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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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私を海(戦場)に連れてって 純情編

 少ししてから、太悟は飴を口の中でころころさせながら地上に戻った。

 アレクサンドラは他の仕事があるためテントの中に引っ込んでしまったので、残った第十三支部と第六支部の四人で膝を交えて話し合っていた。


「いや、すまんすまん。他の者が、お主を見たと話しているのを聞いてな。そうして探したら本当にいたものだから、俺は嬉しくてついやってしまったのだ! ワハハハ!」


 腰に左手を当てて豪快に笑うダン。右手では、目の前にいる太悟の頭をガシガシと撫でている。


「私も空から探したのよ。ダンに先を越されるとは思わなかったけれど……次は絶対に私が先に見つけるわ」


 ダンを横目で睨みながら、プリスタが平坦な声で言う。左手で太悟の頭をわしわしと撫でながら。

 太悟はキレた。


「二人がかりで僕の頭を撫でるのはやめろ! 削れて身長が縮んだらどうする! 責任取れんのか!」


「お主の頭はちょうど撫でやすい位置にあるのだ」


「チビって言いたいのかテメー! 戦争だっ」


 怒れる太悟のローキックを、ダンはガハハと大笑しながら大木のように太い足で受けていた。

 《太陽騎士》ダン・ブライトは、陽気で人懐っこく、物怖じしない性格である。


 知り合ってからというものの、何を気に入ったのかダンは太悟と出会う度に一気に距離を詰めてきて、一方的に心を開いてくる。社交的な人間とは言い難い太悟は、正直そのことを面倒に感じているのだが、同時に好ましくも思っていた。

 この世界に来てから感じられなくなった……友情や、愛情というものを、ダンは太悟に思い出させてくれるのだ。

 とはいえ、それらに甘えるつもりは、太悟にはまったくないのだが。


 一方。プリスタはようやくファルケに興味を示し、ずいと顔を寄せる。


「あなたが、太悟の勇士?」


「え、あ、はい!」


「ふーん……」


 値踏みするような目に、ファルケは背筋を正して応じた。

 少女の立ち振る舞いから体つき、服や持ち物まで、すべてが鋭い視線で貫かれている。

 目の色も、先程まで太悟に向けていたものとはまるで違う。懐疑、不審、温かな要素は欠片もなかった。

 冷や汗がファルケの頬を伝って地面に落ちる。

 これまで戦場で戦ったことがある魔物や、先程のミミックも含めても、ファルケは今のプリスタよりも怖い相手と対峙したことはなかった。


「……まあ、いいわ。太悟のことを助けてあげてね」


 永遠すらも短く感じる沈黙の後、プリスタが口を開く。

 ファルケはこくこくと頷くことしかできなかった。

 プリスタの彼女に対する態度は、依然冷徹なまま何も変化していない。

 太悟とダンは少し離れたところで追いかけっこを始めたので、援軍は期待できそうになかった。


「あ、あのっ! プ、プリスタさんは、太悟くんとはどれくらい仲良しなんですか?」


 自分の神殿の者ではないが、太悟のことを気にかけている勇士がいる。

 そのことを嬉しく思いながら、ファルケは質問を投げた。純粋に興味があるし、無言で二人きりでは居た堪れない。


「あの子は、風を操る竜に襲われてた私の故郷を救ってくれたの。それから何度も任務で一緒になって、助けたり、助けられたりしたわ。

 私たちくらいになると背中を任せられる人は限られてくるけど、太悟がいると安心して戦えるのよ。あの子が戦う姿を見たことはある? 命を燃やして全力でぶち当たるような戦い方は、とてもハラハラするけれど、とてもキレイなの。ずーっと見ていたいくらいだわ」


 まるで準備していたかのように、プリスタが饒舌に語る。

 立て板に水を流すよりもすらすらと、物理的な圧力すら感じる迫力で。


「どれくらい仲良しかって? ………彼が私のことをどう思っているかはわからないけれど、少なくとも私は、彼を傷つける奴を許しはしないわ。魔物であれ……何であれ、ね」


 プリスタの青い翼がゆっくりと広がってゆく。それは、剣士が鞘から刀身を引き抜いている様を、ファルケに連想させた。

 実際、用途は空を飛ぶだけではないのだろう。

 青空の色をした羽根の一枚一枚に、金属的な光沢が宿っている。ぎらりと鋭く輝いて、見ているだけで目が切られてしまいそうだ。

 プリスタは真っ直ぐにファルケを見つめていた。



 ――――お前の魂に、罪はないのか?



