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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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デスオンザビーチ7

 


 ――――ォォオオオオオオオオオオオッ!!!!



 戦艦クジラの咆哮が、天に地に満ち満ちる。

 大気が震え、砂浜が波打った。文字通り、魂消るような迫力がある。


「よし、戦艦クジラよ。貴様の力を見せてやるがいい!」


 カピターンが水妖剣を天に掲げる。

 言葉を理解する知能があるのか、あるいはテレパシーのようなものがあるのか。

 いずれにせよ、戦艦クジラは行動を始めた。

 太い足に力が入り、しっかりとその場で踏ん張る。頭部の砲身にエネルギーが集中するのを、太悟は感じた。

 何をするつもりなのか、考えるまでもない。


「撃てぇっ!!」


 カピターンの号令が走り、次の瞬間。戦艦クジラの主砲が、紫の光弾を発射した。

 まるで太陽が下りてきたかのような光量に目を眩ませながら、太悟は身構えた。

 カピターンが自信満々に出してきた魔物の攻撃が、弱いはずがない。


 だが、砲撃の狙いは太悟ではなかった。

 瞬く間に彼の頭上を通り過ぎてゆく光弾。

 その着弾地点は、砂浜を上がったところにある林だった。


 振り返った太悟の総身に叩きつけられる、轟音と熱波。

 紫の爆炎の花が木々を焼き、薙ぎ倒していた。

 濛々と黒煙が立ち昇り、青空を汚染する。


「ファルケ……ッ」


 太悟は、ここから離れているはずの少女の名を呼んだ。

 もしもまだ林の中にいたとしたら、命はなかったかもしれない。

 コロナスパルトイを纏う太悟とて、直撃すればただではすまないだろう。


「よそ見などするな! 寂しいだろうが!」


 そう声がすると同時に振り返り、カトリーナの刃を送る。

 斬りかかってきたカピターンの水妖剣と衝突し、一瞬の膠着。

 刀身が自在に動く剣と鍔迫り合いを演じるつもりはない。太悟は手首を返して流し、後ろに跳んだ。

 その僅かな滞空時間を狙って、戦艦クジラの背部にある砲塔が動き、火を吹く。

 鉛筆のように尖った形状の砲弾が、太悟の胸部装甲にぶち当たった。


「ぐあっ」


 貫通はせず、軌道がそれた砲弾が空の彼方に消えてゆく。

 撃墜された太悟は砂の上を何度か跳ねて、最後には頭から砂浜に突っ込んだ。

 コロナスパルトイを纏っていなければ挽肉になっていたが、見た目には滑稽である。

 太悟は鈍痛に苛まれる胸を手で押さえながら立ち上がった。口内が、改めて血の味に染まる。

 装甲は破られなかったとはいえ、中身の太悟は人間だ。砲撃がまともに当たれば、衝撃で傷つく。


(かわすなり、弾くなりしてかないと……おっと、蟹オヤジにも気を付けなくちゃ)


 飛んできた水の三日月を転がって避けながら、太悟は気合を入れ直した。

 ピンチも多勢に無勢も慣れっこだ。この程度で心折れたりなどしない。

 兜を少し開いて血を吐き捨てながら、太悟はカトリーナを構えて魔物達に立ち向かった。


 迎え撃つ戦艦クジラが、その巨大な口を開いた。

 洞穴の入り口のような暗闇から飛び出す、七つの影。カミナリエイだ。

 それらは、太悟の頭上を円を描くように旋回しながら、青白い雷撃を落とし始めた。

 太悟は右に左に、狙いを定めさせないよう動く。


「ああもう、うっとおしいな!」


 なんてことのない雑魚だが、上級の魔物がいる状況でこれ以上数を上回られるのはよろしくない。

 魔法で撃墜しようとした太悟の視界が、不意に霞がかる。

 疲労による目の不調ではなく、実際に砂浜が霧に覆われているのだ。

 白い闇の中で、カピターンの声が不気味に響く。


「水妖剣・霧隠れの術。見えぬ恐怖を味わうがよい」


「さっきの仕返しかよ」


 太悟はカトリーナを振り被った。霧ならば、風の力で追い払えるだろう。

 しかし、大仰に持ち上げられたカトリーナは、そのまま振り下ろされることはなかった。

 高圧電流が太悟を焼いたからだ。悲鳴を上げる間もなく、太悟の体が大きく跳ねた。


(カミナリエイ……そうか、霧を伝わって……!)


