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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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デスオンザビーチ6

 

 この世界におけるすべての魔物は、《常闇の魔王》オスクロルドによって生み出される。

 もちろんカピターンも例外ではなく、生まれたその瞬間から《魔海将軍》の称号と能力を与えられていた。

 以来、《深淵公》アビシアスの指揮下で魔物たちを率い、海行く船を沈め、街を襲い、勇士たちと戦ってきた。


 人間と一言で言っても、様々な性質を持った者がいたことをカピターンは記憶している。

 勇士であれば、最期まで勇敢に戦い抜いた者もいれば、無様に命乞いをした者もいた。

 どちらも末路は同じだ。


 襲った街や村では、生贄を捧げられることもあった。

 自らの未来に怯えている幼い子供や若い女を突き出して、媚びた目線を送ってくる権力者。

 そんなにも捧げたいならばと、一人残らず首を刈ってやった。


 変わり種では、歌や踊りを通じて和睦をもたらそうという者たちもいた。

 街一番の踊り子や、岩ですらその声に聞き惚れるという吟遊詩人。

 芸の披露後に物知り顔で「分かり合える」と語ってくるのが面倒で、最近では目にした時点で殺すようにしている。


 カピターンに芸術は分からぬ。

 絵画は塗料が塗りたくられた板で、石像はただの石の塊だ。

 海の色など青かろうが赤かろうがどうでも良い。人の言う美しさなど何の価値も無い。


 唯一興味があるのは、強敵との戦いだ。

 魔物は戦うために存在する。そこらの有象無象を倒すのは、雑魚で十分用が足りる。

 上級の魔物であるカピターンの相手は、一騎当千の猛者、人中の竜でなければならないはずだ。

 それでこそ、自分の存在意義がある。それでこそ、魔王に与えられた仮初の魂が燃える。


 戦いに戦いを重ね、返り血に身を浸す日々。

 そんな中で、カピターンは希望の星を見つけた。

 《孤独の勇者》狩谷太悟を見つけた。


「グハ、グハハハハ!!」


「なんだよいきなり笑って……気持ち悪っ」


 堪えきれずにカピターンが笑声をもらすと、太悟が困惑の声を上げる。

 会話だけ聞けば平和であろう。しかし両者の間では、互いの武器が激しく衝突していた。


 斬撃に斬撃が合わせられる。

 あるいはかわされいなされ、斬り返される。

 少しずつ、少しずつ、命が削られてゆく。


 最高だ。

 カピターンはまた笑い出しそうになった。

 自分とこうした斬り合いができる者は、熟練の勇士にすらなかなかいない。

 このコーラルコーストで初めて太悟と出会い刃を交えたあの時、カピターンは胸のときめきを感じたのだ。


 勇士たちが殺されてゆくのを見ていられず、恐怖心に苛まれながらも立ち塞がってきた時の姿。

 生き残りを逃がしながら必死で立ち向かってきた太悟を殺しきれず、あまつさえ当時使っていた薙刀を折られたその瞬間、カピターンは確信した。


 この男こそ、自分の運命の相手であると。


 すでに何人もの勇士を殺したこと、武器が壊れたことを言い訳にして、その時は撤退した。

 次に戦場で会うまで生き延びてくれと、神ならぬ魔王に願った。

 そして今日、あの時よりもさらに強くなった狩谷太悟が自分の前に立っている。


 今この胸に感じている灼熱を、人間は愛と呼ぶのだろう。

 愛しているから殺したい。それが魔物の愛だ。

 カピターンは愛する太悟を殺したかった。


「見よ、海蛇乱舞!!」


 後ろに大きく跳んで、カピターンは刀身を鞭に変えた水妖剣を打ち振るった。

 嵐のように荒れ狂う水刃は、触れれば肉が裂け骨が断たれよう。鉄の鎧などは紙も同然。

 凡夫ならば何が起きたのかもわからぬまま、細切れの肉片と化すだろう。


 それを、太悟は踊るようにステップを踏んでかわし、なおかつ前進していた。

 いや正確に言えば、すべてを完全に避けているわけではない。

 致命傷となり得る重い一撃は回避して、他は恐れることなく装甲で受けている。

 装甲の薄い部分はその奥の肉まで斬れたが、すぐに再生されてしまう。


(儂の腕の動きで、鞭を見切っているのか。やってくれるのう!)


