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捨て悪役令嬢は怪物にお伽噺を語る  作者: 秋澤 えで
本編

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29/51

29冊目 怪物は三人

「……それ、どういうこと?」



 無抵抗、もはや抵抗する力さえも持っていない人を殺すことができなかった。今更殺す理由を見つけられなかった。それももちろん理由です。しかしそれだけではありませんでした。



「そのままの意味です。貴女が悪役令嬢だったから。わたくしが悪役令嬢だったから。……貴女がわたくしを嵌めた理由と、同じです。」



嵌めた理由と救う理由が同じ、というのはきっと皮肉でしょう。鼻で笑うでもなく、怒るでもなく、苦し気に顔を歪めたカンナさんに、もうわたくしは驚きませんでした。この一年の間で、彼女にどのような心境の変化があったかわかりませんが、彼女は自分のしたことを悪事だと自覚し、少なからず申し訳なく思っているのです。おそらく、彼女にそれを問うても無意味でしょう。しかし自分は悪くはない、と言い聞かせるように言っていた彼女の面影は既にありません。



「貴女はわたくしに言いましたよね。わたくしの存在が罪だと、悪役令嬢として生まれてきたことが運の尽きだと。あの時、貴女の言っていることは分かりませんでした。わたくしはまだただの被害者であり、何の罪も犯してはいませんでした。しかしダーゲンヘルムに来て、陛下の手をお借りし、結果的にラクスボルンに仇を成したわたくしは、悪役令嬢でしょう。間違いなく。それで、貴女の言っていたことを考えたのです。」



嘘を重ね続け、国を巻き込んだ大芝居を打ったカンナさん。彼女は正しく傾国であり、悪女であり、悪役令嬢でした。

騙され、自分の幸福な暮らしを守るために母国を復讐したわたくし。確かにわたくしは被害者でした。しかし打って変わってわたくしは復讐者となり、何十人という人を間接的に殺した悪役令嬢です。


まるで合わせ鏡のようではないですか。

奪い奪われ、奪われ奪う。重ねては終わりはありません。本当に終わらせるのであれば、片方が片方の命を奪うことでしょう。ですが、彼女はわたくしの命を奪い損ねました。ならば、次はわたくしが彼女の命を奪う番です。

しかし、彼女の命を奪っていいものかと、思わずにはいられませんでした。


『悪役は死ななければならない』


果たして本当にそうなのでしょうか。

白雪姫の義母は焼けた靴を履きながら死ぬまで踊り続けなくてはいけなかったのでしょうか。シンデレラの義理の母と姉は死ななければならなかったのでしょうか。ヘンゼルとグレーテルの魔女は焼き殺されなくてはならなかったのでしょうか。ガチョウ番の女は釘樽の中に入れられて処刑されなくてはならなかったのでしょうか。


ならば悪役令嬢はどうなるべきなのでしょうか。



「悪役は死ななければならない。ならば悪役令嬢も死ななければならないでしょう。」

「……ええ、安寧のために。」

「わたくしが、悪役令嬢は死ななければならないとし、貴女を殺したならば、わたくしもまた死ななくてはならないのです。」



カンナさんは、気抜けしたように軽く目を瞠ります。理解できない、とそう口を開かずとも伝わりました。



「……違うわ。私が悪役なら、アンタは主人公の立ち位置になる。その時点でもう、」

「そうじゃないんです。」



カンナさんの言葉を遮ります。物語なら、復讐は許され諸悪の根源たる悪人だけが罰せられます。しかし違うんです。そうではないのです。

立場とか役柄とか、善とか悪とか、正しいとか間違っているとか、論理的な話ではないのです。



「貴女からの言葉はまるで呪いでした。」

「……っ、」

「訳も分からぬまま、断罪され、牢に入れられ、森に放置される。一人でずっと考えていました。何がいけなかったのか。わたくしが何をしたのか。……わたくしは何もしていませんでした。ならばもう理由は一つしかないではありませんか。」



