怪物の隣で Ⅱ
うちの主人は怪物だ。
そんな陛下には昔から拾い癖というものがある。初めて拾ってきたのはメダカだ。城の裏手には緩やかな小川が流れている。小さな水槽と網を手に陛下、いや殿下はこっそりと小川へ行った。無論、俺を引き摺って行くのも忘れずに。まず陛下は数匹のメダカを捕まえ、水槽に入れた。あとは適当にその川にあった水草を引きちぎり、小石を詰めればそれなりに見れるメダカの水槽になる。正直、どことなく驚きながらも安心した。何かと問題の多い殿下だが、生き物を愛でる感性があったらしい。
しばらく殿下はメダカを甲斐甲斐しく飼育していたが、それから今度は森の池へ行った。巻貝をいくつか手に取り、ポイポイと水槽の中に入れていく。よくわからないまま手伝っていたがあれはタニシだったらしい。タニシを水槽の中に導入したため、汚れやすくなっていた水槽の環境は改善された。満足げにメダカとタニシの水槽を見る少年は至って健全そのもの。実にほのぼのとする様子だ。未だ城での居場所がなく陰口を叩かれていたあの頃、珍しく穏やかなところを見た気がした。
しかしながらうちの主人は生粋の怪物だ。そんな健全なわけもない。
今度は以前タニシを取りに行った池に再び訪れた。また追加でタニシを取るのかと思ったが、今回はバケツと紐を持ってきていた。
「殿下今度は何とるんですか?」
「ザリガニ、読め。」
「ザリガニ。」
渡されたのは子供向けの本でザリガニの釣り方が書いてあるものだった。バケツと紐は絵が描いてあるため調達できたらしい。読んだところ他の枝や餌、石は池付近で調達できるため問題ないだろう。ザリガニ釣りを嗜む王族、というのはなかなかシュールだがもしこれが父たちにばれたなら大目玉ではすまされないだろう。餌となる虫を探すべく茂みに入った。
初めてということもあり、釣りの成果はまあまあだった。それでもバケツの底では赤い物体がごそごそと蠢いている。釣れた時は嬉しくてぎゃあぎゃあと喜んでいたが、いざこいつらを持ち帰るとなると腰が引ける。池に返すかと思い殿下を見るが嬉しそうに戦利品を眺めていて池に帰す様子は見られない。口が裂けても返しましょうとは言えない。
「こんなにたくさん、どうするんですか?」
「飼う。……しばらくしたら適当に放すからそんな顔をするな。」
思わずうげ、という顔をしていたらしく苦笑いされる。捕まえるのは楽しいが飼うとなると別の話だ。なんにせよ、殿下が飽きるまでザリガニを飼うのは決定事項らしい。ならばもう一つザリガニ用の水槽が必要だ。そう思っていたが、見事に予想は裏切られた。
持ち帰られたザリガニはメダカとタニシの水槽に投入されたのだ。
「殿下!?ザリガニとメダカが一緒にいたらメダカが食べられちゃいますよ!?」
「やっぱりそうか?」
何事もなくそれだけ言って赤い目は水槽に釘づけられる。突如闖入した赤い侵略者にメダカたちは右往左往落ち着きなく泳ぎ回りタニシたちは無表情に水槽の壁を這う。口ぶりからして、メダカが襲われることはわかっていたのだろう、咎める言葉は聞き流しザリガニたちを除こうともしない。水槽にへばりつく殿下を俺は後ろから見ていた。
それから数日と経たずメダカが全滅した。予想通りだが、遣る瀬無い。殿下目を輝かせて水槽の端を指さして見せた。
「レオナルド、見ろ!」
指さされた先は、メダカの一部だったものだ。欠片の肉も残さず透視するように骨だけが残されていた。
「ザリガニの食べ残しをタニシが食べたんだ。だからきれいに骨だけが残る。」
恍惚としながらそう言う殿下。気持ちもわからないでもない。確かに骨だけになったメダカというのは面白いし、美しい。でもわざわざそのために川を泳いでたメダカを贄に極小の食物連鎖を展開させる思考回路は共感できなかった。
大人になってから考えても、あれは異常だ。子供は残虐な遊びをときに好む。アリの巣に水を流し込んだり、蝶の羽を千切ったり、狭い籠の中に飛蝗を詰めたり。だがどう考えても幼少の陛下の行動は異様だった。
目的があるとはいえ、あれが初めて生き物を城へ連れてきた例だ。
それから次に拾ってきたのは子猫。いろいろと食べ物をやって二人で育てていたが、気づいたらいなくなっていた。成長して勝手に出て行ったのか、それとも誰かが見つけて処分してしまったのか、今となってはもうわからない。
その次が犬。いつの間にか殿下が躾をしたらしく、猫と違い最期まで城の中で番犬として生きていた。このころ俺は少しずつ大きくなる拾い物に戦々恐々としていた。拾ってきた犬は随分と大きくなったのだ。しかもメダカ、タニシ、ザリガニ、猫、犬と少しずつ大きいものを拾ってきているのが怖い。最終的にどれほどの大きさのものを拾ってくるのだろうか。
次に拾ってきたのは子熊だ。最初、殿下の犬だという言葉を信じかけたがよくよく見れば熊である。なんとか熊が懐く前に見破り森に返した。熊を飼うなんて不可能だ。
それからしばらく殿下は陛下となり、傀儡を演じながら大人しくしていた。少なくとも、落ちているものに興味を見出すほどの暇がなかったのだろう。俺は拾い癖はなくなったものだと思っていた。熊を拾ってきたのを咎めてから、どれほど経っただろうか。
気まぐれに城から姿を消した陛下を秘密裏に連れ戻そうと城内がバタバタしているとき、森の入り口から陛下は姿を見せた。
「陛下!」
「ああ、今帰った。」
「……陛下、いや、そのそれはいったい……?」
「人間だ。」
「……攫って、」
「森で拾った。」
拾い癖は治っていなかったようだ。
メダカ、タニシ、ザリガニ、猫、犬、熊に続き久しぶりの拾いものは人間。それも年頃の娘だった。思わず頭痛にこめかみを抑えた。困惑する前にさっさと頭を働かせる。見たところ若い娘だが身なりは良くない。拾ってきた、というのは倒れているのを保護したのか定かではない。しかし熊の時のようにまさか森に返してこいとは言えない。だが身元の分からない女でもある。まさか、まさかあの怪物である陛下が姦計にはまるとは万万が一にもあり得ないが、みすみす不審者を招き入れるのにも抵抗がある。
「陛下、」
「戻してこいとは言わせんぞ。」
ふん、と笑う陛下に諦めのため息を吐いた。見る限り、てこでも折れないだろう。何だかんだ、昔から陛下が俺からの忠告やお願いを素直に聞き入れたことなど一度もないのだ。
「……わかりました。一室空けるよう指示を出しておきます。それから医者、同性の兵士も呼んでおきましょう。」
「任せたぞレオナルド。」
任されてしまったようだが、下手に抱え込まれるのに比べたらまだマシだろう。
ぐったりと瞼を閉じる娘を見る。運ばれても目を覚ます気配がない、のは警戒心がないせいか、衰弱しているせいか。なんとなく、人畜無害に見えるこの娘。果たして陛下に危害を加えに来たのかわからないが、いつかのメダカのようにならないことを祈るばかりだ。
拾われたのは幸運か不運か。それはきっと陛下の興味次第だろう。
御閲覧ありがとうございました!
順番を間違えたのであげ直しです
ちなみに飛蝗を虫籠に詰め込んでたのは作者です。




