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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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つらら城の花嫁 9

 激しく回転するカトリーナの旋刃が、アイシュタインの首を撥ね飛ばさんとした、その時。

 自分の手足に噛み付いた白い塊に、太悟は目を見開いた。


「なんだ……狼!?」


 牙が鎧を貫くことはないが、身動きが取れない。体毛どころか目もすべてが白い獣たちを振り払うため、太悟は身を揺すった。

 ぐずぐずしていると、アイシュタインが復活してしまう。その前に……という太悟の努力は報われなかった。

 横合いから突っ込んできた人狼の魔物が、彼を蹴り飛ばしたからだ。


「ぐっ!!」


 アイシュタインの背中から文字通り蹴り落とされた太悟は、ごろり転がって雪を掻き、すぐに立ち上がった。

 偉そうに腕を組み、こちらを見下ろしてくる真紅の目。


「ヒヘヘ! こっぴどくやられたなあ、おい」


「ウゥ……スノーガルー……」


 嗤う人狼に、背中の上から頭を蹴られ、アイシュタインが悔しそうに呻く。


「……ここにきて新手か」


 眉間に皴を寄せ、太悟はそう吐き捨てた。

 雪の狼はこの魔物が生み出したものなのだろうか。知能も高いようだし、見るからに機敏だ。

 それがアイシュタインと共闘したなら、なかなかに厄介だろう。

 人生、やはりそううまく事は進まないものだ―――いつものことだが。溜息をついて、太悟は旋斧カトリーナを構える。


「二人仲良く大人しくしてれば、優しく首を落としてやるぞ」


 それは強がり、挑発、そのどちらでもあった。

 ファルケの方は、相変わらず戦意を胸にしまいこんだらしいボーレアスたちに囲まれ、抜け出そうと苦労しているようだ。魔物を貫いて飛び出す緑や青の矢がその証拠だった。


「ファルケ、大丈夫か!?」


「こいつら、何もして来ないけど……通してもくれないよー!」


 太悟の呼び掛けに、即答する声。一秒でも早くファルケを助け出したいが、アイシュタインも片付けていない状況で新手から目を離すのは危険だ。

悩ましい二択が、焦燥を掻き立てる。冷静になれ、と自分に言い聞かせたところで焼石に水だった。

 不適な笑み(狼の表情などわからないので、恐らくだが)を浮かべる人狼と視線を交錯させていた太悟は、接近してくる新たな気配を感じた。


「スノーガルー!」


 ブーツの底で雪を踏み締めるその姿を見ていなければ、声を発したのがスルロフだと気付かなかっただろう。

 太悟の記憶にある、アルコールで弛緩した赤ら顔からは想像もできない形相で、ウォーピックを抱えた勇士が走ってくる。それを追うように、ダンとプリスタの姿もあった。

 幸運の女神も、たまには仕事をするらしい。太悟は兜の下で笑う。少なくとも、これで数の上では優位である。

 ファルケを不愉快な包囲網から助け出す余裕もあるだろう。もしもスノーガルーが、この人数差をひっくり返して皆殺しにする力を持っていなければの話だが。


「ヒヒ。お揃いのとこ悪いんだが、今回はこの辺にしとくぜ。そちらの新人さん方に、ちょっと挨拶だけするつもりだったしよ」


 たとえそうだったとしても、スノーガルーにそのつもりは無いようだった。

 大仰に肩を竦めたその立ち姿からは、戦意は感じられない。やはり、魔物としてはあり得ないことに。


「また後でなあ、勇士ども」


 そしてスノーガルーは、いつの間にか右手に握り混んでいた何かを、足元……つまりアイシュタインの背中に叩き付けた。

 瞬間、ぶわ、と広がる雪煙。真っ白な闇が、一瞬にして魔物たちの姿を覆い隠す。

 吹き付ける冷気に喉を刺され、太悟は咳き込んだ。


「逃がさん!!」


 鬼気迫る表情で、スルロフがウォーピックを投擲する。直後、雪煙の向こうから響く、硬い何かが貫かれる音。

 白い世界に色が戻った時、二体の魔物の姿は何処にもなく、建物の壁に突き刺さったウォーピックだけが残されていた。

 残念ながら、それが間に合ったようには見えない。


(本当に、逃げたのか……)


 太悟は顔をしかめた。

 高い知能を持った魔物が撤退を選ぶことはままある。しかし、それは戦闘が継続できないほどにダメージを負ったり、とても驚いた時などだ。

 腕や足を失ったアイシュタインはともかく、スノーガルーには余裕があった。最終的に退くにしても、人間たちに少しでも爪痕や噛み傷を残すために粘ることができただろう。

 喉にへばりつく違和感が、さらに膨れ上がるのを、太悟は感じていた。


「太悟くーん!」


 と、ファルケが手を振りながら駆け寄ってくる。スノーガルーとともに、あれだけいたボーレアスたちも消えたらしい。


「ごめん! あいつらに邪魔されちゃって……」


「僕も、助けられなくてごめん。無事で良かった」


 飛び込んできたファルケの体を受け止める。

 彼女の体に、少なくとも怪我などは見当たらない。本当に、ただ囲まれていただけのようだ。

 それは太悟を安心させたが、同時に、やはり大きな疑問だ。魔物たちがファルケに見せた不戦の姿勢は、一体なんなのか。


 太悟は、ファルケの背中を撫でながら、その肩越しにスルロフを見た。壁からウォーピックを引き抜く彼に、聞きたいことは山ほどある。

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