 当然、簡単なことではない。

 普通は直接的な脅威である鞭に意識が行くし、再生するにしても傷の痛みは無視できない。

 恐怖と苦痛に耐える術を、太悟は身に着けているのだ。

 それはただ強い武器を持っていたり、大火力の魔法を使えるというような単純な強さではない。

 魔物から見れば貧弱なる人間を、驚異的な戦士へと変える魂の強さだ。


 カピターンは、ますます太悟が愛おしくなった。


(勇者ども……連中が暮らしていたという国は、魔王様が言うには比較的平和な土地だそうだが)


 世界大戦とやらが終わってからは戦争もなく、魔物のような種族としての敵対者もいないという。

 そんな場所に、こんな男が眠っていたとは。

 自分の前に太悟を連れてきてくれた女神に、カピターンは本心からの感謝を捧げていた。


「笑ってる暇があんなら、さっさと死んでくれないかな!」


 鞭の連撃を掻い潜りながら距離を詰めてきた太悟が、カトリーナの柄を短く持って振り上げる。

 大上段からの斬り下ろし。威力はあろうが、予備動作が大き過ぎる。

 カピターンは一歩下がって、唸る刃をやり過ごした。ぎゅん、と大気が断ち切られる。


 太悟は斬撃の勢いを殺さずに体を捻り、そのまま回転。再度カトリーナの刃を自身の頭上へと運ぶ。

 間髪入れず、二度目の斬撃が繰り出された。

 十分な助走を得たそれは、一度目よりも遥かに強く速く、落雷のように振り落ちる。


 カピターンは、水妖剣の刀身を硬く鋭い刃に戻し、カトリーナを受けた。

 そのまま受け止めはせず、手首を返して下に流す。目標を失った旋刃が、勢いよく砂地に食い込む。


 そして、その反動によって、太悟は宙に跳び上がった。

 その状態から放たれた両足蹴り―――太悟の世界で言えばドロップキック―――を、カピターンはもろに顔面に喰らった。


「ぐおっ!」


 並みの魔物であれば、首がすっ飛んでいただろう。

 砲弾が直撃したかのような衝撃に、カピターンは何歩か後退した。

 顔の左側に受けていた傷から、装甲に小さなひび割れが走った。


 太悟の方はしっかりと着地し、猛然と斬りかかってくる。

 それを水妖剣で打ち払いつつ、カピターンはさらに後ろに下がり、大きく距離を開けた。

 攻めに攻めさせて消耗するのを待つという手段もあるが、そんな消極的な戦いはつまらない。


 こちらも手札を一枚、披露することにしよう。カピターンは水妖剣を正眼に構えた。

 それを見た太悟は、旋斧カトリーナの刃を、足元に思い切り叩きつける。


 すると、武器の効果であろうか。巻き起こった風はたちまち強く吹き荒れて、砂嵐と化して『ビーチ』を覆った。

 カピターンの残った目をして視界が塞がり、風の音が聴覚を引っ掻く。


「目くらましか……だが、無駄ぞ!」


 カピターンが放つは、袈裟懸けの斬撃。

 その軌跡のまま三日月を描く薄い水の刃が、音を凌ぐ速度で飛ぶ。

 秘剣・流れ水月。直進する水刃は『ビーチ』の端にそびえる岩山にぶつかり、そのまま反対側まで貫通する。

 技の余波が砂嵐をあっさりと消し飛ばし、カピターンは視界を取り戻した。


 そこには、体を二等分にされた太悟が――――いない。

 狩谷太悟がいない。


「むう」


 カピターンは唸った。

 砂嵐によって太悟を見失っていたのは、ほんの一瞬。

 魔法や術の気配もなく、それでどこに消えられるというのか。