責めたいわけではないのです。断罪したいわけではないのです。

ただ誰に否定されても、落ち着いて考えてみても、わたくしにはそうとしか思えないのです。



「わたくしが『悪役令嬢』であったから、それだけなのです。」



いくら自分を正当化しようとも、自分は被害者であり加害者の彼女が罰せられて当然と思ったとしても、彼女の言葉は耳につき離れることはありませんでした。

ラクスボルンから追われた直後のわたくしは全く白紙の人間でした。自分の存在を確かにする他人はいない、立場を明らかにするビーベルの名はない、婚約者という役職もない、ラクスボルン国民の資格もない。辛うじて残っていたわたくしという人間は、シルフという名を持つこと、本を物語を愛していたこと、それから他でもない事実と言わんばかりに投げつけられた『悪役令嬢』という言葉で、できていたのです。

呪いのようにまとわりつくその称号はいつしか本当にわたくしを表す言葉になっていたのです。



「……貴女とわたくしは鏡映しです。貴女にすることはわたくしにされることであり、貴女に起こることはわたくしに起こることなのです。」



愚かだと笑うでしょう。馬鹿馬鹿しいと、何を言っているんだと思われるでしょう。しかしわたくしには、彼女はわたくし自身だとしか思えないのです。


悪役令嬢は救われてはいけませんか。

悪役令嬢は死ななくてはいけませんか。

何もかも奪われ、うち捨てられなければいけませんか。



「悪役令嬢は幸せになってはいけませんか?」



彼女はわたくしではありません。わたくしは彼女ではありません。幻影と言われてしまえばそれまでです。しかしわたくしは、行動しなくてはいけなかったのです。目を背けるだけでは、逃げられないとどこかで感じていたのでしょう。



「それが、私を殺さない理由?」

「ええ。貴女が救われる理由で、わたくしが救われる理由です。」



果たして、ダーゲンヘルムの僻地へ行くことが彼女にとっての救いとなるか、はまた別の話になるのでしょうが。

数十人という人を殺しておきながら、自分自身は救われたいと思うのはきっと身勝手でしょう。救われたいがために投影するようにカンナさんの命を繋ぐことはいい迷惑でしょう。

それでもよかったのです。誰に何を言われようと、どれだけ批判されようと。わたくしは『悪役は死ななければならない』という言葉を、覆したかったのです。覆さなければ、その幸福を憂いなく享受できなかったのです。



「そう……、アンタ、イイ子に見えて随分といかれているのね。」

「ええ。ですが今、このダーゲンヘルムには人でなしの怪物が三人いるのですよ。」



彼女は自覚があるのか、ニヤッと笑いました。



「悪くないわ。理解はできないけど、納得はできた。……アンタから、最後に質問はある?」



先程よりも、生気の感じられるカンナさんはどこか晴れやかな顔で自らそう問いました。本来ならばわたくしが質問し答えてからカンナさんが質問する形ですが、今回わたくしは何も質問していなかったと思い出しました。しかし何にせよ、いつか言うことでしたし、今となっては優位に立とうとする理由はありません。



「では不思議だったことがあります。貴女がラクスボルンで吐いた嘘はわたくしがいなくなってからしばらくですべて明らかになったそうですね。しかし逆に、何故周囲の方々はそれを信じたのですか?陛下からお聞きしましたが、ミハイル様たちは皆さま口々に貴女が何か不思議な術を使ったと言っていたそうです。」

「術?」



眉を寄せて訝し気な顔をするカンナさんは本当に心当たりがないようでした。



「拙い嘘を信じさせるような、そんな盲目的な術とか、魔法とかでしょうか。そうでもなければ一時とはいえ貴女の言葉を悉く鵜呑みにするはずがない、と。」

「魔法とか、妖術とか、そんなファンタジーなもの私が使えるわけないわ。……本当どうしてあんなすぐわかる嘘、皆信じたのかしらね。」



彼女の言うように本当にすぐわかる嘘でした。彼女をわたくしがいじめていないことは生徒に聞き込みをすればすぐわかり、階段から突き落とされたと言うのも傷を見れば嘘だとわかります。嫌がらせなんていうのは嫌でも証拠は残りますし、言葉の暴力というのも大抵は目撃者がいるものです。現にそれらは調べてすぐにわかったようでした。



