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19.放課後

 「ユーミリア様、一緒に帰りませんか?」


 教室に入って来たアリーサが、座るユーミリアに声をかける。

 一日の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に飛び込んできたアリーサは、ユーミリアへとそう申し出たのだった。


 「……。」


 ユーミリアは少し眉を潜めてアリーサの顔を見つめる。この子は何しに来たのかしらと、彼女は思案していたのだ。

 だがユーミリアが返事をせずとも、もう答えは決まっていたようだ。そのままずるずると彼女に引き摺られ、ユーミリアは校舎の外へと連れ出されたのだった。


 「……あなた、私とは仲良くなさらないんではなくて?」


 されるがままアリーサに連れ立っていたユーミリアだが、ふと、そんな言葉を前を歩く彼女に投げ掛る。


 「いいえ。仲良くしましょうってさっきも言いましたわよ。」

 「ですが、ライバルとは仲良くならないとも言いましたわよね?」


 ユーミリアは振り返ったアリーサにすぐさま言葉を返した。彼女を突くことで、何かしらこの世界についての情報が得られるのではないかと、彼女揺さぶろうとしていたのだ。


 「あ……先程はライバルだなんて言ってごめんなさい。私の勘違いでしたわ。

 それで、失礼を承知でお願いなのですが、やはり私のお友達になって頂けませんか?」

 「……。」


 ユーミリアには彼女の意図が掴めなった。なぜ自分と友達になろうとしているのか、ユーミリアには解らなかったのだ。

 (保健室での言動を悔いて、ライバルと言ってしまった事を隠そうとしているかしら。

 そして、私が言いふらさないかを近くで監視するつもり? もしくは、ゲームとは違う治癒師になってしまった私の行動を見張ろうとしているとか。)

 彼女の言葉の意味を考え込むユーミリアは、アリーサを訝しむ。


 「だめでしょうか?」


 そんな怪訝な面持ちのユーミリアに、アリーサは懇願するように眉を下げる。その彼女の顔には全く裏を感じず、ユーミリアは戸惑ってしまった。

 (ただ単に、友達になりたいだけ? ……いえ、この方も、私の治癒に期待しているのかしら。

 でも……それなら都合がいいわ。近くでこの子を監視すれば、何かしらの情報は得られるかもしれないですものね。それに、もしかしたら、この世界を書き変えた人物が接触してくるかもしれません。

 わざわざこの子を主人公に選んだぐらいですし、この子に近しい人物が怪しいですものね。)

 じっと彼女を見つめるユーミリアは、彼女の提案を受け入れることにした。


 「いいえ。そう言って頂けて嬉しいですわ。私からも宜しくお願い致します。」


 ユーミリアは優しく彼女に笑いかけた。それに近くにいた方が彼女の粗相をフォローし易いですしねと、ユーミリアは心の中で付け加える。

 そんな満足そうに隠れて頷くユーミリアに、アリーサは唐突にお願いをして来たのだった。


 「お友達になった記念に一つお願があるのですが、ユーミリア様ってクレメンス様と仲が宜しいのですよね? 私に紹介して頂けません?」


 と、意図も簡単に彼女は男の紹介をユーミリアにねだる。


 「え。」


 ユーミリアはピタリと足を止めた。彼女に合わせて歩みを止めたアリーサはじっとユーミリアの顔を見つめる。

 

 「お知り合いですわよね。私のクラスではユーミリア様と恋人同士だと噂されていましたから、否定しておきましたわよ? ユーミリア様はエルフリード様を今も昔も愛していますのよって。本人から直接愛の言葉をお聞きしたって言ったら、みんな驚かれていましたわ。」

 「……。」


 大事な仕事をやり遂げたかのように、満足げに顔を緩めるアリーサに、ユーミリアは返す言葉も見つからなかった。いろいろな思いが彼女の頭の中を駆け巡っていたのだ。そんな表情を硬くしたユーミリアの様子に、アリーサは眉を潜める。


