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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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デスオンザビーチ10

 

 右足に灼熱。

 そして喪失感。


 何がどうしたのかは明白だったが、太悟は捨て置いた。

 余計なことを考えるな。今は、目の前のことがすべてだ。

 真紅の帯を空中に残しながら、太悟はカピターンの頭上を跳び越え、上空から戦艦クジラに迫る。


 両手でカトリーナを握り、振り上げる。

 普段は殺戮暴風圏として放つ魔力を、解放せずに留めておく。

 旋刃が唸りを上げて回転する。強く、激しく、凶暴に。

 持っている太悟の腕が千切れそうなほどのエネルギーは、まさしく暴風の具現である。


 戦艦クジラの主砲が、太悟を狙う。

 砲口の奥に光が生まれ、膨れてゆく。

 撃墜しようと言うのだろう。空中では動けない太悟に、逃げ場はない。


 だがそれでいい。

 いや、むしろそれがいい。


 撃墜しようとする、それを望んでいた。

 背部の砲塔は、ファルケの攻撃でまだ沈黙している。

 上にいる太悟を迎撃するためには、まず主砲を使うだろう。

 戦艦クジラが持つ最大の武器を。


「――――それが、お前の弱点だ!」


 叫ぶ太悟の体が、落下を開始。

 カトリーナに蓄積されたエネルギーは、限界にまで達していた。

 武器そのものがぶるぶると振動し、今にも爆発しそうだった。


 太悟の背中に、翼が生える。

 蝙蝠のそれにも似た骨の翼。隙間なく張られた蔦が飛膜を形成していた。

 あまりにも不格好で、飛行などもっての他。神話のイカロスにもなれはしない。


 だがそもそも、太悟は飛ぶつもりなどなかった。

 翼を前から後ろに動かし、ぶお、と大気を叩く。

 地上に向けて急加速。そのための翼だった。


 戦艦クジラが主砲を撃つよりも早く、落ちる勢いそのままに、太悟はカトリーナを振り下ろした。

 旋刃が刻む軌跡は、戦艦クジラの主砲の先端から始まり、頭部へと下り、顎の下で終わる。

 太悟は、右足の膝から下が無いため左足だけで着地しようとした。

 バランスが取れずに倒れ込む。顔面が兜越しに砂に塗れた。


「ぐ、ふ………」


 目の前には戦艦クジラがいる。たとえ攻撃の意図がなかったとしても、巨体が少し動いただけで太悟には命とりだ。

 だが、戦艦クジラは動かなかった。主砲を上に向け、天を仰ぐ姿勢で石像のごとく硬直している。


 それも長続きはしなかった。

 ひゅう、と潮風が吹く。

 それを合図にしたかのように、戦艦クジラの頭部が、主砲ごと真っ二つに割れた。



 ――――グオオオオオオオオッッッ!!!



