表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/119

つらら城の花嫁 17

 

 狩谷 太悟は、歩いていた。

 そこが何処かはわからなかったし、疑問にも思っていなかった。

 ただ、そうなっているから、そうしている。それだけだった。


 ぼんやりとした思考を抱えたまま、ただただ歩き続けていると。

 ふと、正面に見慣れた背中があることに気付く。緑の外套と、焦げ茶色の髪。


(ああ、ファルケだ)


 大切な仲間で、大事な相方。そうだ、今日もまた、共に戦場を駆けるのだ。

 そう思って、太悟が手を伸ばした、その時。


 彼女を包み込む、大きな腕があった。男の腕だった。

 誰とも知れない――何故か顔がわからない――男が、ファルケを抱き寄せたのだ。

 太悟の心臓が、大きく跳ねる。


 太悟の知らない男に、ファルケは身を預けている。

 そのことが、ひどく不快だった。


(ファルケ!!)


 太悟は声を上げた。少なくとも自分ではそのつもりだった。

 男の顔はやはり見えないが、何故か嘲笑っているように感じられた。

 そして、男の腕に抱かれたファルケも、また。


 くすくす。


 くすくす。


 くすくす。


 腕の中で、男に身を預けたままのファルケが、目を細めて笑っている。

 その艶冶な唇の三日月には、きっと侮蔑と嫌悪が込められている。


 愕然とする太悟を置いて、抱き合った二人が遠ざかってゆく。

 太悟は懸命に手を伸ばした。走ろうとした。


 たった一人―――昔のように―――になった勇者代理は、ただ喚くしかできなかった。


「ファルケ!!」


 そして、目を覚ます。開いた瞼の中に飛び込んできたのは、目が痛むほどの白。

 同時に肌を突き刺す、冷えた空気。今しがた見てた夢と相まって、状況がわからず脳が混乱する。


「寒っ!? ………ここは」


 白い息を吐き出しながら、太悟は辺りを見渡した。

 空を陰鬱に彩る、暗灰色の雲。その下、厚く雪の降り積もった大地。


 何処とも知れない雪原のど真ん中に、インナーとブーツだけを纏って、太悟は立っていた。

 より正確に言えば、立位を取る他になかった。


 上を見上げれば、枝葉の屋根―――太い針葉樹の幹に、鎖で縛りつけられているからだ。

 肩のあたりから腰までしっかりと拘束され、身を捩っても耳障りな金属音がするだけだった。

 何故こんな、と思うと同時に、蘇る記憶。


(そうだ。ドラクスリート……!!)


 太悟は奥歯を噛み締めた。

 武装していなかったとはいえ、何もできず叩きのめされた屈辱。

 ファルケを花嫁などと呼ぶ、意味不明な言動。

 生かしておく論理的な理由が一切見つからない。必ず報いを受けさせる、と太悟は決意した。


(もちろん、スルロフもだ)


 あの男が、ドラクスリートと通じていたのは確定的だ。少なくとも、茶に薬を入れている。

 何時から魔物に魂を売り、どこまでのことに関与しているのか。

 太悟が憤怒を込めて用意している「質問攻め」は、スルロフにとっては楽しくない時間になるだろう。


「む……う……」


 と。右隣から聞こえてきた声に、太悟は首を捻じり向けた。

 声で予想はついていたが、そこにはやはり《太陽騎士》ダンがいた。もちろん、武装は元宿屋に置いたままで、太悟と同じインナー姿だが。

 とはいえ、こんな状況で一人でないのは素晴らしい。


「ダン! 起きろ、ダン!」


「うーん……これ以上は腹に収まりかねる……」


「寝ぼけてんじゃないよ! はやく起きないと凍死するぞ!」


 太悟が怒鳴ると、ダンはようやく瞼を開いた。

 まだ薬の影響が残っているのかぼんやりしていたが、自身の置かれた状況を理解して覚醒する。


「ここは……そうか……くっ、スルロフめ」


 ダンもまた、ウォーピック使いの裏切りを悟ったらしい。額に血管が浮かぶ。当然のことだが、優しく懐の広いダンも怒る時は怒る。

 ましてや同胞である勇士の裏切りなど、万死に値するといったところだ。


「ファルケとプリスタが心配だ。さっさとここから抜け出して……」


 太悟は身を揺すったが、鎖が緩む気配はない。

しかし、ここには太陽とゴリラの化身であるダンがいるのだ。彼にも手伝ってもらえば、いずれは解けるに違いない。

 時間がそれを許せばの話だが。


「ヒヘヘヘヘ。やっと起きたなあ」


 果たして、時間は許してはくれなかったようだった。

 雪を束ねたかのような白い毛皮と、深紅の目を持つ人狼、スノーガルーが姿を現した。

 あるいは、ずっと目の前にいたのかもしれない。ちょっと横になるだけで、容易く雪原に溶け込むことができるだろう。


「出やがったな毛皮野郎! お前か、こんなことしたのは!」


 太悟は足を振り回して威嚇した。魔物とは殺し殺されるだけの関係なので、常に攻めの姿勢でいたい。

 そうして振り下ろした足が、ぱきりと何かを折る。

 枯れ枝でも踏んだか。太悟は足元に目をやった。


 枝葉に雪が遮られ、土がむき出しになった地面。そこに、細く湾曲した棒のようなものがある。

 汚れてはいるが、元は白いようだ。有機的で、しかし植物ではない、それは。


「おいおい、ひでえことするなあ。自分の先輩によぉ」


 スノーガルーが哂う。太悟が動かした足に、また別の物が当たる。

 棒と同じ色合いで、しかしこちらは丸っこく、穴が開いている。かつては眼球がはまっていたであろう、暗い穴が。


「人の、骨……!?」


 太悟は呻いた。

 一人や二人分ではない。無数の人骨が、まるで石畳のように足元に敷き詰められていた。

 犯人は明らかだ。太悟は怒りを込めて、スノーガルーを睨みつけた。


「ヒヘ。ドラクスリート様が、男はいらねえって言うからなぁ。オイラがありがたく頂戴したってわけさ」


 べろり。スノーガルーが自身の口元を舐める。

 とは、今太悟たちが置かれているこの状況は、今日が初めてではないということだ。

 今まで、ブランマスに送られた勇士たち。その中の、「彼ら」がここにいるのだ。

 物言わぬ、乾いた骸となって。


「貴様、今までどれだけの勇士たちを手にかけた!!」


 ダンが吠えれば、スノーガルーは大袈裟に肩を竦める。


「さあてなぁ? 少なくとも、これから二人増える予定だぜ」


 嗤う魔物の背後から、白い狼たちが顔を出す。

 どいつも牙を剥き、唸り、獲物を引き裂く準備ができていた。


「がんばって抵抗してくれよなぁ。お楽しみの時間は、長い方が良い……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