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27.お茶会の前夜

 ユーミリアは自宅の広間で一人で寛いでいた。

 明日のお茶会に向け、彼女は“支度があるので”と寮に断りを入れ、実家に帰っていたのだ。

 彼女の両親は仕事が忙しいのか、家にはいなかった。元々帰る連絡はしていなかったので、今さら両親に連絡を取るのも彼女は憚られる。

 彼女は分かっていたのだ。両親なら仕事を途中で放棄してでも自分の為に帰って来てくれると。

 (周りの人に迷惑はかけられないわ。)

 ユーミリアは首を振る。


 「は――……。」


 ユーミリアは深くため息を吐いた。

 (でも、お母様に相談したかったわ……。)

 この一週間、ユーミリアは結局彼らに手紙の宛名を尋ねることが出来なかったのだ。そして明日はついに本番。エルフリード殿下からの招待状に書かれていた茶会が開かれる日取りなのだ。


 エルフリードは常に人に囲まれている。例え呼び出したとしても一人で来るはずもなく、そうなると直接尋ねる事が出来ない。マルコスの“他言無用”という言葉がユーミリアの枷になっていた。

 そのマルコスはというと、そこまで人に囲まれていないものの、彼女が見る限り絶えず誰かと真面目な話をしているようで、声を掛けるのさえ憚られた。だが、ユーミリアは隙をついて、一度だけだが“私に書類を渡したかしら?”と遠回しな言い方でマルコスに尋ねることができたのだ。しかし、彼は訝しげにユーミリアを見返すだけであり、何も明確な回答を得ることは出来なかった。

 アリーサは二人に近付くことさえ出来なかったらしい。

 もちろんユーミリアは、エルフリードやマルコス宛に書状を書いてみたりもした。だが、彼らから返事が帰ってくることはなかった。


 そして、茶会を明日に控えた今日、寮を出る前にユーミリアとアリーサは二人で城に赴くことを決意したのである。

 二人で行って、直接“どちらですか?”と聞けばいいのだとアリーサがユーミリアを説得したのだ。違った方は帰ればいいのだと。


 「違った方が……ね。」


 ユーミリアは重い口を動かした。

 彼女にとっては城でのお茶会など珍しくはない。エルフリード主催のお茶会にも、ユーミリアは何度も出席していた。

 だが、その時送られてくる招待状は香り付でもなく、金で縁どられた特別なカードでもない招待状。

 だからこそ、今回の招待は完全にアリーサだとユーミリアは思っていた。

 (それに前世で記憶していた主人公への招待状と全く同じようですし……。)

 ユーミリアは、手に握りしめたエルフリードからのカードを見つめる。

 (わざわざおめかしして行って帰らされるなんて、どれだけみじめかしら。

 門前払いならまだしも、直接エルフリード様に“君は呼んでないよ?”などと言われましたら立ち直れませんわ。

 ううん。そんなことエルフリード様なら言わないわよね。少し戸惑いながらも“君も座りなよ”って進めてくれそう。“二人とも呼んだんだよ”って嘘までついて。

 そして私は、またしても背景か空気と化せるよう努力するのかしら。……傷ましすぎて自分が可哀そうだわ……。)

 茶会の席で空気化している自分を想像し、ユーミリアは顔を曇らせた。


 「やっぱり行かないほうがいいわよね。って、どうせ準備もしてませんし、今さら行けないのですけどね。」


 ユーミリアは自嘲気味に空に嘆く。

 (やっぱり、病欠にしましょう。風邪をこじらせてまで、お茶会に出席する必要はないわ。

 殿下にうつしてもいけませんしね。)

 ユーミリアはそう決意すると、筆を取るのだった。


 次の日の早朝、ユーミリアはアリーサの実家に馬を走らせていた。

 “病気で行けないって分かるのは、当日の朝よね。”と、ユーミリアの手元にあった茶会の招待状と共に、出席できなくなった旨をしたためた手紙を彼女の元へ送らせたのである。

 ユーミリアの両親は結局家に帰ることなく、泊まり込みで城での仕事を続けているらしかった。

 (お母様たち大丈夫かしら……。私も早くお手伝いできるようになりたいわ。)

