新・私を海(戦場)に連れてって
アレクサンドラと熱い握手を交わして満足した太悟は、仕事の話をすることにした。
あちこちから興味深げな視線が飛んできており、さっさとこの場を離れたくて体がうずうずしている。
「それで、僕らの配置なんですけど」
「あ……そうでしたね。稼ぎやすいところは、既に埋まってしまっていますが……」
アレクサンドラが持っていた地図を広げた。
大勢の勇士たちが好き勝手に暴れては、守りの隙は大きくなるし、同士討ちの危険もある。
そのため、責任者が神殿ごとに担当する地区を振り分けているのだ。
大抵は早い者勝ちで、人気のある地区はすぐに取られてしまう。
このコーラルコーストで言えば、魔物が這い出して来る水辺は、危険は大きいがとにかく稼げて人気だ。
次点では、遮蔽物や隠れる場所に富んで、程よく魔物と戦える市街地。廃墟をうまく利用できれば、うまく稼げる。
もちろん、どちらも生き残れればの話だ。
勇士が死んでも戦った分の報酬は支払われるが、一つしかない命より高くはないだろう。
「ど、どこでもがんばるよ!」
ファルケが力いっぱいに言う。明らかに、肩に力が入り過ぎていた。
言葉ほどにやる気があったとして、戦いはそれだけでどうにかなるものでもない。
太悟がいくら想像力を働かせても、ファルケがコーラルコーストでの激しい戦闘の後で生きていられるとは思えなかった。
彼女自身、それがわかっているのだろう。
目に映る微かな恐怖心は、ファルケがただの呑気者でないことを示していた。
「じゃあ、僕らは『ビーチ』の方でお願いします」
太悟の選択に、アレクサンドラが驚いた顔をする。
「あそこは……もちろん構いませんが、良いのですか? 大して稼げる場所ではありませんよ」
「大丈夫です。今日は、まあ、新人も連れてますから。ほどほどに、がんばろうかと」
一人会話の内容が理解できないファルケが、太悟の耳元に口を寄せて囁いてきた。
「えっと、『ビーチ』ってなに?」
「街外れにある場所で……ん、行けば分かる」
太悟も小声で返す。秘密にするわけではないが、言った通り行けば分かるものをいちいち説明するのは面倒だ。
太悟の方が慣れている以上、初心のファルケには、とりあえずただ従ってもらうつもりだった。本人もそれで文句は無いらしく、わかった、と頷いて太悟の後ろに控える。
「ここにあんな新米連れてくるなんて……」
「余裕だ……」
「《孤独の勇者》余裕だな……」
「《孤独の勇者》パイセンマジぱねぇ……」
やはりうるさく騒ぐ外野を、太悟は無視した。
もはや褒められているのか貶されているのかよくわからない。
この場でしなくてはならない話を終わらせるべく、太悟はアレクサンドラに目配せをした。
察しがよく慈悲深い《剣の女王》は頷き、足下にあった木箱から幾つかの小瓶を取り出して、太悟に渡した。
「誰も希望者がいなければ、うちから人手を出すことになっていましたから、ありがたいことです。こちらが狼煙になります」
「ありがとうございます。ほら、ファルケも一個持ってて」
中に赤い薬液が入った小瓶を、さらに太悟がファルケに手渡す。
使い方としてはスモークポーションと同じで、瓶が割れると中の薬液が煙になるというものだ。
スモークポーションと違うのは、細く長く、赤い煙が立ち昇るという部分だろう。
自分たちの手に負えない強力な魔物が出現した場合、これを使って危険を知らせ、救援を求めるのだ。
火を焚く本物の狼煙とは違うが、用途としては似ているためそう呼ばれている。
「作戦行動中は、マジックタブレットで通信もできるんだけどね」
狼煙の瓶を腰のポーチに仕舞いながら、太悟は言った。
ファルケもマントの内側のポケットに瓶を捻じ込んでいる。
「そうなんだ。あれ、じゃあこの狼煙はどうして配られるの?」
