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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
≪孤独の勇者≫

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13/119

新・私を海(戦場)に連れてって

 アレクサンドラと熱い握手を交わして満足した太悟は、仕事の話をすることにした。

 あちこちから興味深げな視線が飛んできており、さっさとこの場を離れたくて体がうずうずしている。


「それで、僕らの配置なんですけど」


「あ……そうでしたね。稼ぎやすいところは、既に埋まってしまっていますが……」


 アレクサンドラが持っていた地図を広げた。

 大勢の勇士たちが好き勝手に暴れては、守りの隙は大きくなるし、同士討ちの危険もある。

 そのため、責任者が神殿ごとに担当する地区を振り分けているのだ。


 大抵は早い者勝ちで、人気のある地区はすぐに取られてしまう。

 このコーラルコーストで言えば、魔物が這い出して来る水辺は、危険は大きいがとにかく稼げて人気だ。

 次点では、遮蔽物や隠れる場所に富んで、程よく魔物と戦える市街地。廃墟をうまく利用できれば、うまく稼げる。


 もちろん、どちらも生き残れればの話だ。

 勇士が死んでも戦った分の報酬は支払われるが、一つしかない命より高くはないだろう。


「ど、どこでもがんばるよ!」


 ファルケが力いっぱいに言う。明らかに、肩に力が入り過ぎていた。

 言葉ほどにやる気があったとして、戦いはそれだけでどうにかなるものでもない。

 太悟がいくら想像力を働かせても、ファルケがコーラルコーストでの激しい戦闘の後で生きていられるとは思えなかった。


 彼女自身、それがわかっているのだろう。

 目に映る微かな恐怖心は、ファルケがただの呑気者でないことを示していた。


「じゃあ、僕らは『ビーチ』の方でお願いします」


 太悟の選択に、アレクサンドラが驚いた顔をする。


「あそこは……もちろん構いませんが、良いのですか? 大して稼げる場所ではありませんよ」


「大丈夫です。今日は、まあ、新人も連れてますから。ほどほどに、がんばろうかと」


 一人会話の内容が理解できないファルケが、太悟の耳元に口を寄せて囁いてきた。


「えっと、『ビーチ』ってなに?」


「街外れにある場所で……ん、行けば分かる」


 太悟も小声で返す。秘密にするわけではないが、言った通り行けば分かるものをいちいち説明するのは面倒だ。

 太悟の方が慣れている以上、初心のファルケには、とりあえずただ従ってもらうつもりだった。本人もそれで文句は無いらしく、わかった、と頷いて太悟の後ろに控える。


「ここにあんな新米連れてくるなんて……」


「余裕だ……」


「《孤独の勇者》余裕だな……」


「《孤独の勇者》パイセンマジぱねぇ……」


 やはりうるさく騒ぐ外野を、太悟は無視した。

 もはや褒められているのか貶されているのかよくわからない。

 この場でしなくてはならない話を終わらせるべく、太悟はアレクサンドラに目配せをした。

 察しがよく慈悲深い《剣の女王》は頷き、足下にあった木箱から幾つかの小瓶を取り出して、太悟に渡した。


「誰も希望者がいなければ、うちから人手を出すことになっていましたから、ありがたいことです。こちらが狼煙になります」


「ありがとうございます。ほら、ファルケも一個持ってて」


 中に赤い薬液が入った小瓶を、さらに太悟がファルケに手渡す。

 使い方としてはスモークポーションと同じで、瓶が割れると中の薬液が煙になるというものだ。

 スモークポーションと違うのは、細く長く、赤い煙が立ち昇るという部分だろう。

 自分たちの手に負えない強力な魔物が出現した場合、これを使って危険を知らせ、救援を求めるのだ。

 火を焚く本物の狼煙とは違うが、用途としては似ているためそう呼ばれている。


「作戦行動中は、マジックタブレットで通信もできるんだけどね」


 狼煙の瓶を腰のポーチに仕舞いながら、太悟は言った。

 ファルケもマントの内側のポケットに瓶を捻じ込んでいる。


「そうなんだ。あれ、じゃあこの狼煙はどうして配られるの?」


「強い魔物がいる時は、マジックタブレットが使えないことがあるからね。それに、狼煙ならとにかく瓶を割れればいいんだから、腕がなくなってても足で踏んだりできるじゃん?」


