31.お茶会?
先程アリーサと別れた場所に向かうユーミリアは、気分を上げようと今後について考えていた。
(クレメンス様は……彼は、アリーサ様とのエンドを迎えなさそうね。強くリリー様を想っている様ですもの……。……では、アリーサ様にはなんとしてもこの茶会を成功させてエルフリード様とのハッピーエンドを迎えて貰わなくてはなりませんわね。)
ユーミリアは自から感情を切り離し、ゲーム遂行へと信念を燃やす事に意識を飛ばしていた。
そんな早足な彼女の目に、先程の従者が映る。
(あら……、もうアリーサ様を送ったのかしら。早いわね。)
従者の元に辿り着いたユーミリアは、膝を折って彼に挨拶をした。
「また宜しくお願いします。」
だがそんな彼女を余所に、その従者は無表情で頷くと、踵を返して歩き始めたのだった。
(……なんか変ね。先程と違う人みたい。
? そんなはずないわよね。さっきも彼と喋らなかったじゃない。どうして違う人って感じちゃったのかしら。)
ユーミリアは従者の背中を見ながら、そんなことを考えていた。
彼女らが歩みを進めると、先に広がる廊下は華やかに飾られ始めた。要所要所に花がいけられ、可愛らしい天使の絵画も飾られている。
(あら。珍しい。誰の趣味かしら。)
ユーミリアは頬を緩めながら、そのメルヘンな世界に魅入った。しばらくすると、その廊下は終わりを告げ、彼女の目には青々とした庭園が広がる。
一歩庭に足を踏み入れると、一気に明るい光が彼女の視界を包みこんだ。先程はさほど気にならなかったが、廊下には一つも窓がなかったらしい。明暗の大きな差に、ユーミリアは目を思わず瞑ってしまう。
「では、私はこれで。」
そんな視界が不自由な彼女の後ろで、従者の声が響いた。
いつの間に彼のことを抜かしたのかしらと、ユーミリアは慌てて振り返るも、霞んだ目では従者の姿を確認することは出来なかった。
(……意外と素早いですのね。えっと……私はお庭で、どうしたらいいのかしら?)
ユーミリアは芝生が覆い茂る庭園で、一人、ポツンと佇む。
キャッキャッキャ
そんな途方に暮れるユーミリアの元に、楽しそうに笑う女性たちの声が聞こえた。
ユーミリアは足の赴くまま声のする方へと歩み寄る。
脇にそびえ立つ建物に沿って歩いたユーミリアは、途切れた壁から向こう側をそっと覗くのだった。
「あら、ユーミリア!」
だが目敏く見つけられたユーミリアは、声を掛けられびくりと体を引き攣らせる。
「王妃さま!」
自分の名前を呼んだ人物を確認したユーミリアは、驚きと共に声を張り上げた。そして、彼女は慌てて体を壁から全てさらけ出して姿勢を正す。
建物の角を曲がった場所では、続く庭で淑女が三人、テーブルを囲んでお茶をしていたのだ。もちろん、周りには数名の召使が傍に控えている。
「待ってたのよ。」
王妃が、優雅に微笑みながらユーミリアに声を掛けた。
「遅れて申し訳ありません。あの……陛下に、呼ばれて……。」
ユーミリアは後ろめたそうにボソボソと呟く。
「あの人に? まあ、あの人のことだから、あなたのお顔が見たいとか言ったのではないの?」
「え……あ、はい。」
王妃の言葉にユーミリアはなんとか同調した。
だが、王妃はそんな彼女の不自然な態度も全く気にも留めないようだ。
「これでも、長年つき添っていますからね。分かるのよ。」
と、王妃は自慢げに微笑むのだった。
(王妃さまを欺くなんて……。でも、他にどうしようもできないし……。)
ユーミリアの胸はざわついていた。
「おいで、ユーミリア。あなたもこちらへお座りなさい。」
無言で立ちつくすユーミリアに、王妃は優しく声をかける。
「……はい。……え?」
ユーミリアは驚いた。王妃と同じテーブルにアリーサがついていたのだ。アリーサは顔を赤らめながら、しきりにユーミリアを視線を送っていた。
ユーミリアは謝罪を込め、苦笑いをアリーサに向けた。
(ごめんなさい、アリーサ様。全く気付きませんでしたわ。
でも、良かったです。彼女に何もなくて。
でも、緊張しているのかしら。なんか必死なご様子……。それもそうよね、王妃さまのお隣だものね。)
ユーミリアはゆっくりとテーブルに向かう。
そしてその途中、彼女はテーブルに着くもう一人の淑女の顔を窺った。
自分らより幾分か歳を重ねていそうだが、まだまだ若々しく綺麗で、儚げで清楚な女性だった。
(私、この方を存じ上げないわ。どうしましょう……。)
戸惑うユーミリアだったが、王妃から紹介される様子が全くなかった。諦めた彼女はそのまま開いた席に腰を下ろす。
「アリーサちゃんってユーミリアのお友達だったのね。なら、安心ね。」
王妃が嬉しそうに声を弾ませた。
王妃の言葉にユーミリアは驚く。
(“ちゃん”!? ずいぶんと短い間に仲良くなりましたのね。)
聞き間違いではないのよねと、ユーミリアは王妃の顔をついまじまじと見てしまっていた。
「それにとてもこの子、物知りで頭の回転も早いのよ。あの人の側近よりも頼りになりそう。」
「まあ、王妃様ったら、恐れ多いですわ。」