「強い魔物がいる時は、マジックタブレットが使えないことがあるからね。それに、狼煙ならとにかく瓶を割れればいいんだから、腕がなくなってても足で踏んだりできるじゃん?」
「な、なるほどね!」
自分がそうなった時の姿を想像したらしく、ファルケが引き攣った笑みを浮かべる。
脅しでもなんでもなく普通にあり得ることなので、太悟としては彼女にも十分覚悟しておいて欲しいところだ。
「さて、ここでの用も済んだし、はやく移動しよう」
「もう行くの?」
「うん。実は、さっきからちょっと嫌な予感がしてるんだ。面倒な知り合いが、ここに来ているような……」
太悟が目を細め、用心深く辺りを見回していた、その時。
爆撃のように激しい足音が、遠方から太悟の鼓膜をぶっ叩いた。
暑くも無いのに、ぶわ、と汗が噴き出る。
足音
が轟く方から、勇士たちの困惑の声が飛んでくる。
「なんだ!? 走ってくるあいつは何者だ!?」
「《太陽騎士》だ!」
「《太陽騎士》ダン!」
その名前を聞いて、太悟は慌てて振り返った。
基地内を歩いていた勇士たちは足を止め、道の端に寄っていた。
そのど真ん中を、埃を舞い上げて全力疾走する人影がある。
頭のてっぺんから爪先まで、二メートルはあるだろうか。横にも広く幅も分厚く、正しく巨漢と言える体格だ。
全身を覆うは、真紅の鎧。肩に刻まれた太陽の紋章は、魔を打ち払う正義の証。
第六支部の英雄、《太陽騎士》ダン・ブライトが、全力で走ってくる。
………太悟に向かって、一直線に。
「ワッハハハ! 太悟、俺の小さな太陽よ! 久しぶりだな!」
「うわああああああああああ」
逃げる間もなく接近されて、太悟はあえなく太い腕に捕獲された。
脇の下を掴まれ、猫のように軽々と持ち上げられる。
「太悟くーん!!」
反射的にファルケが手を伸ばすが、ただでさえ二メートルもあるダンの身長によって届かない。
アレクサンドラは「なんだこれ」という目をしていた。
太悟は、もう『たかいたかい』で浮遊感を楽しむ年齢ではなかったが、ダンはそこからさらにその場で横回転し始めた。
さながら赤い竜巻だ。当然太悟も一緒に回転する。
「ぐあああああああああああああああああああ」
「元気だったか! 俺はこの通り元気だぞ! 昨日も今日もな!」
何が楽しいのか、ダンの声は常に弾んでいたし、兜の下から「ワハハ」と笑声が漏れていた。
一方、楽しくない太悟は必死で叫んだ。
「ファルケーーーーー! 射れ! こいつを……射るんだ!」
「射っていいの!?」
「いいんだ! 鎧の隙間から首を狙え!」
「ダメでしょ!?」
そんな風にわいわいやっていると、太悟の体はさらに上昇した。
ただし、もう回転はしていないし、脇を掴んでいるのはダンの手ではない。
回る視界の中、太悟は背中側から自分を支える細い腕を見た。
「ダン……太悟を子ども扱いして遊んじゃダメって言ったわよね?」
凛とした声に振り返ると、切れ長の目と出会う。
少し長めの青髪を後ろで纏めたその女性は、実に扇情的な恰好をしていた。
身に帯びるのは、黒いレオタードのような薄い衣装と、極めて丈の短いホットパンツ。
唯一、両足には彼女の武器であるごつい脚甲をつけていたが、それ以外の衣服は、細身で均整の取れた肢体をほとんど隠していない。
そうした格好の理由は、彼女の背中にあった。
陽光を受けて光る、青い翼に。
「でも、私も会えてうれしいって思ってるのよ。ダンと同じくらいにはね」
背中の翼と、魔法による風の操作によって空中での動きを自在とする。余計な飾りや服は邪魔になるだけだ。
鳥人族に生まれ、今は戦場の空を支配する勇士、《渡り鳥》プリスタ。
ダンと同様に第六支部所属で、どちらも太悟とは以前から面識がある。
「プリスタ……ありがとう。下ろして」
「もう少し一緒に飛んでいたいの。飴食べる?」
「ここで!?」
太悟は地面が恋しくなっていた。