 「……どうしたのですか? 固まって。

 まさか、ユーミリア様、本当にクレメンス様と恋人同士だったのですか!?」


 大きく目を見開いて詰めよてくるアリーサに、ユーミリアは慌てて首を横に振る。


 「いえいえ。滅相もございません。私如きがクレメンス様の恋人だなんて、恐れ多すぎます……。」


 と、ユーミリアはアリーサの疑問を力いっぱい否定したのだった。彼女はクレメンスに迷惑を掛けたくなかったのだ。


 「……そんなに自分を卑下しなくても宜しいでしょうに……。」

 「いいえ。クレメンス様とは幼少よりご一緒する機会が多かったこともあり、間違われてしまうこともあるかと思われますが、本当に友達なのです。皆様の誤解を解いていただき、本当にありがとうございました。」


 そう言うユーミリアは、目の前にいるアリーサに頭を下げた。


 「そう、ですの? でしたら良かったですわ。貴女のお役に立てて。じゃあ、そのお礼でいいですわ。私にクレメンス様をご紹介くださいな。」


 なおもねだるアリーサは、ユーミリアに弾んだ声で頼むのだった。


 「……。」


 ユーミリアは顔を上げることが出来なかった。彼女は人知れず唇を噛む。彼とアリーサの橋渡し役なんかに、彼女はなりたくなかったのだ。


 「……どうか、したのですか?」


 アリーサは不思議そうに頭を下げ続けるユーミリアを見ながら、言葉を投げかける。

 そんな彼女に、ユーミリアはゆっくりと顔を上げ、目線を下にして尋ねるのだった。


 「いえ……。……アリーサ様は、どうしてクレメンス様を紹介して欲しいのでしょうか?」

 「え!? そ、それは……かっこいい殿方ですもの、お知り合いになりたいと思うのも自然でしょう?」


 アリーサは焦るも、恥ずかしそうにしながら言葉を紡ぐ。そしてユーミリアは、彼女がボソッと“それに、もしかしたら家族になるかも知れませんし”と最後に呟くのを聞き逃さなかった。


 「っ!?」


 勢いよく目線を上げたユーミリアは、頬を染めながら顔を反らすアリーサの顔を凝視する。彼女がクレメンスのルートを諦めていなかった事実に、ユーミリアは衝撃を受けていたのだ。

 (え……。もう、クレメンス様のルートへは行かないものだと思っていましたのに……そんな……。)

 ユーミリアは目の前を暗くする。

 (そう、なんですね。まだ、諦めてなかったのですね……。それにしても“家族”ですか。)

 ユーミリアはため息を吐く。“恋人”や“夫婦”ではなく、いきなり“家族”を選択した彼女を羨ましく思っていたのだ。

 動物が好きで心優しい彼となら温かい家族がつくれるのではないかと、ユーミリアはクレメンスと彼の子供からなる家族を想像する。もちろん、彼の横に立つ自分の姿も思い描いて。

 そんな想像を、ユーミリアは首を振って打ち消した。高望みなどしてはいけないのだと、彼女は自分の想いを否定したのだ。

 (それにしても、アリーサ様の友達宣言の裏には、やはり策略がありましたのね。

 私を介して、攻略対象と仲良くなるつもりでしたか。)

 ユーミリアは、なおも顔を染めて俯き続けるアリーサを、じっと見つめるのだった。

 


 「やあ、ユーミリア。」


 その時、彼女らの背後から誰かが声を掛ける。


 「クレメンス様!?」


 名前を呼ばれて振り返ったユーミリアは、声を掛けて来た人物に驚愕した。クレメンスが目を細め、貴重な笑顔をたたえながら立っていたのだ。

 (“噂をすれば”と言うやつですか!? この流れだと、紹介しない訳にはいきませんんものね。

 主人公が望めば、出会いがいとも簡単に訪れるのでしょうか……。)

 落ち込むユーミリアは、彼の隣に誰かいることに気付く。彼女はドキリと胸を鳴らす。隣にいる人物は女生徒の服を着ていたのだ。ユーミリアはゆっくりとその、彼の隣に立つ人物を見上げた。そして、彼女は激しく動揺する。

 クレメンスの隣にはリリーが立っていたのだ。

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