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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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つらら城の花嫁 15

 花嫁。


 その言葉の意味を考える前に、太悟はティーカップをドラクスリートの顔面目がけて投げつけていた。相手が何であれ、仲間の前で怯んで弱気を見せるわけにはいかない。


 もう温くなってきた茶が入っただけの薄い陶器に威力など元より期待してはいなかったが、しかし当たりすらしなかった。

 空中に展開された魔方陣型の障壁に阻まれ、あえなく砕け散ったのだ。


「私の薬で眠っていればいいものを。お前、ドラクスリート様に無礼を働くのは許さないわよ」


 宙に手を差し伸べた姿勢で、そう太悟を睨みつけてくるのは、ドラクスリートとともに現れた、もう一体。

 如何にも、魔女と言った風体の魔物だった。三角帽子の下の美貌は、氷のように冷たい。


(術を使う奴もいるのかよ)


 太悟は奥歯を噛んだ。武器すら無しに、知性ある魔物たちと戦うのはあまりにも自殺行為だ。

 だが、装備は二階に置いてきてしまっている。武装解除のきっかけである温泉も、そのための布石だったのだろう。

 太悟は覚悟を決めて叫んだ。


「……みんな、武器を取りに行ってくれ!」


 そして、項垂れているスルロフの傍を通り、ドラクスリートに飛び蹴りを放つ。

 無謀ではあるが、すでに絶体絶命の危機なのだ。こうなれば、少しでも時間稼ぎを―――できるだけ死なないように―――するしかない。

 地球にいた頃ならともかく、今の太悟は装備無しでも普通の樹なら蹴り倒せる。

 だが。靴底が魔物の顔面に届く前に、ひょいと足首を捕まれる。


「スノーガルーにくれてやるゆえ、今殺しはせんが……」


 皮膚、肉を越えて骨にまで刺さるような冷気に呻く間も無く、太悟は床に叩き付けられた。


「死なぬ程度に痛めつけぬ道理もあるまい」


 浮いた体に、追撃を食らわせてくるドラクスリートの足。腹を蹴られた勢いそのままに、太悟は部屋の反対側まですっとび、壁に激突した。


「かは……っ!!」


 本人が言った通り、手加減はされているのだろう。壁材が割れた木片を纏って床に転がった太悟は、体のどこも欠損していなかった。

 それは痛くはないという意味では無いが、まだ立ち上がることもできる。


「太悟! おの、れっ!?」


 駆け寄ろうとしてくれたのか、それとも頼んだ通りに武器を取りに行こうとしてくれたのか。駆け出そうとしていたらしいダンが、ぐらりと膝をつく。


「ダン!? どうし……く、ぅ」


 異変はプリスタにも起こる。目元を抑え、その場にへたり込む青い翼の女戦士。


「なに、この、眠気……」


 そしてファルケも、テーブルに手を突いてようやく立っている。

 太悟は歯噛みした。三人とも、僅かにでも豆茶を飲んでしまったのだ。

 連中の口ぶりから、今ここで毒殺するつもりは無いようだったが、結局疑問は晴れない。人間を殺す以外に、魔物たちに何の目的があるのだ?


「だいご、く………」


 ひどくふらつき、それでも何かをしようとしてくれているファルケの膝が折れる。あわや、倒れそうになる彼女の体を支えたのは、太悟ではなかった。


「おお……愛しの花嫁よ。ようやく俺のところに帰って来たのだな」


 この世界にあり得ない光景があるとしたら、それは魔物が人助けをする姿だろう。

 少なくとも太悟は、初めて見た。魔物───何時の間にか移動していたドラクスリートが、人間───意識を失ったファルケを抱き止めているなど。

 種族を越えた慈悲は感動的かもしれないが、そもそも一連の黒幕が連中であろうことを考えれば、マッチポンプもいいところである。

 何より、花嫁という言葉が気に入らない。それが誰を指しているかがわかったからだ。


「何を勝手に……嫁に貰おうとしてるんだ、人の仲間を……!」


 太悟は四肢に力を入れ、壁の穴から出ようとした。

 魔物の言葉を額面通り受け取るべきかはともかくとして、重要なのはファルケが目当てだということだ。

 控え目に言えば許せない。率直に言えば生かしてはおけない。

 勝ち目など考えもせず、再び飛びかかろうとした太悟の左肩を、氷の短剣が突き刺さる。


「あがっ!!」


 ドラクスリートが放ったそれは、貫通して太悟を昆虫標本のように壁に縫い付けた。

 今さらこの程度の痛みで止まる太悟ではないが、鍔の部分が邪魔で簡単には抜けそうにない。


「俺がなぜ、人間ごときの許可を必要とするのだ?」


 理解に苦しむ、と大袈裟に肩を竦めるドラクスリート。一方、魔女はまた別の動きをしていた。

 昏睡しているプリスタに近寄り、細い顎を持ち上げ、品定めするかのように視線を走らせる。


「ドラクスリート様、こやつは如何しましょう?」


「今となっては不要だが……まあ、せっかくだ。一応持ち帰っておくか」


 魔女がすいと人差し指を振る。何かしらの力が働き、ぐったりとしたプリスタの体が宙に浮かぶ。

 ファルケだけではなく、彼女までも。太悟は歯を食い縛り、右手で肩から短剣を引き抜こうとした。

 傷口が刺激され、叫びたくなるような激痛が走るが、無視する。


「まったく、スノーガルーにやる前に死にそうではないか……チルウィッチ」


 ドラクストリートが顎をしゃくると、魔女───チルウィッチが頷き、太悟の前に立つ。

 激怒した勇者代理が殴りかかったり掴みかかる前に、冷徹な魔女の瞳が妖しく輝いた。

 どろりとした眠気に意識を侵食されて、太悟は力無く呻く。


「もう二度と会うこともあるまい。せいぜい、奴に可愛がってもらえ」


 ドラクスリートがそう吐き捨てると同時に、太悟を取り巻く世界は深い闇の底に沈んでいった。

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