 不意に背後から聞こえてきた旋刃の回転音が、その答えだった。

 振り返った時にはもう、太悟は横にしたカトリーナの刃を、勢い良く突き出してきていた。


 砂嵐に身を隠した太悟は、カトリーナの旋刃を車輪として高速移動し、カピターンの後ろに回っていたのだ。

 刃が回転する音は、風音に飲み込まれて消えていた。


 カピターンは反射的に左手を前に出した。そこらの鈍らならそれで十分だ。

 だが、旋斧カトリーナは竜から生まれた武器だ。

 接触の瞬間、人差し指から小指にかけてが宙に舞った。

 それに留まらず刃は進み、とうとうカピターンの首に触れる。


「うおおおっ」


 高速回転するカトリーナの旋刃が、少しずつカピターンの首に食い込んでゆく。

 指や腕ならいくら飛んでも大事にはならないが、頭と胴が離れては、いくら魔物でも生きてはいられない。

 死など恐れはしない。ただ、素材である瘴気に戻るだけの話だ。

 だが、この楽しい時間をすぐに終わらせるのは、あまりにももったいない。


 カピターンは水妖剣の刀身を伸ばし、鋭く刺突。

 太悟の腹に、水の刃を埋めた。

 装甲を破り、筋肉を貫いて、臓腑にまで達した手応えがあった。

 半透明の刀身が赤く濡れる。


「ぐっ」


 短く苦鳴を漏らし、太悟の体がびくんと跳ねた。

 カピターンの知る限り、普通の人間は腹を刺されると、痛みで動けなくなる。

 さらに放っておけば、そのまま死に至る。

 そこらの民間人でもほとんどの勇士でも、それは変わらない。


 故に――――動けなくなるどころか、カトリーナを支えてる腕に更なる力を込める太悟は、普通ではないのだろう。


「んぎぃいいいいいいいぃっっっ!!」


 兜の中で、太悟が獣のように吠える。

 痛みを堪え、己を鼓舞し、一直線に敵の命を狙う。

 その闘志は、大柄とは言えないその体の、一体どこから生まれるのか。

 胡桃のようにぶち割って、中身を探れば見つかるのか。


 かたや首、かたや腹を抉り合う死闘。

 楽しくて、楽し過ぎて、高揚感が天井を知らず突き抜けてゆく。


「もっと、もっとだ!」


 めきめきと音を立てて、カピターンの背中から蟹の爪と足が生える。

 巨鯨殺しの欠点は、割と大きめな予備動作が必要なことだ。

 確実に当てたいなら、先程のように動きを止めなければならない。

 今回は、臓腑に埋めた切っ先に返しを生やそうと思ったが、その前に太悟が転がるようにして後退する。

 カピターンを殺し切る前に殺されるだろうという判断をしたようだ。

 巨鯨殺しは、何も殺さず空を打った。


 穴の開いた箇所を押さえる手、その指の隙間からは血が溢れ、足元の砂を赤く染めていた。

 もしかすれば、腹圧で内臓まで出ているかもしれない。


「あと、もうちょいだったんだけどなあ。クソが………っ」


 そう吐き捨てれば、その間に治療は終わったらしい。

 太悟が両手でカトリーナを握り直す。血の跡が残る腹部に、傷はもうなかった。

 ならば、まだ戦えるだろう。この楽しい時間を、終わりにはしないだろう。

 今までのような斬り合いも良い。だがここで、スパイスを一つまみ加えてみることにしよう。


 笑うと、三分の一ほど切れた首が少しガタついた。




 ###




 ポーションの瓶を、また一本空にする。

 腰のポーチが少しずつ軽くなってゆく。


(これで、今夜も血尿決定だ。ゲロも吐くだろうな)


