなってば」


「あたしは平気だよ! ケガも全然してないし! それより……太悟くん、足が……!」


 切断された右足の断面が、どくどくと血を吐き出している。

 せっかく止血のために巻いてもらった包帯もほつれ、意味をなさない。

 昔だったら泣き喚いているか、血を見たショックで気絶していただろう。

 もちろん今でも気分が良いものではないが。


「足くらい、別にどうにでも……じゃあ、その辺に僕の足落ちてない?」


「え? ………あ、あった!」


 あれ程の戦いの後でも、運よく切り落とされた右足は吹っ飛ばずにいた。

 波打ち際に足首まで埋まり、鎧も相まって彫像の破片めいた状態で波に打たれている。

 それをファルケに持ってこさせると、断面同士を慎重にくっつけた。

 まず、コロナスパルトイの装甲から蔦が伸び、絡み合って接合。

 それから狂刀リップマンが働き、肉と骨を繋げる。

 目の奥で火花が散った。


「んぐあああああ゛あ゛あ゛~~~」


「太悟くん!?」


 太悟は仰け反って呻いた。ファルケが心配そうに右往左往しているが、出来ることは何もない。

 神経を無理やり接合される感覚は、何度やっても慣れないものだ。


 地球にあって、この世界にない物は数多い。

 だが医療に関して言えば、完全に地球を上回っているだろう。

 《常闇の魔王》オスクロルドが侵攻してくる前から何かと物騒だったこの世界では、手足を失うなど日常茶飯事。

 そのため、元の肉体と遜色なく動く義肢や人工臓器の開発が盛んであり、そこまでしなくとも腕の一本や二本、魔法や薬でいくらでもくっつけることができた。

 一から生やすとなれば金を積む必要も出てくるが、一時間程度で生えて元の様に動かせるとなれば安いもの。



 ………そんな、大抵の病気はポーションを飲めば治る世界でも、日向光一は眠ったままだ。



 行く先々で病気について聞いて回り、薬品も探しているが、未だに有効な手を打てていない。

 光一が目覚めた日が代理としての仕事の終わりとするならば、太悟が解放されるのは当分先のようだった。


「あー……もう無理。ガス欠。動けない」


 太悟は大の字になって砂の上に寝転がった。

 右足をくっつけたことで、ぎりぎり僅かに残っていた体力が完全に消費された。

 倦怠感が全身を包んでいる。しばらくは立ち上がることさえできないだろう。

 空の真ん中を過ぎて、夜に向かいつつある太陽は、それでもまだ明るく暖かい。

 このまま眠ってしまおうか、などと疲れ切った思考が囁く。


「太悟!」


 睡魔を追い払う騒々しい足音と太い声は、考えるまでもなくダンのものだった。

 ごつい兜が太悟の顔を覗き込んでくる。プリスタとアレクサンドラがそれに続いた。


「不覚を取ったが、見ていたぞ! 素晴らしい一撃であった!」


「大丈夫よ、太悟。私に任せて。今膝枕してあげるわ」


「結局、最後まであなたに頼ってしまいましたね。私としたことが、あの技で仕留められなかった上に反撃を喰らうとは……まだ修行が足りないようです。これでは国を取り戻すなど」


「あ、あの! 太悟くん今すごくへとへとだから!」


 最後のは、ファルケが慌てているらしい。

 好き勝手喋る勇士たちに、太悟は苦笑した。

 わいわいがやがや、何とも騒々しいことだが、嘲りや陰口でない言葉が自分に向けられるのは、純粋に嬉しい。


 太悟はちやほやされたかった。

 ほとんど無条件に向けられる熱烈な愛を求めていた。

 それが、異世界に抱いていた太悟の夢だった。


 この世界にやってきて、まだ道半ば。思い通りになることなどほとんどない。

 しかし、今この瞬間。太悟はたしかに満たされていた。

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