「な、なるほどね!」


 自分がそうなった時の姿を想像したらしく、ファルケが引き攣った笑みを浮かべる。

 脅しでもなんでもなく普通にあり得ることなので、太悟としては彼女にも十分覚悟しておいて欲しいところだ。


「さて、ここでの用も済んだし、はやく移動しよう」


「もう行くの?」


「うん。実は、さっきからちょっと嫌な予感がしてるんだ。面倒な知り合いが、ここに来ているような……」


 太悟が目を細め、用心深く辺りを見回していた、その時。

 爆撃のように激しい足音が、遠方から太悟の鼓膜をぶっ叩いた。

 暑くも無いのに、ぶわ、と汗が噴き出る。

 足音

 が轟く方から、勇士たちの困惑の声が飛んでくる。


「なんだ!? 走ってくるあいつは何者だ!?」


「《太陽騎士》だ!」


「《太陽騎士》ダン!」


 その名前を聞いて、太悟は慌てて振り返った。

 基地内を歩いていた勇士たちは足を止め、道の端に寄っていた。

 そのど真ん中を、埃を舞い上げて全力疾走する人影がある。


 頭のてっぺんから爪先まで、二メートルはあるだろうか。横にも広く幅も分厚く、正しく巨漢と言える体格だ。

 全身を覆うは、真紅の鎧。肩に刻まれた太陽の紋章は、魔を打ち払う正義の証。

 第六支部の英雄、《太陽騎士》ダン・ブライトが、全力で走ってくる。




 ………太悟に向かって、一直線に。




「ワッハハハ! 太悟、俺の小さな太陽よ! 久しぶりだな!」


「うわああああああああああ」


 逃げる間もなく接近されて、太悟はあえなく太い腕に捕獲された。

 脇の下を掴まれ、猫のように軽々と持ち上げられる。


「太悟くーん!!」


 反射的にファルケが手を伸ばすが、ただでさえ二メートルもあるダンの身長によって届かない。

 アレクサンドラは「なんだこれ」という目をしていた。

 太悟は、もう『たかいたかい』で浮遊感を楽しむ年齢ではなかったが、ダンはそこからさらにその場で横回転し始めた。

 さながら赤い竜巻だ。当然太悟も一緒に回転する。


「ぐあああああああああああああああああああ」


「元気だったか! 俺はこの通り元気だぞ! 昨日も今日もな!」


 何が楽しいのか、ダンの声は常に弾んでいたし、兜の下から「ワハハ」と笑声が漏れていた。

 一方、楽しくない太悟は必死で叫んだ。


「ファルケーーーーー! 射れ! こいつを……射るんだ!」


「射っていいの!?」


「いいんだ! 鎧の隙間から首を狙え!」


「ダメでしょ!?」


 そんな風にわいわいやっていると、太悟の体はさらに上昇した。

 ただし、もう回転はしていないし、脇を掴んでいるのはダンの手ではない。

 回る視界の中、太悟は背中側から自分を支える細い腕を見た。


「ダン……太悟を子ども扱いして遊んじゃダメって言ったわよね?」


 凛とした声に振り返ると、切れ長の目と出会う。

 少し長めの青髪を後ろで纏めたその女性は、実に扇情的な恰好をしていた。

 身に帯びるのは、黒いレオタードのような薄い衣装と、極めて丈の短いホットパンツ。

 唯一、両足には彼女の武器であるごつい脚甲をつけていたが、それ以外の衣服は、細身で均整の取れた肢体をほとんど隠していない。


 そうした格好の理由は、彼女の背中にあった。

 陽光を受けて光る、青い翼に。


「でも、私も会えてうれしいって思ってるのよ。ダンと同じくらいにはね」


 背中の翼と、魔法による風の操作によって空中での動きを自在とする。余計な飾りや服は邪魔になるだけだ。

 鳥人族に生まれ、今は戦場の空を支配する勇士、《渡り鳥》プリスタ。

 ダンと同様に第六支部所属で、どちらも太悟とは以前から面識がある。


「プリスタ……ありがとう。下ろして」


「もう少し一緒に飛んでいたいの。飴食べる?」


「ここで!?」


 太悟は地面が恋しくなっていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんか少し安心しました。味方いて良かった。少し泣いた。
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