19.万能薬の発売
バンっ
「お父様!」
ユーミリアは力いっぱい実家のドアを押し開ける。
入寮した次の日の朝、彼女は勢いよく実家へと舞い戻ってきたのだ。
驚いた両親は朝食の手を止めると、入り口に立つ突然の侵入者に目を向ける。だが、その侵入者が自分の娘だと分かった父親が顔をしかめた。
「どうしたのだ? 朝食中だぞ?」
「……もう、あなたったら。おかえりなさい。」
そんな父親に小言を言って立ちあがった彼女は、娘に駆け寄って抱きしめたのだった。
母親の胸の中に、ユーミリアは抱き込められる。
「お……お母様、苦しいですわ。」
彼女の胸に押しつぶされたユーミリアが、息も絶え絶えに母親に訴える。
「あら、ごめんなさいね! それで、どうしたの? ホームシックになっちゃった?」
謝りながら顔を赤らめる母親は、嬉しそうにユーミリアに尋ねた。
「あ、いえ……違うのです。お父様にお話があって。」
「え? あら……そうだったの……。」
ユーミリアの返答に母親が肩を落とす。その場に一瞬気まずい雰囲気が立ち込めるが、母親の“でもいいわ! あなたの顔が見れたのだもの!!”という言葉で、また和やかな雰囲気に持ち直した。
「おお!? ユーミリア、お前の手にしているものは、もしや!?」
頬笑み合う母と娘の間に、場違いなほど高揚した父親の声が割り込む。
二人のやり取りを遠目で見ていた父親だったが、ユーミリアの手にしているものがチラリと目に入り、声を張り上げたのである。
「お父様、これ、“万能薬”って書かれているのですが、いつの間に出来あがっていたのです!?」
彼女の手にはラベルの付いた小瓶がひとつ。中は液体で満たされ、すでに商品化されたのか蓋まできちんと付けられていた。
ユーミリアは母親から離れると、瓶を片手に父親と向き直る。
「それはまだまだ試供品であろう。
それにしても、もう届いたのか! 早いの。では、私の職場にも同じものが届いているのであろうな……。
実は昨日、瓶に入れられた朝露の解析が終わったのだが、なんと露の中に縮小された陣が無数に入っておることが解ったのだ!
しかもその陣は一定の形態を保っておらず、お前が開発した様々な治癒陣を一定の時間ごとに再現しているようだ。
つまり、毒に効く陣、擦傷に効く陣、炎症に効く陣、ウイルス退治に効く陣などの陣に数分単位で繰り返し変化しておる。
何に効く陣がいつ発現されるかは決まってはおらんようだが、この薬を飲んで暫くすれば、全ての病気や傷にじわじわと効いてくるのだ!
凄いであろう!?」
父親はどや顔で彼女を見上げる。
「凄いですわよ! 凄いですけど、それよりも今は瓶の中身ではなく、この瓶の外側についたラベルです!!」
「ラベル?」
「そうです!!」
彼女はぐいっと瓶を父親に突きだした。
「ああ、我が団員がデザインしたものだ。風情があって良いであろう。」
「ここに人の顔が描かれているのですが、どうみても私ですよね!?」
「……そうか? そんなに似ておらんが。まあ、お前と言われればお前かの?」
父親は顎をさすりながらまじまじとラベルを見つめる。
「完全に顔のパーツは私ではないですか!! 分かってますわよ! 私に似ていないことぐらい!! セピア色のラベルですから、実際の肌の色より、黒くなっていますわ!!」
「肌の色?」
娘の余りにも悲痛な訴えに、父親はラベルに描かれている女性ととユーミリアを真剣に見比べ始めた。
「はあ、まあ、違うが、美人に描かれて良いではないか。」
「私はこんなに美人ではありません!! 恥ずかしすぎます――――!!!」
ユーミリアは泣いているのか、顔を両手で隠しながら母親の脇を走り抜けると、部屋を去っていったのだった。
後に残されたのは彼女の両親。二人はなすすべなく娘の消えた方を見つめる。
「……なあ、ユリシア。娘はなぜあんなにひねくれているのだ? どう見てもラベルに描かれている女性よりは美人であろう?」
“なにせ、今年度の国民総選挙で美少女部門第一位なのだからな。まあ、魔術団全員で押したことも勝因の一つだと思うが、それだけでは一位にはなれんからの。”などと父親が何気なく呟やいた一言を、母親は聞き逃さなかった。
「……この忙しい時に、魔術団総出で何をしていたのですか? “国民”と付くだけあって、国の各地で投票、集計が行われていた選挙なのでしょうが、私が知らないということは、つまり、男達の間だけでコソコソと行われていたのでしょうね!?」
母親が蔑みの目を父親に向けた。
「ワタシタチハ ナニモ シテイマセン」
父親は、機械仕掛けのように、頭を左右に規則正しく動かす。
「何もしないんじゃなくて、仕事をしなさい!!」
「はい――――――!!」
父親は一目散に部屋を飛び出して行った。
母親は、ふうとため息をつくと、ユーミリアの部屋がある方を見上げる。
「ま、綺麗な顔立ちをしていることには変わりありませんのですけどね。」
あの子、大丈夫かしら? と、またしても母親はため息を吐いたのだった。




