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勇者代理なんだけどもう仲間なんていらない  作者: ジガー
比翼連理

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つらら城の花嫁 6

 寒気を引き裂き、旋斧カトリーナの刃が唸る。

 防御か反撃か、繰り出された長剣を、その向こうにある鹿の頭骨ごと真っ二つにする。

 太悟の手に返ってくる感触は、枯れ木を斬った時のそれに近い。


 つまり、カトリーナを止めることはできないということだ。放つ横一閃が、ボーレアス四体を一度に斬り裂いた。

 運動により熱を帯びる体を、呼吸により取り込む寒気が冷やす。踏み締める雪は常に足を取ろうとし、立ち回りにいつも以上に気を遣う。


(ドライランドとは正反対だな)


 白い息を吐きながら、太悟はそんなことを思った。冷気を熱気、雪を砂に置き換えたらそのままだ。

 だからといって平気というわけではなく、この環境は少なからず彼の体に影響を与えている。

 もっとも、非の打ちどころがないほど完全に好調な状態で戦ったことなど無いので、今更である。固い床の上で寝るのは、現代人の体にはややきつい。


 背後から斬りかかってきたボーレアスの足を、太悟は振り向くことなくカトリーナの柄で払った。

 転倒する魔物の頭部を、上から飛んできた緑の矢が射貫く。

 屋根の上にいるファルケに、太悟は声を投げた。


「ファルケ、敵減ってる?」


「んー……まだそういう感じはしないかなあ」


 そうか、と太悟は寄せ手を蹴散らしながら考える。この街を襲っているボーレアスたちは、今現在真っ直ぐ自分たちに襲い掛かってきている。

 そこはいい。住民たちに危害が及ばないのなら、それが一番だ。


 しかし通常……魔物は余所見をする。上位者に統率されてなお、家に押し入り隠れている弱者を引きずり出そうとするものだ。

 そういった動きが、今回の襲撃では見られない。最初に何人か住民が襲われたくらいで、以降はずっとこちらへの攻撃を続けている。


 そこに、太悟はどうにも気持ち悪さを感じていた。敵側がこの戦いにどれだけ戦力を投入しているのかは知らないが、太悟とファルケで既に十数体を倒している。ダンやプリスタたちも同じくらいだろうか。

 それでも、全体が減っている様子は無いという。ならば、手隙が余計なことをしていないのは、あまりにも不自然だ。


(もちろん、僕らが見てないだけかもしれないけど)


 手の甲からスパイクを生やした裏拳で鹿の頭骨を砕き、太悟は思考する。

 毎回これだけの数の魔物が襲ってくるのか、だとしたら何故今までブランマスが壊滅しなかったのか、気に食わないことばかりだ。

 今すぐスルロフに問い質したいが、ボーレアスたちを放ってはおけない。


「太悟くん、あっちからいっぱい来る!」


 ファルケの声に目を動かせば、通りの向こうから大挙して押し寄せるボーレアスたち。まるで黒い波だ。


「なら、ご馳走で歓迎してやるか」


 太悟は腰のポーチから細長い瓶を三本引き抜き、投擲。

 それらは接近する魔物の目前で、設定されている機能通りに破裂。

 中に入っていた半透明の液体がまき散らされ、先頭のボーレアスたちの体に付着する。そして、瞬時に硬化した。

 グルーポーション。空気に触れると数秒で固まる薬液により、対象を拘束するポーションである。


 最前列にいた者たちは、その洗礼を直接的浴びたことで、手足を固められて転倒。後続の者たちも避けるのが間に合わず、仲間の体に躓いて倒れ込んでゆく。

 効果が持続するのは、およそ三分。もがいて抵抗されれば、もっと短くなる。

 当然、客をそんなに待たせるつもりは無い。


「ファルケ、仕上げお願い」


「まかせてっ」


 青い矢の雨が、固まって動けない魔物たちを一掃する。

 目の前で十数体分の瘴気が噴き上がるのを見ながら、太悟は眉間に皺を寄せていた。敵はこれを、何時まで続けるつもりなのか。


「うーん、決まった! 魔物、あんまり強くなくてよかったね!」


 上から聞こえてくるファルケの満足気な声に、太悟は「そうだね」とだけ答える。

 心中で、きっとそれでは終わらないだろうと思いながら。


 ###


 ブランマスを四角く囲む外壁。その上に、二体の魔物の姿があった。

 ツギハギだらけの巨漢アイシュタイン。その肩の上に乗っている、純白の獣スノーガルーだ。


「ひひひ、やってんなぁ。そろそろオイラたちも混ぜてもらおうぜ、デクの坊よぅ」


 スノーガルーにぺしぺしと頭を叩かれるアイシュタイン。

 反応は、鉄仮面の向こうからするくぐもった声だけだ。


「ウー……」


 二体の眼下で、繰り広げられる戦い。定期的に行われるこのイベントは、この地において数少ない娯楽だ。

 最後の一滴まで舐めとって味わわなければならない。


「まーったく、ボスのお遊びもいい加減にして欲しいぜ。人間なんぞ、喰って楽しむくらいしかねえだろうによ」


「ウ……チルウィッチ、キイタラ、オコル……」


「ひへ。姉ちゃんは忙しくて、こっちまで気ぃ回らねえさ」


 鋭い歯を見せて笑うスノーガルーが、アイシュタインの肩の上から降りる。

 べろりと赤い舌で口の周りを舐め、紅い目を三日月のように細めた。


「さーてと。いつもどおり、スルロフちゃんに挨拶でもすっか。デク、おめえは先に遊びに行ってていいぜ」


 頷いて、アイシュタインが外壁から飛び降りる。

 その巨体は、足の裏から降り積もった雪の中に埋まり、音も無く胴体が続き、あっという間に頭が見えなくなった。スノーガルーはその様を見届けると、両腕を広げ、大きく胸を張った。

 そして。


「オオーーーーン!!」


 長い口から放たれる、咆哮。


「オオオオオーーーーンッ!!」


 魔狼の遠吠えが、街中に広がって行く。

 変化はすぐに起こった。地面の上に積もり、動かない筈の雪が、もこりと膨らんだのだ。

 見る者がいれば、それが背中の部分だとわかっただろう。すぐに頭を、足を、尾を雪が象る。

 スノーガルーによく似た、四つ足の獣を。

 その現象は、遠吠えが届く範囲すべてで起こっていた。


「ぎひ、ひへひひひ、ひひひっ」


 仮初めの命を得た眷属たちが、群れをなして走り出す。それは、この混乱にさらなる色を追加することになるだろう。

 不気味な笑みに涎を添えながら、スノーガルーは戦いの渦の中に身を投じた。


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