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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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20/119

勇士たちは戦っている!


コーラルコーストという戦場の大部分を構成する廃市街。

かつては市民の憩いの場であった公園でも、激しい戦闘が繰り広げられていた。


「ぎゃああっ」


「離せ……ぐあっ!」


遠い昔には、人々を夏の日差しから守ったであろう、規則的に並べられた常緑樹。

その下ではスケイルマンが鉤爪を振りかざし、勇士たちに深い傷を負わせていた。

胸を鎧ごと斬られた剣士が倒れ伏す。突き出した槍をかわされ、掴まれた槍使いはそのまま肩を食い千切られた。


「う、穿て雷槍!」


残った女魔法使いは、雷の精精を喚起し電撃を放った。

青白い閃光は、スケイルマンの鱗の表面を僅かに焦がして終わった。

ギギギ、と半魚人の魔物は嘲笑するように鳴き、女魔法使いににじり寄る。


「くっ……!」


それは女魔法使いが放てる最速の術であり、弱い魔物であれば即死させる程度の威力があった。

先にやられた二人も彼女も、これまで多くの戦場を乗り越え、ベテランの立場に片足を踏み入れている。

コーラルコーストへの出撃、それも大規模襲撃時にというのは初めてだったが、大活躍とは言わずともうまくやれる自信があった。


だが、その自信が仇となったか。

スケイルマン一体に、三人は全滅させられようとしていた。


「ぜ、全知司りしサピエルの名のもと、轟く翼の者に力を乞う………」


のろのろと後退し、杖をかざしながら、女魔法使いは呟いた。

多くの場合、強い術の行使には、正式な詠唱が必要だ。

しかしそれも前衛による守護があってこそで、詠唱に集中している魔法使いほど、魔物にとって容易い者はいない。

上位の術者には、詠唱しながらの攻撃や回避、特殊な道具や使い魔に守らせる者もいるが、女魔法使いは良くも悪くも普通の使い手だった。


敵を睨みながらも、女魔法使いの瞳には恐怖の色があった。

間に合わない。歴戦の勇士としての勘が、そう告げていた。


「ギギィッ!」


スケイルマンが飛びかかる。鋭い鉤爪は、女魔法使いの喉を裂くだろうか。

しかし、どちらも自分の戦いに集中し、聞こえていなかった。

物凄い勢いで近づいてくる、地響きのような足音を。

《太陽騎士》ダン・ブライトの足音を。


「――――太陽の鉄槌を受けるがよい!!」


左手には、太陽を模した大盾。

右手には、巨大な燭台を思わせる形状をした戦槌、聖火槌ブレイブトーチ。

ダンは右手の得物を振り下ろし、スケイルマンを文字通り粉々にした。

泥人形に上から岩を叩きつけたら、このような結果になるだろうか。

剣を防ぎ魔法を通さないスケイルマンも、ダンにとっては泥人形の如きものでしかない。


「大丈夫か、娘よ!」


「え、ひゃ、はいっ」


ダンに問われて、女魔法使いの声が上ずったのは、緊張によるものだった。

ほんの一秒前までの命の危機と、雲の上の存在であり密かに憧れていた勇士との対面が、奇妙に混ざり合っている。

ダンは頷き、続いて倒れている剣士と槍使いに目を向けた。


「うむ、まだ息はあるようだな! 運が良い! 出でよ、活力の灯よ!」


ダンが持つブレイブトーチの頭部が炎に包まれる。そこから小さな火が二つ飛び出し、剣士と槍使いの胸に落ちた。

一足早い火葬かと、女魔法使いが目を剥く。

しかし、火はそれ以上燃え広がることなく、池に投げ込まれた小石のように、体内に吸い込まれてゆく。

気付けばそれぞれが負っていた酷い傷は何事もなかったかのように消失していて、破れた衣服やこびりついた血だけが痕跡として残っていた。


活力の灯は、聖火槌ブレイブトーチに秘められた魔法の一つ。傷を癒し、心身に力を呼び戻す。

他者はもちろん使い手にも効果があるため、ダンを打ち破るのは簡単なことではない。


「これでもう大丈夫だ! 勇敢なのはすばらしいことだが、己の命も大切にな!」


倒れていた二人が立ち上がり、女魔法使いが駆け寄っていく。


「ああ、よかった……!」


「心配をかけてすまん。ありがとう、《太陽騎士》殿。おかげで命拾いした」


