表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/31

囚われの過去(エルヴィス視点)

アリフォメン侯爵家嫡男。

次代の領主として俺は期待を一身に受けていた。

期待に応えなくてはならない、誰よりも優れた領主にならなければならない。


努力した。

誰よりも勉強して、作法を学び、父上の仕事にも携わって。

希望に満ちていた……なんて言いすぎかもしれないが、きっと民を幸せにできるのだと思い込んでいた。


両親が事故で死んだ日も、俺は人前で涙を流さなかった。

ひっそりと独りで泣いた。

立派な大人は涙を見せてはいけないから。


幼くして領主を継いで侯爵となり……俺は決意する。

両親に報いるためにも、必ず名君になると。


 ***


「……疫病?」


きっかけはひとつの報せだった。

侯爵領の辺境の村で、病が流行し始めているらしい。


俺は慌てて過去の事例に目を通した。

ええっと……こういうときはどう対処するべきなんだ?

最後に疫病が流行したのは、今から二百年以上も前か……当時は病が流行った場所を封鎖したらしい。


「いかがなさいますか、エルヴィス様」


「……村を封鎖する」


「それは……」


「もちろん村人たちからの反感は承知している。しかし、これ以上の拡大は防がなくてはならない。ただちに学者を集めて病を研究させよう。対処法を一刻でも早く見つけるぞ」


側近は渋々といった表情で出て行った。

何事も先例に倣うのが一番だ……少なくとも講義ではそう習った。

たった今、この瞬間までは。

俺が最も賢明だと勘違いしていたんだ。


 ***


「…………俺のせいだ。俺のせいだ。俺のせいだ……」


俺が殺した。

呑気に封鎖している間に、病は拡大してしまった。

村人のほとんどが死に絶えて……俺が殺したんだ。


俺が無能だったから民は死んだ。

正解なんて今もわからない。

けれど……俺が能無しだという厳然たる事実は明らかになった。


もうずっと自室に籠り切りだ。

早く……執務室に戻らないと。

領主としての責任から逃げてはいけない。


知っている、封鎖した村の生き残りから非難を浴びていることを。

彼らは陳情の署名を送り、俺に責任を負うように求めている。

当たり前だ……俺が殺したんだから。


「……お兄様。いま、いい?」


扉を叩いてリアが入ってきた。

彼女は不安を瞳に湛えてこちらを見ている。

妹を心配させるとは……情けない兄だな。


「……ああ、リア。少し具合が悪いんだ……放っておいてくれるか」


「うん、その……あんまり無理しないでね。大丈夫だよ! 兄上ががんばってたこと、みんなわかってるから!」


「そうだな……だが、事実は事実として重く受け止めないと。ありがとう」


過程には意味がない。

統治者に求められるのは結果だけだ。


「あ、そうだ! 兄上にいいお知らせがあるの!」


「ん、どうした?」


「あのね……私も兄上のお力になれないかなって思って。流行り病の正体を探ってみたんだよ。そしたらね、疫病の正体が特定できたんだ!」


「――リアが?」


それからリアはたくさんの本を持ってきて、俺に疫病の解説を始めた。

正直、混乱していて何を言っているのかわからなかった。

いや、たぶん正常な状態でも……俺はリアの話についていけなかっただろう。


まだ年端もいかない少女が……信じられるか?

対して俺はなんなんだ?

ただ村人をいたずらに殺し、引き籠っているだけで。


こんなの……俺が領主である必要がないじゃないか。


 ***


疫病はリアの手によって撲滅された。

しかし、俺に対する民の反感は収まらず……いまだに情けなく引き籠っている。

最初は積極的に声をかけてくれた臣下たちも、もう俺に何も言わない。

諦められているんだ。


そんな折、耳に届いたのが反乱の鎮圧だった。

封鎖された村の生き残りが反乱を起こしていたが……従弟のアルバンが犠牲をひとりも出さずに収束させたらしい。

リアとそこまで変わらない歳なのに、俺の親族は有能ばかりだ。


「俺は……必要ない」


そのとき、やっと気づいた。

別に領主が俺である必要はない。

ただ前代侯爵の血を継いでいるだけだった。

長男に生まれただけだった。


能力なんてないし、器も領主のそれじゃない。

民が幸せになるための最善手は、俺が政治に干渉しないこと。

何も望まず、望まれず。


ただ転がっていればいい。

それが俺の役目だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