 そう囁く声は、少女の内側から発せられたものだ。

 罪が背筋を這い回る感触がする。込み上げる吐き気を、どうにか堪える。

 ファルケは固唾を飲み、震える自分の手をぎゅっと握り固めた。


「あたしは……あたし、だって。太悟くんのこと、守ってあげたい……!」


 それが、ファルケが今ここに立っている理由だ。

 その思いを胸にして、ファルケは戦う決意をしたのだ。

 プリスタの方が太悟との付き合いが長いとしても、気持ちで負けるつもりはない。

 そうして、二人の勇士はしばらく見つめ合って……あるいは睨み合っていた。

 太悟が声をかけてくるまで。


「ファルケ、そろそろ配置につくよ」


「……うん、今行く!」


 ファルケはぱっと駆け出して、太悟の傍に寄った。


「我々も行くか、プリスタ。太悟よ、健闘を祈るぞ!」


「ダンこそ、こんなところでうっかり死なないでよね」


 毎回の恒例らしい、気安い挨拶を交わしたあと、太悟とファルケは基地を後にした。




 勇者と勇士、二人の背中を見送ってから、ダンは彼にしては珍しく小さな声でプリスタに語り掛けた。


「それで、どうだった」


「あのファルケって娘、いい子ではあるのかもしれないけれど……弱いわ。ここに来られるレベルじゃないわね」


 むう、とダンが唸る。


「やはりか。俺も、何の冗談かと思ったがな。太悟のこと、何か事情があるのだろう……」


「その事情を私は知りたいわ。どうして太悟が今まで一人で出撃していたのか、他の勇士たちは何をしているのかをね」


 プリスタの目が、鋭く光る。

 つまるところ、本来神殿にいる勇者が戦場に出ていて、本来戦場に居なければならない勇士が影も形がないのか、だ。


 《常闇の魔王》オスクロルドの力によって、この世界のものには魔物を倒すことができない。

 だから女神は、次元を越えて異世界から人間を呼んだ。この世界に属さないために、魔物を傷つけることができる人間を。

 しかし、彼らは戦う力を持たない。ほとんどの者は、剣術や格闘術など触れたこともなかった。

 そこで女神は、異世界の人間を勇者とし、『この世界に属さない』という要素を、この世界の戦士たちが得られるという加護を与えた。


 勇者を一種のパワーソースとして、魔物を倒す力を得た勇士団が戦う。

 それが、正しい神殿のあり方だ。


「俺は太悟を尊敬している。武器を持たず生きてきた子供が、今やそこらの勇士とは比べものにならん戦果を挙げているのだからな。だが、本来はその必要はないはずなのだ。勇士がいるのならばな」


「あの子に聞いても、はぐらかされてしまうものね……」


 ダンとプリスタは、揃って嘆息した。


 実のところ、自ら戦場に行くと言い出す勇者は、そこそこの数いる。

 大抵の場合、勇者としての素質を持つ異世界の人間は、若い男女だ。

 ゲームや漫画、小説などで、剣と魔法の世界に憧れている者は多い。

 学校の運動部に入っていたり、または特に根拠のなく、自分の力や可能性に自信を持っている若者が、周囲の反対を振り切ってファーストプレインに向かう。


 そして、すぐに気付くのだ。

 もっとも弱いゼリーボールを相手にしてさえ、自分は満足に戦えないのだと。


 賢い者は、そこで諦める。

 そうでない者、どうにかゼリーボールを倒せた者も、上には上がいることを痛みをもって思い知らされる。

 女神の誘いに乗って自ら望んでやってきた世界ではあるが、だからといって命を賭けてまで戦う理由もない。何より、戦う力と理由がある勇士たちがいるのだから。


 神殿でのんびりとしつつ、多少の雑事をこなし、美しい男女に勇者と慕われる生活が肯定されるのなら、誰が望んで戦場に出るだろうか。

 ダンとプリスタが所属している神殿の勇者も、自身が魔物と直面することなど考えもしていない。


「第十三支部……あまり目立つようなところではなかったが、俺の知る限り、勇士はちゃんといたはずだぞ。筆頭はたしか、マリカという女の剣士だったか」


「教会に聞いてみても、こっちには関係ないことだ、の一点張りよ。切り刻んでやりたい。………あのファルケって娘に、むりやり吐かせた方がよかったかしら」


「それはやりすぎというものだ、プリスタ。我々はあくまで部外者なのだ。第十三支部に何か問題があるとしても、こちらが勝手に解決しようと動くのは、太悟の面目を潰すことになりかねん」


「………」


 プリスタが口をへの字にして押し黙る。わかってはいるが、納得はしていないという意思表示だ。

 そんな相方に苦笑しながら、ダンは鎧に包まれた自らの胸を叩いた。


「我々は、我々のできることをしていこうではないか。いつか、太悟が我々を頼ってきてもいいようにな」


「……そうね。今日はとりあえず、魔物どもを八つ裂きにしましょう」


「その意気だ!」


 ダンがガハハと笑い声を上げる。

 しかし、もし―――彼が第十三支部の真実を知ったならば、その笑みは消えていただろう。


 太悟が乞われて勇者代理となったにも関わらず迫害されていて、勇士たちは出撃もせずに享楽を貪っていると知ったならば。

 《太陽騎士》ダン・ブライトは誰が止めようとも神殿に乗り込んで、烈火のごとき怒りとともに勇士たちの頭を叩き潰していたに違いない。

 それはもちろん罪に問われることだが、自分の正義に生きるダンにとっては些細なことであった。


 太悟の我慢によって、今日も第十三支部の平和は保たれている。

 それがどれだけ歪んだものであったとしても。

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― 新着の感想 ―
守りたいとか寝言はいらないから今すぐこの人たちへ現状を告発してもらいたいものですね。
[一言] 全く守れてなくて草
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