 霧は視界潰しだけではなく、カミナリエイの電撃を拡大するための布石だったようだ。

 竜骨の兜の中で、太悟は自分が焦げる匂いを嗅いだ。鎧によって軽減されていなければ、それどころではなかっただろう。


 立ち直る隙などは与えられない。

 ひゅん、と風切り音が駆け抜ければ、太悟の胸に横一文字が刻まれた。

 舞い上がる血飛沫が白い空間を汚す。


「うぐっ」


 目に見えていてようやく対応できる斬撃を、見ることもできない状況でどうかわせばいいのか。

 その上、不規則に与えられる電撃が体力を削り、足を鈍らせる。

 勘と感覚を総動員して回避に専念しても、太悟の体には次々切り傷が増えてゆく。

 リップマンによる再生が追いつかない。命が削られてゆくのがわかる。

 けれどその感覚にも、太悟は慣れていた。


「僕を舐めるなよ、魚介類ども!」


 太悟は咆哮した。

 追い詰められるほどに気合いが入る。死の淵にあってこそ、魂に火が点く。

 地球では自分自身すら気付かなかった、それが太悟が持つ資質だった。

 流血を振り払うように掲げられるカトリーナ。その旋刃の分身が、四方八方へ無数に飛んでゆく。


 殺戮暴風圏。

 上空に浮かんでいたカミナリエイたちは、霧ごと薙ぎ払われた。

 それを待っていたかのように、戦艦クジラの砲塔が再び火を吹いた。

 霧を払わぬよう、砲撃を控えさせていたのだろう。

 来ると分かっている攻撃ならば、太悟は二の舞など演じはしない。

 腰低く、渾身の力で振り抜かれたカトリーナが、砲弾を打ち返した。

 霧の残滓に紛れ奇襲しようとしていた、カピターンに向かって。


「がっ!?」


 予想していなかったのか、逆に不意を打たれたカピターンが、砲弾を喰らいもんどり打って倒れる。

 この隙に、デカブツの方を処理しなければならない。

 上司、あるいは飼い主が倒れて激昂する戦艦クジラが、巨体を前に乗り出してきた。

 そして、その大きな右前足を振り下ろしてくる。


 サイズとしては蠅叩きに狙われた蠅。ただし、蠅には牙がある。

 太悟は逃げも怯みもせず、カトリーナで迎撃した。

 旋刃の唸りが駆け抜ければ、戦艦クジラの指が切断されて飛び散った。

 硬い。だが、斬れないほどではないことに太悟は安堵する。

 慌てて前足を引っ込めた戦艦クジラ、その鼻先に斬りかかる。

 一閃、二閃、三閃。縦に横に斜めに傷を刻んでゆく。


「ベーコンにしてやる、クジラ野郎め!」


 太悟は、疲弊した自身を鼓舞させながらカトリーナを振るった。

 戦艦クジラを片付ける手段はある。だがそのためには、少々準備が必要だ。

 弱らせて動きを封じなければならない。

 太悟は雄叫びを上げて、カトリーナを振りかざし………立ち止まった。


 その目の前を高速で通り過ぎてゆく三日月状の水刃。

 一瞬、太悟の意識は水刃が発射された方に向いた。

 早くも復帰したカピターンが、水妖剣を上段から振り下ろした姿勢で立っている。


 鎧の下で、太悟はぶわ、と冷や汗を流した。

 あともう少し踏み込んでいれば、今頃はスライスされた体の前半分が、足元で崩れ落ちていただろう。

 そしてもう一つ。避けるにはもう、遅すぎる。

 戦艦クジラが、横から大きく振り回した頭部が、太悟を木っ端のように吹っ飛ばした。


 激しく入れ替わる上下左右が、その意味を無くす。

 もし野球のボールに痛覚があったなら、きっとこんな気分なのだろう。

 太悟は再び、今度はさらに激しく、砂の上を転がった。どこの骨が折れているかなんて、考えるだけ馬鹿らしい。

 生きているのが不思議なくらいだ、なんて思うのはこれで何度目だろう。

 何度目であっても、こればかりは慣れるものではないが。


「………ご、ぼっ………」


 それでも太悟は立ち上がった。カトリーナの柄を地面に突き立て、支えにする。

 兜を開き、溢れ出した血塊を吐き捨てる。この『ビーチ』に、太悟の血が染み込んでいない部分は、もうほとんどあるまい。

 体が重い。その重さに従って倒れ伏してしまえば、楽になれるのだろう。