 ユーミリアは自室の窓から城のある方角を眺めた。


 だが、ユーミリアの案にも抜けがあった。お昼に開催されるお茶会への欠席を知らせる手紙は、早朝に出すには早すぎたようだ。

 太陽が完全に顔を見せた頃、着飾り終えたアリーサがユーミリアの自宅へとやって来たのである。


 バン


 「ユーミリア様!!」

 「え?」


 自室のベッドに寝そべりながら本を読んでいたユーミリアは、突然の友の呼びかけに戸惑った。

 菓子くずが彼女の口元からこぼれ落ちる。


 「……元気そうでなによりね。」


 アリーサが嫌みまじりの笑顔を彼女へと向ける。


 「……どうやって家に入りましたの?」


 ユーミリアは目を丸くした。


 「“ユーミリア様の親友です。”って外の門で言ったら、快く入れてくれましたわよ。

 しかも“初めてのお友達訪問!!”って手厚く優遇されて、ご丁寧に家中を案内までしてくれたわ。」

 「……。」


 執事らが嬉しそうに家中を案内している姿を思い浮かべ、ユーミリアは目を細めた。

 (今まで私は主の娘として、不孝者だったかしら……。想像の中の彼ら、とても生き生きしていたわ……。)

 気を取り直したユーミリアは、のそりとベッドから起き上がる。


 「着替えるの、早いですのね。」


 ユーミリアは感謝の意を込め、大きな笑顔をアリーサに向けた。


 「……嫌みですか?」

 「えっ嫌み!?」

 「そうですわよ。当たり前でしょう!? みんな仕事をしていますのよ!?

 仕事に出る前に着替えるのを手伝ってくれましたのに。

 ユーミリア様と一緒にお出かけって知って、みなさん張り切って準備してくれたわ。病気って聞いて、すごく心配もしてくれてたのに……。

 でも、まさか、そんな貴女に嘘を吐かれるなんて思ってもいなかったですわ。

 “ユーミリア様は大丈夫ですか?”って家を案内してくれた人に聞いたら、“今日はいつにも増して元気で、朝御飯を三度おかわりしましたよ!”って教えてくれましたわよ。“お友達との約束に浮かれていたのですね。”ですって。」


 アリーサはユーミリアの前に仁王立ちをすると、一気にまくしたてた。


 「いや……あの……。」

 「友達と約束があるから殿下のお茶会を断るだなんて、身の程知らずですわよ!? 例え妹として優遇されていたとしても、失礼すぎますわ。

 それに、その友達にも迷惑がかかってしまうことに気づきませんの!?」

 「ええ!? ……そう……ですわ、ね……。」


 ユーミリアは気まずそうに視線を横へと流す。

 (少し、勘違いがある様ですが、これはこのままにしておいた方が良さそう?)

 そんな思案するユーミリアを余所に、アリーサが声を張り上げた。


 「さあ! ではお茶会に行く準備を始めますわよ!! アーニャ!!」

 「はい。」


 ユーミリアの召し使いであるアーニャが、何故かアリーサの声掛けに従順に返事をする。

 いつの間にかアリーサ先導で着替えることが決定していたらしく、ドレスや宝石、髪飾りなどがユーミリアの部屋にどんどん運び込まれてきた。

 そんなアーニャをユーミリアが恨めしそうに見つめる。だが彼女には全く効かなかった。アーニャはユーミリアの視線を、軽くいなした。


 「……。」


 ユーミリアは気を取り直してアリーサに言葉を掛ける。


 「アリーサ様、でも私、服がありませんのよ。」

 「え?私? ……でも、どうしてですの? まさか、元から出席する気がありませんでしたの!?」


 アリーサがユーミリアに詰め寄る。


 「はい。だってあのお手紙、本当に私宛ではないと思いますの。

 それに私、2週間前の殿下主催のお茶会に出席したばかりですのよ? 一月に2度も呼ばれる訳ありませんわ。

 ですから、新しいドレスがないのも仕方のない事なのです。同じ服で出席するのも失礼ですしね。」


 そう言い放つユーミリアは、堂々として胸を張ることにした。これだけ言えば彼女も分かってくれるだろうと、ユーミリアは期待したのだ。


 「これだからお金持ちは。」


 だがアリーサはそう小さく呟くと、舌を鳴す。そんな彼女を、驚きからユーミリアはつい二度見してしまっていた。


 「ユーミリア様、去年のならありますが。」


 そんな二人の間に割り込むようにして、アーニャが色鮮やかなブルーのドレスを差し出す。


 「これ……。」

 「はい。ラインがきつすぎて、ユーミリア様が嫌がられたドレスです。」


 そんなアーニャの言葉に、またしてもアリーサがピクリと反応した。


 「“嫌”ですって!? なんて贅沢なんですの!? これにしましょうこれに。

 さあ、アーニャさん、これを彼女に着せてください!!」


 アリーサが自分の召使と言わんばかりに、アーニャに指示をだす。


 「分かりました。」


 だが、またしてもアーニャは従順にアリーサの言葉に従うのだった。


 「え!? アーニャ、なんでアリーサ様の言うことを何でも聞くの!?

 え……え……イヤ――!!」


 ユーミリアは有無を言わせぬ勢いで、身ぐるみを剥がされたのだった。


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