つらら城の花嫁 21
迫り来る雪の狼たち。
それを、太悟が鎖で薙ぎ払う。
横一閃を潜り抜け、あるいは飛び越えた数頭も、
「甘いっ!!」
ダンの即席棍棒によってすみやかに打ち砕かれた。
雪の破片が飛び散り、次々と雪原に戻ってゆく。
「ヒヘヘヘッ! がんばるなぁ! だが、おかわりはいくらでもあるんだぜ!!」
そう言って、スノーガルーが一声吼える。
応じるように、新たな狼たちが雪の中から立ち上がった。
太悟は腕に鎖を巻き付け、噛み付いてきた一頭を殴りながら舌打ちした。
たしかにこれはキリがない。
樹に縛られていた時のように一方的ではないにしろ、依然として不利ではあるのだ。
防具を着ていないから些細な攻撃でも出血を招き、いつもの武器を持っていないから数の差をひっくり返す火力が出せない。
ここらで、秘めたる力が目覚めたことによるビームか何かが出ればよかったのだが、今のところは無理そうだった。
「ダン! なんかすごい技とか持ってない!? こいつら一撃で吹っ飛ばせるようなの!」
「うむ! 俺のクロスハートアタックならばこやつらまとめて一網打尽!!」
「おおっ」
「太陽が出ていなければ使えないがな!!」
「じゃあ何で言った???」
太悟は目を剥いた。
見上げる空は、灰色の雲が隙間なく広がり、まるで蓋をされているかのようだ。
太陽光など望めはしない。
ぬか喜びはさせないでほしい、こんな状況で。
「ふふふ……案ずるな。奥の手がある!」
不適に笑うダン。
太悟はちょっとイラッとした。
「無駄に溜めるなよ! 奥の手ってどんな!?」
鎖を振り回し、狼たちを追い払う。
当然、金属は冷たく、握る手から体温を奪ってゆく。
今は戦いの高揚が体を動かしているが、それも永遠には続かない。
何かあるならさっさと披露して欲しい。
「我がブライト家に先祖代々伝わる秘技、日の出の舞を見せる時が来た!」
「日の出の舞」
「正しく舞えば、曇天を貫き陽光が差す! 太悟、俺に時間をくれ!」
ダンが自信に満ちた表情で言う。
この赤毛のゴリラと舞という行為が脳内で水と油のように反発しあったため、太悟は想像の出力に苦しんだ。他の男が言い出したなら、戯言をほざくなこの野郎と殴り倒していたところだ。
しかし、ダンはふざけるタイプの人間ではない。
言動が大仰過ぎて、結果的にそう見えることがあるとしてもだ。
「……わかった。そっちは仕事に集中してくれ!」
目の前には、白い狼の群れ。その奥で嗤う人狼。
太悟は一歩前に出る。
他に手もないのだ、ここはダンを信じて踏ん張るしかない。
「うむ、任せろ太悟! すぐに太陽を見せてやるからな!」
そう言って、ダンがよいしょと丸太の上に乗るのを見てから、太悟は駆け出した。
もう振り返らない。
力の限り、一匹たりとも友の元に行かせるつもりはなかった。
「ハァーッ。オトモサ・オワヌルプ・イーコイコイ……」
やっぱりちょっと振り返りたくなった。
# # #
凍てつく衣裳部屋に並ぶ、煌びやかなドレスの数々。
そのような状況ではないとわかってはいたが、衝撃が過ぎた後、ファルケは目を輝かさずにはいられなかった。
「……綺麗……」
「ハッ! まったく、卑しい小娘だね。さっさと選んでおしまい」
背後に控えているチルウィッチが毒づく。
が、ファルケはまるで気に留めなかった。いちいち魔物の言うことを気にしていられない。
フリルがいっぱいのドレス。
ふわふわな生地のドレス。
大胆に肩や腹が露出するドレス。
どれも素敵で、まるで夢の中にいるかのようだった。
それらが人間たちからの略奪品である事実は、この際置いておくことにする。
(こういうドレス、村じゃお祝いの時とかじゃないと着ないもんね)
脳裏に過るのは、ずっと昔の光景。従姉の結婚式だ。
男勝りの女戦士だった年上の女性が、夫になる男性の隣で、華やかなドレス姿で微笑んでいる。
幼いファルケは普段は食べられない宴の料理を堪能しつつ、いつか自分もああいうのを着るのかなと、漠然と考えていた。
大人に近付くにつれて、より具体的な想像になってゆく。
ドレスを着た自分。そして、その隣に立つのは―――ファルケは首をぶんぶん横に振った。
(す、少なくともドラクスリートじゃ絶対ないもん!!)
じゃあ誰が良いのかという思考は、胸の奥に秘めておいて。
少し頭が冷えたので、今後のことを考える。
直近の目標としては、つらら城の脱出。できれば、その過程でプリスタを助けたい。
だが、そのためにはチルウィッチの監視を振り切る必要があった。
ちらりと後ろを見てみると、魔女はドアの前で腕を組み、苛立たしそうな顔で突っ立っている。
見張ってはいるが、警戒はしていない、といった気配があった。
武器も防具もない小娘などどうにでもできる。そんな風に考えているのだろう。
(よーし、それなら……)
ファルケは、手当たり次第にドレスを掴んだ。
「あー、これもいいなあ。こっちもかわいい!」
後ろで「馬鹿だね。そんなに取ってどうするんだい」と嘲笑が飛んでくる。
狙い通りだった。ならば、計画を進めるまで。
右手で取って左手で抱え、山と積まれてゆく布の山。
そして、頃合いを見て―――ファルケは、大仰に転んだ。