 死を誘う苦しみ。死神の誘う声が、太悟には聞こえるような気がした。


 それらすべてを、今は無視する。傷はリップマンで再生し、コロナスパルトイが鎧を修復する。

 太悟はどうにか両足で立ち、カトリーナを構えた。


「おかしい。異常だ。どうかしている」


 水妖剣を肩に担いで、カピターンが言う。

 太悟は顔を顰めた。


「……なんだよ。さっきは褒めてきたと思ったら、今度はディスるのか」


「ああいや、違う違う。良い意味で言ったのだ。儂も多くの勇士たちと戦ってきたが、ここまで痛めつけた者は初めてでなあ。

 未だ命あることも珍しいが、その上でオヌシはまだ戦うという。うむ、やはりどうかしているぞ」


「だから、僕の何がおかしいっての?」


 太悟が聞き返せば、カピターンはにやりと笑って、


「何故ここまで命を賭ける? この世界にとって、オヌシは余所者であろう。なんだ、こちらで恋人でもできたか?」


「そんなのいねえよぶっ殺すぞ」


「すまん」


「……まあ、友達はできたよ。今まで僕が助けたりした人も、名前を知らないちょっとした顔見知りだって……お前らに殺させたくなんかない」


 太悟はカトリーナを握り締めた。

 こうして会話をしているカピターンも、大勢の人間を殺してきたはずだ。

 どんな魔物でも人を殺す。男でも女でも、大人でも子供でも、善人でも悪人でも、選ばず殺す。


 何時だったか、太悟は魔物の襲撃にあった村に駆け付けたことがある。

 常在していた勇士たちの協力もあり、事態はすぐに収拾した。

 だが、何の犠牲もなかったわけではない。


 母親を失った子供がいた。物言わぬ骸に縋りつき泣き喚く、幼い少年。

 親子が永遠に一緒にいられるわけではない。事故や病気もあるだろうし、無事に過ごしたとしても先に逝くのは親である。


 けれど、魔物に殺されなければ、母親は少年にもっと多くの何かを残すことができたはずだ。

 いずれ来る別れを、少年はもっと納得して迎えられたかもしれない。

 だが、親子の絆は魔物によって引き裂かれた。

 母親は無念の内に息絶えただろう。少年は、この悲しみを抱えたまま生きていかなければならない。


 太悟は、なぜ魔物を倒さなければならないのかを、そこでようやく理解した。

 魔物とは、ただでさえ悲哀に溢れた世界に、さらなる悲劇をもたらす存在なのだ。


「それに、もう一つ。僕にとって大事なことがある」


 コロナスパルトイの上顎を下ろす。

 太悟の脳裏に浮かぶのは、自分をこの世界に連れてきた女神の姿。

 マリカの懇願を受け入れて、第十三支部で勇者代理になったこと。

 自分を拒絶する勇士たち。異世界に来ただけでは何者にもなれないと、思い知らされた日。

 やけっぱちになって戦場に出て、死にかけたことは忘れられない思い出だ。


 この世界に来てから今日この時まで、良いことよりも悪いことの方が間違いなく多い。

 それでも。


「………僕は、勇者になりたいんだ!!」


 そのために異世界にまで来たのだ。代理として虐げられる立場のままでは、死んでも死にきれない。

 たとえ敵がどれだけ強大であったとしても、絶対に諦めてたまるか。

 その想いが、太悟を立ち上がらせていた。


 ふうむ、とカピターンは顎を撫でながら呟く。


「オヌシより勇者の称号が相応しい者がいるとは思えんが……まあ良い、まこと誉れ高き敵であることよ!」


 水妖剣の切っ先が、真っ直ぐ太悟に向けられる。

 もうほとんど体力が残っていないから、どんな攻撃が来るにせよ、防御も回避も難しい。

 誰かもう一人、一緒に戦ってくれる勇士がここにいたのなら。

 少しばかり太悟が弱気になった、その時。

 彼の頭上を、風とともに飛び越えてゆく影があった。


「………え?」


 太悟は目をしばたたかせた。

 もし、疲れによる幻覚でなければ、それは逃げたはずのファルケだった。

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