「不思議ですね。」

「ええ、不思議。不思議でも、不自然でも、たぶんそれが『正しさ』だったからよ。」

「……貴女が何か周囲の方に手を加えたのですか?」

「いいえ。」



わたくしと同じように不思議と復唱する彼女ですが、彼女の中には答えが出ているようでした。他のことと同じく、それについて詳しく話すつもりはないようですがきっと説明されてもわたくしたちの理解が及ばないであろうことはわかります。



「アンタには悪いことをしたと思ってる。無実の罪をかぶせて何もかもを奪った。悪いことをした。でもそれは間違ったことではなかったわ。私がしたことは、意図せず『正しいこと』だった。『正しいこと』をしたからこそ、皆馬鹿みたいに信じた。むしろ私がしたよりももっともっと下手くそで、子供の嘘にも劣るような戯言を言っても皆信じたでしょうね。」

「……『正しいこと』だからまかり通った、と。」

「ええ、『正しいこと』は必ずまかり通る。」

「その『正しいこと』は悪いことであるのにですか?」


「良いことを教えてあげるわ。『正しいこと』の反対は必ずしも『悪いこと』じゃない。『悪いこと』こそが『正しいこと』の時だって、この世には溢れかえってるの。」

「……誰が、正しさを定義づけると言うのですか。」



言葉遊びのような、正しさと悪いこと。普遍的な正しさも、普遍的な悪も存在し得ないというのが無難で間違いのない答えでしょう。正しさを掲げる者は盲目的になります。しかし彼女の言う正しさにはそのような色を感じませんでした。彼女の眼は曇ってなどいません。



「くだらないことに、本当の『正しさ』を決めるのは私個人でも、国でも、アンタでも、王でもない。誰の手も及ばない、『この世界』自身よ。」

「この世界……?」

「ええ、正しいか正しくないか、それはやってみないと気づけない。でもね、正しくないことをすれば、何もなされないの。正しくないことはこの世界に影響を及ぼすことはないわ、基本的に。何をしても、どれだけあがいても、徒労に終わるの。役者は何をしても、シナリオを変えられない。」



諦めと清々しさを綯い交ぜにして吐かれるため息に、知らず息を潜めました。

商家に生まれた一人娘は、いったい何を経験しこれほどまでに苦しみを滲ませるようになったのでしょうか。知りすぎることは苦しみであり、過ぎた知識は罪である。どこかで読んだ文でした。



「貴女は、足掻いていたんですか。何かしようと、変えようと。」



彼女の言葉を聞き、そう言えば何故かカンナさんは今までにないくらい顕著に驚きを示しました。双眸は大きく見開かれ、微かに開いた口からは細く息が零れていました。



「……ああ、そっか、私はまだ……、何で、気づかなかったんだろう、」



思わず、と言った風に文にならない言葉たちが紡がれていきます。

シナリオが何なのかわたくしは知りません。しかし彼女はそれに対して足掻いてこなかったのでしょう。何もしようとしなかったのでしょう。何もかもを諦めていたのでしょう、最初から。


詳しいことはわかりません。しかし思うのです。もしわたくしが彼女の立場であり、彼女と同じものを知っていたら、カンナさんと全く同じことをわたくしはしたでしょう。それほどまでに、臆病なわたくしたちは似ているのです。

彼女は力なく笑い、そして今日一番晴れやかに口を開きました。



「アンタから質問、悪いけど知ってることは今話しただけで全部。」

「そうですか……『この世界』は不思議なんですね。」

「ええ、それから最後に、もう一つの話。くだらなくて、誰一人だって目に止めないような、平凡で面白みのない話、『記されない物語』。」



365話に一つ足される、366話目の物語。



「どうしようもない私でも、今なら笑って語れる気がするの。」



カンナ・コピエーネは、誰を演じるでもなく、他でもない彼女自身の顔でとつとつと語り始めました。

遠い遠い、遠いところの物語を。

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