 狂刀リップマンの魔法により、塞がった腹の傷に疼痛を感じながら、太悟は暗澹たる気持ちになった。

 初めて赤い尿が出た時の感想は筆舌に尽くしがたい。今はもう慣れたが、それでもいい気分にしてくれるものではない。


 とはいえそうしたことで悩むのは、ここから生き延びてからするべきだろう。

 問題は今夜どころか、十分後も生きていられる可能性が限りなく低いことだ。


 未だに助けが来る気配はない。むしろ、向こうが助けを求めている状況かもしれない。

 ダンとプリスタは生きているか、ファルケは無事逃げのびているか。

 色々と考え事が頭を過るが、太悟に人を心配している余裕などなかった。


(ヤバいぞ。もう少しで、一気に限界が来る)


 太悟がマスクや顔を覆う兜を好むのは、表情から内心を探られないためだ。

 今の自分は、さぞ心細い顔をしていることだろう。


 リップマンの魔法は傷を塞ぎ、欠損すらも癒してくれる。

 だが消費した体力、出血によって体外に流れ出た血は戻らない。

 その内、立つことすらできないほど疲弊して動けなくなる。

 そうなればもう終わりだ。


 短期決戦が望ましく、太悟は必死で攻めているが、《魔海将軍》の名は伊達ではない。

 あの手この手も効果が覿面なのは一度目のみで、二度目からは対応されるだろう。

 動けなくなって殺される前に、相打ち覚悟で大技を仕掛けてみるべきか。


 思考を巡らせる太悟の前で、カピターンが特大蟹の爪セットを背中に収納する。

 敵の次なる動きに備えて身構える太悟。しかし、カピターンは武器を構え直すこともせず、海を背にして素立ちの体勢。

 一見して無防備であるが、ここで隙ありと斬りかかるのは生存本能のない間抜けだけだろう。


「………礼を言うぞ、カリヤダイゴ。ここまで楽しい戦いをしたのは、生まれて初めてかもしれぬ」


 そんなことを言い出したカピターンに、太悟は「はん」と鼻を鳴らした。


「お礼ついでに、死ぬか消えるかしてくれない?」


「それはできんなあ。せっかくの機会なのだ、最後まで楽しみたい」


 結局、どちらかが死ぬまで戦わなければならないようだ。

 太悟は嘆息し、さらに警戒を強めた。

 カピターンに撤退するつもりがないのなら、この後に起こるのは、太悟の寿命を縮めるための何かだ。


「オヌシほどの戦士を討ち取るには、儂も用意してきたすべてを出さねばならんようだ。海底魔人は市街地に行かせておるから―――こいつをな」


 カピターンの背後で、轟音とともに巨大な水柱が上がった。

 もしそこに船があったならば、転覆するか最悪真っ二つに引き裂かれていただろう。

 舞い上がった海水は、すぐに重力に引かれて地上に降り注ぐ。

 塩辛い雨に打たれながらも、太悟は瞼を閉じることができなかった。


 水柱を作ったのは………新たに出現した魔物だった。

 暗灰色をした、鯨の魔物。

 無論、ただの鯨ではない。ところどころに金属板や機械のような物が肉に縫い付けられており、背部には砲塔まで備わっている。

 頭部からは、主砲と思わしき長大な砲身が角のように伸び、陽光に当たって黒々と輝いていた。

 本来胸鰭があるべき個所には太く短い脚が生えていて、それを使って体の前半分を『ビーチ』に乗り上げている。


 そして、当然のように巨大だった。

 高層ビルにも匹敵するタワーオブグリードよりは小さいが、それでも砂浜が狭く感じる程度には大きい。

 すぐ傍に立っているカピターンが子供のおもちゃに見えるサイズ比だ。


「言ったであろう、とっておきを連れてきているとな。こいつは戦艦クジラ。魔王様が新たに創造された魔物よ」


 魔物の頭を撫でながら、カピターンがご丁寧に説明をしてくれる。

 太悟は、マジかよ、と力無く返すしかなかった。

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