つらら城の花嫁 13
いろいろとあったものの、久方ぶりの湯を堪能した太悟は、ファルケと浴場の外で合流した。
火照った体に、今は雪国の空気がむしろ心地良い。溜まっていた澱のような物が流れ出ていったかのようだ。
「ふー……やっぱお風呂はいいなあ」
額に浮かぶ汗を拭いながら、太悟は言った。
その一方で、
「そうだね……」
と、返してくるファルケは、どうにも疲労困憊しているようだった。声に力がないし、ふらついている。
「どうしたのファルケ。のぼせた?」
「うん。ちょっと……」
苦笑いする相棒に、太悟は首を傾げた。思えば、先ほど一旦別れた(ダンとともに、外の風を浴びに行ったらしい)プリスタも息が荒かったような気がする。
湯上がりで良い香りのする二人に照れて、それどころではなかったのだが。
「きつかったら、早めに休んだ方がいいよ」
「だ、大丈夫。えっと、それより、あたしたちの部屋は二階だっけ?」
ファルケがあからさまな作り笑いで誤魔化そうとする。その奥に隠しているものが気にはなったが、太悟は詮索しないことにした。
親しき仲にも礼儀はあるし、根掘り葉掘りは趣味ではない。
色々考え事をしているらしいファルケを横目に、太悟は階段を上がった。
かつて宿屋だったこの建物は二階建てで、一階に食堂や浴場があり、二階が客室となっている。
スルロフの厚意により、太悟たちにはブランマスに居留するための部屋が与えられていた。
襲撃が連続したことは無いらしく、ひとまず装備を置いて休んだ方がいい、とも言われている。
太悟としては、慣れない土地で武装を解くのは気が引けたが、ファルケがこの調子ならその通りにするべきかもしれない。
二階に上がると、廊下に出た。左右には規則正しく扉が並んでおり、それらのどれかが太悟たちに割り当てられている。
「さーて。僕らの番号は、と」
預かっている鍵と、扉に書かれた番号を見ながら、相当する部屋を探す。その過程で、太悟は気付いた。
「……ん?」
「どうしたの?」
同じく部屋を探していたファルケに、太悟は二つの部屋を指で指し示す。
隣り合ったそれらの扉の横には、明らかに後付けの名札が下げられていた。
リザンと、クリマル。その二人が、それぞれの部屋の主らしい。
長方形に整えた木片に名を刻み込まれた札は、どう見ても素人の手作りであるが、決して粗末な物ではない。
太悟は眉間に皺を寄せ、ううんと唸った。どちらの名前もスルロフの口からは出なかったし、この建物で自分たち以外の人間は見かけていない。
中に人の気配は感じられず、空き部屋としか思えなかった。
あっ、とファルケが声を上げる。
「もしかして、スルロフさんの仲間の人たち……とか?」
以前、スルロフとともにつらら城に乗り込んだという勇士たち。詳細については聞かなかったが、なるほどそのようにも考えられる。
この街に常駐していたのなら、太悟たちと同じように部屋を与えられていてもおかしくはない。
(助かったのは、彼だけって言ってたけど)
戦場で命を分かち合う仲間は特別な存在だ。少なくとも、もういないからとすぐに部屋を片付けられるような仲ではなかったのだろう。
例えば、もし。
仲間が、ファルケが失われた時、自分だったらどうするか───どうなって、しまうのか。
途端に腹の底から這い上がってる吐き気を、太悟はどうにか抑えた。思考が後ろ向きになるのは、なかなか直りそうもない。
「……何にしても、他人の部屋だ。はやく荷物置いて、スルロフさんのとこに行こう」
「ん、そうだね」
直後、二階に上がって来たダンとプリスタと合流し、四人は身軽な格好で食堂に向かった。
そこで待っていたスルロフは、既に酒瓶一本を飲み干していて、また最初の赤ら顔に戻っていた。
「やあ、今回は本当にありがとう! 聞きしに勝る活躍だったよ!」
そう言って二本目を開けるスルロフを横目に、太悟は席に着いた。テーブルには、既に焦豆茶が注がれたカップが、人数分置かれている。
「さて、聞きたいことはたくさんあるだろうけど、何から話したものかな」
太悟がまず知りたいのは、魔物たちがファルケを攻撃しなかった理由だ。それを訪ねようとして、しかしスルロフに先を越される。
「どの道、長話になりそうだ。風呂上がりだし、喉も乾いてるだろう? まずはお茶を飲むといい!」
たしかに、風呂で汗を流した後の上に空気も乾燥していて、水分を欲していた。少し喉を潤すくらいは、時間の無駄にはならないだろう。
太悟はカップを口許に運び、中身を啜って───即座に、それを床に吐き捨てた。