そんな王妃の讃辞に、アリーサが嬉しそうに相槌を打つ。
隣では清楚な淑女がくすくすと笑っていた。
(なんか盛り上がってますわ。私が居なくても、大丈夫そうね。)
盛り上がりを見せる三人に、少し疎外感を感じたユーミリアは、心に隙間風を吹きぬかせる。
「息子があなたを呼んだ理由が分かったわ。これなら安心ね、サーシャ。」
王妃がアリーサに微笑むと、同じテーブルにいた女性に目配せをした。
(この綺麗な女性は、サーシャ様なのね。どちらの方かしら。)
サーシャと呼ばれた人物は優しそうに目を細め、王妃の言葉にゆっくりと頷く。
「っ!?」
周りの様子をじっくりと観察していたユーミリアだが、はたと気づいた。
(息子が呼んだ!? ……やはり、あの招待状はアリーサ様宛だったみたいですわね。
肝心の呼んだ張本人がここにはいませんが。でも、私が呼ばれてないのは間違いないようです……。)
ユーミリアは肩を落としそうになったが、どうやら門前払いも風景と化すことも免れたようだと、ユーミリアは目を輝かせる。
それから、ひとしきり女四人で、町の噂や大臣たちの噂で盛り上がった。
それも従者が王妃に耳打ちをしたことで、終わりを告げるも、ユーミリアだけが帰される事はなかった。
「それじゃあ、私はこれで失礼いたしますわ。サーシャ、アリーサ様にお庭を案内してあげなさい。
ユーミリアは私の所にいらっしゃい。見せたいものがあるの。」
と、王妃がユーミリアを誘ったのだ。
「王妃さま、あのお庭はなんですの?」
庭を後にしたユーミリアは、王妃の後ろに連れそって歩く。そんな王妃に、ユーミリアは初めて目にした廊下や庭の存在を疑問に思い、質問を投げかけたのだった。
今彼女らが歩いている廊下は、先程の人気のない廊下とは違い、騎士が等間隔に配備されていた。たまに、城で働く者とすれ違うこともある。
「ユーミリア。あなたは気にしなくていいのよ。」
そう突き放すように言う王妃は、前を向いたまま言葉を放つ。案に、これ以上何も聞いてはいけないとユーミリアに諭しているようでもある。
「……はい。」
ユーミリアは一歩下がると、口を慎んだ。
「母上!」
そんな無言の彼女らの元に、廊下の向こう側からの声が響く。
どうやらエルフリード殿下の様だ。足早に近づいて来た彼は、王妃の隣にユーミリアが居ることに気づき、少しだけ目を見開いた。
(呼んでない私が居たことに驚いたのかしら……。やっぱり目の当たりにすると傷付くわね。)
ユーミリアは気を落として俯く。
だがエルフリードはそんな彼女の態度を恥じらっていると勘違いしたのだろうか、彼はユーミリア体を舐めますように見ると、目をぎらりと光らせた。
「これはこれはまた、今日は一段と素晴らしいドレスを着ているのだね。」
と、彼は面白そうに声を弾ませながら彼女に声を掛ける。
グサっ
ユーミリアは傷ついた。
(なんか、笑われている様な気がするのですが。“呼んでもいないのに、夜会の恰好で来やがったよ。それでアリーサに勝てると思っているのか?”と言うような、エルフリード様の心内が聞こえる様な気がするのですが……。)
彼女は痛んだ胸を抑える。
「……エルフリード。そんな目で彼女を見ないで。あなたの娘はあのお庭に居ますわよ。」
王妃はユーミリアを庇うかのように息子の前に立ちはだかると、冷たく彼をあしらった。
「え……。」
「殿下。こちらに居ましたか。」
その時、マルコスがエルフリードの所に駆け足で走って来た。
「マルコス!?」
「探しましたよ。かの誓約書が新しく書きかえられたので、持参しました。ご確認ください。
……おや、王妃様にユーミリア嬢。失礼いたしました。」
マルコスは傍らに立つ王妃らに気づき、深く頭を下げる。
「……こちらへ来い。」
だが、そんな彼の腕ををエルフリードは頭も上がらぬ内に引っ張た。マルコスはなされるがまま何処かに連れられて行く。
その場に残された王妃とユーミリアは顔を合わせ、二人して肩を竦めた。
「あの子達、どうかしたのかしら。」
「……どうしたのでしょうね。」
二人は、彼らの去って行った方向を呆然と眺めるのだった。
「マルコス。どう言うことだ!!」
彼を自室に連れ込んだエルフリードは、マルコスを壁に叩きつけた。
「何がでしょうか。」
肩を痛めたであろうが、マルコスの顔には苦痛の表情はない。
エルフリードは彼を睨みつける。
「しらをきる気か。」
「ああ、手紙のことですか? 私はきちんと、ユーミリア嬢に手渡ししましたよ。内密、他言無用という言葉を添えて。
彼女に確認をとってもらっても大丈夫ですよ。嘘偽りはありません。
なのに、どうしてアリーサ嬢の手元に招待状があったのでしょうね。不思議でしたが、手順にのっとり、事を運ばせて頂きました。私は言付け通りに事を全うしたままです。
ああ、もしかして、ユーミリア嬢が手紙の意味を知ってアリーサ様に託したのでしょうか。
そんなに嫌だったのでしょうかねえ。」
マルコスは平然とした顔で、そんな事を主に言ってのけるのだった。