礼を述べる剣士に、ダンは呵々大笑で答える。


「気にするな! 助け合わなければ人間は生きてはいけんのだ! それより、一度基地に戻った方がいいぞ! まだまだ荒れそうだからな!」


公園の奥から、耳障りな鳴き声が津波のように押し寄せてくる。

四人の視線が一斉に声の方へ向く。木々の間をすり抜けて走ってくる、何十体ものスケイルマンが彼らの瞳に映った。

他の勇士たちも奮戦しているが、あまりにも魔物の数が多いのだ。

三人組は青い顔をしてその場から脱出し、ダンは迎え撃つ構え。


「さあ、来るがいい! ダン・ブライトは逃げも隠れもせんぞ!」


戦槌を振り回せば、豪風とともにスケイルマンが粉砕される。

盾もまた守るためだけの物ではなく、面で殴りつけて魔物を紙細工のように吹っ飛ばす。

雑魚が何体集おうが、陥落させられるものではない。


「どうしたどうした! この首が欲しい者はおらんか! 太陽に背きし闇の眷属ども、根性を見せてみろ!」


その時、悲鳴が上がる。

勇士たちを巻貝の槍で蹴散らし、ダンに向かって突撃してくるラグーンナイト。


突き出された水流を纏う槍を、ダンは盾を使って逸らし、穂先を外側に逃がした。

入れ替わりに振り下ろされるブレイブトーチ。が、甲羅の盾に防がれる。

魔法によって反発力が生じるが、ダンは力ずくで押し返し、逆にラグーンナイトを後退させた。


それから、人間の騎士と魔物の騎士は数合打ち合った。

余人には立ち入ることのできぬ、激しい戦い。

だが、やがて終わりが訪れる。

ダンは獣のように姿勢を低くして突っ込み、ラグーンナイトの盾の淵を、下から自分の盾で撥ね飛ばした。

宙を舞う、甲羅の盾。焦りラグーンナイトは槍を繰り出そうとしたが、ダンの方が早かった。

燃える戦槌が、ラグーンナイトの頭を兜ごと打ち砕く。


「よく戦った!」


魔物だろうと人間だろうと、力を尽くして戦った者にダンは敬意を払う。

ラグーンナイトが瘴気に還っても、戦いが終わったわけではない。

今度は、轟音と木々が倒れる重々しい音が響く。


あちこちから砲身が生えた、巨大な貝殻。

それを支えるのは、青銅色の甲殻を持つヤドカリ。シャロウキャノンだ。

その大きさは象ほどもあり、極めて危険な魔物である。


周囲の勇士たちが魔法や矢を放つが、その進行は止められない。

殻の砲身から発射される砲弾が、そこら中に穴を空ける。

近くに寄っても生半可な剣技では傷もつけられず、鋏で逆襲される。


歩く城塞のような堅牢さと火力。

そんなシャロウキャノンに、ダンは光線が如く一直線に突っ込んでゆく。


「狙うなら、まず俺を狙え!」


そう叫びながら近付いてくる敵に、シャロウキャノンは砲撃を浴びせる。

ダンはかわさない。そして止まらない。

砲弾は盾で弾き飛ばし、接近。伸びてきた鋏は、ブレイブトーチの一振りで砕かれた。

《太陽騎士》は、兜の下で雄叫びを上げる。敵に牙を突き立てる、雄獅子の咆哮。


ダンは大地を蹴り、跳躍した。全身鎧を纏っているとは思えぬ身軽さは、主に本人の鍛錬によるものだ。

シャロウキャノンの黒い目は、太陽を背にした勇士の姿を捉えていた。

そして、自分が背負っている貝殻に、戦槌によって大きな穴を空けられるところも。

大小の破片が宙を舞い、瘴気となって消えてゆく。


シャロウキャノンの頭部に着地したダン。

ブレイブトーチを貝殻の中に埋めたまま、力と威をもって声を張る。


「イラプション!!」


その瞬間。シャロウキャノンが内側から爆発した。

より正確に言えば、ブレイブトーチの頭部に灯った炎が、急激に膨れ上がって爆炎と化したのだ。

これまでの魔物と同じように、歩く城塞は粉々になって消滅した。

瘴気の幕を払い、ダンは周囲の勇士たちに見えるように、ブレイブトーチを高々と掲げた。


「敵は多く、手ごわい! だが、我々は女神に選ばれし勇士! 負けるものではないぞ!」


ダンの声に、勇士たちは雄叫びで応じた。傷ついた体、折れそうになる心に力が戻る。

倒しても倒しても湧いてくる魔物たちに、ダンは誰よりも先に立ち向かってゆく。

その姿を見て、勇士たちは戦意を燃やす。


《太陽騎士》ダン・ブライトは、まさしく太陽のような男なのだ。

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