 苦痛の叫びが、断面から漏れ出る瘴気とともに天に昇ってゆく。

 次いで、爆発。轟音と共に、戦艦クジラの巨体が粉々に吹っ飛んだ。

 主砲を撃つために溜めていたエネルギーが斬撃によって暴走し、破裂したのだ。

 強い力は、時に持ち主にも牙を剥く。高火力が故にそれを逆手に取られて身を滅ぼす、それが戦艦クジラの弱みであった。


 吹き寄せる爆風にも、今の太悟は抵抗できない。紙屑のように、砂浜の上を転がった。

 仰向けになった太悟が見たのは、カピターンの顔だった。

 陽光を遮っているために影に覆われている上に、そもそも表情がわかりにくいが、どうやら笑っているらしかった。


「ウハハハハ。まさか儂を出し抜き、戦艦クジラを倒すとはの。いや、見事。オヌシも、あの小娘もな」


 その余裕ぶった面に一発かましたかったが、カトリーナが持ち上がらない。

 右足の断面から、命が流れ出してゆく。

 ただでさえ底を尽きかけの力が抜けてゆく。


 太悟は、立ち上がることもできなかった。

 カピターンが何をしようと、太悟には避けることも防ぐことも不可能。

 詰み、と言えるだろう。


「オヌシらのことは、儂の命ある限り語り継ごう。素晴らしい敵であったと」


 半透明をした水妖剣の刀身は、きらきらと光を帯びていた。

 太悟は、ぼんやりとした視界の中でそれを見ながら、うわごとを発するかのように唇を動かした。


「………元気そうでよかった。けっこう、心配してたんだ」


 訝しむカピターン。

 太悟の目には、それが見えていた。

 太陽から降ってきたかのような、鉄槌と盾を持つ騎士の姿が。


「《太陽騎士》ダン・ブライト、見参!!」


 砂を蹴り散らす派手な着地と同時に、ダンが聖火槌ブレイブトーチを横に振る。

 ぶおんと鳴る一打に、跳び退るカピターン。

 ダンは盾を前にしてそれを追いかけた。一人と一体が、太悟から離れてゆく。


 物騒な追いかけっこだ。傍から眺める分には愉快かもしれない。

 砂の上に横たわっていた太悟の体が、ふわりと宙に浮く。

 とうとう昇天する時が来たかと太悟は本気で勘違いしたが、浮遊の理由はもっと物理的だった。

 鳥人族である《渡り鳥》プリスタに抱えられて、空を飛んでいるのだ。


「ごめんなさい、太悟。私達が遅かったばっかりに……!」


「そっちは海底魔人が出たんでしょ。僕が死ぬ前に来てくれただけで充分だよ……」


 戦場では、誰もが命を賭して戦っている。

 太悟は死にたいわけではないが、その危険については承知して戦場に出ているのだ。

 ここで命を落としたとしても、ダンやプリスタはもちろんのこと、ファルケにも負うべき責任はない。

 むしろ、こうして助けに来てくれたことに、滝のような涙を流して感謝したいくらいだ。

 この戦いが終わった後で、みんな生き残っていれば。


「太悟くん!」


 プリスタに運ばれて、太悟はつい先程飛び出してきた林に戻された。

 ファルケが、ほとんど這いずるようにして太悟の傍に寄ってくる。


「あんまり動いたらダメっスよ。キミも術使い過ぎてグロッキーなんスから」


 《重魔砲士》シャンが、包帯を取り出しながら言った。


「あのカピターンと他の魔物を、たった二人で相手していたのか……とりあえず、斬られた足を止血するぞ。ここには回復術使いがいないから、他にどうしようもない」


 そう言って、太悟の体を横にしたのは《鉄猫》カティ。

 右足の断面に何らかの薬剤がぶっかけられ、カティが相方から受け取った包帯を素早く巻いてくれた。

 傷口を狂おしいリズムでぶん殴られているかのような激痛が、少しは薄れる。


 太悟は細く息を吐いた。

 血の臭いが混ざり、妙に生温かい。


 プリスタは太悟を置いてからすぐに空へと戻り、カピターンと戦うダンの支援に回ったようだ。

 比してどちらの方が強いか、と問われれば悩むところではあるが、このまま寝ていても問題はないだろう。

 ダンもプリスタも強力で経験ある勇士だ。コーラルコーストに来ている勇士たちの中でも頭二つは飛び抜けている。

 だが、しかし――――と思考を巡らせる太悟は、近付いてくる何者かの気配に気付いた。


「《孤独の勇者》……いえ、太悟殿。私は貴方を尊敬します」


 気迫が張り詰めたその声は、聞く者に不快な緊張を与えない。

 太悟はどうにか首を上げて声の主を見た。


 剣の紋章が刻まれた鎧。風にたなびく青いマント。

 短く刈られた銀髪の下、美しく凛々しい顔が輝いて見えた。

 手には剣。刀身は持ち主の身の丈よりも長く、分厚く、巨岩のような威圧感があった。

 銘を、雄王剣ベーオウルフ。

 鬼に属する強大な魔物から生まれたその剣の持ち主は、《剣の女王》アレクサンドラであった。


「ここでカピターンを足止めしてくれたお陰で、我々は海底魔人に集中することができた。もしカピターンが合流していたら、我々は全滅していたでしょう」


 アレクサンドラの背中から、翼のように展開される十二の剣。

 守護十二宝剣、と太悟は呟いた。

 噂には、と言っては安いだろう。伝説と、そう呼んでも大袈裟ではない。

 太陽の下にあっても見失うことの無い金色の燐光を帯びた刃は、なるほど天与の宝物であろう。


「ここからは、我々が引き継ぎます。貴方たちの奮闘を、決して無駄にはしない」


 声に宿る鋼の決意。アレクサンドラの全身が光を発する。

 太悟が眩しさに閉じた目を再び開いた時には、彼女の姿は消えていた。

 代わりに、『ビーチ』の方から聞こえてくる声の種類が四つになった。

 太悟は、縋りついてくるファルケの手を握り、少し考えてから、


「なあ、誰か……体力回復のポーション持ってない?」


 まだ地球にいた頃、内向的で引っ込み思案なタイプであった太悟は、同級生に仲間外れにされることが多かった。次第にそれを気にすることも無くなってきたが、今回ばかりはそうはいかない。

 たまには、パーティーの主役になってもバチは当たらないはずだ。

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